02



「見合い話がきた」

遠矢のその発言に、俺は座椅子に座っていたというのに背中から畳に転けてしまった。
カポーン。
庭の鹿威しが間抜けなBGMのようだ。

「いたた・・・え?見合いって、遠矢に?」
「そうだ。来週の日曜だと、もう決めつけられた」

俺の手を掴んでを引っ張り起こしてくれながら、遠矢はそのまま俺を抱き締めた。
普段着が着物の遠矢から、白檀のいい香りがする。背中に手を回してスゥッと吸い込む。あったかい。落ち着く。はぁ、そうか見合いか、さすが金持ち、ドラマみたいな話だなと他人事のようにゆっくりと理解する。

「あれ、でも待って。俺のこと、遠矢のご両親知ってるじゃん・・・やっぱり俺じゃダメだったってこと?」
「バカを言え。正月早々、挨拶に来た明音が酒をすすめた父にむかって“未成年に酒を飲ませるな”と言い切った威勢の良さをうちの家族は心底気に入っている」

胸元から顔をあげると遠矢がニヤリと笑って、額に唇を落とした。あれはさすがに俺の黒歴史に入れたい事項だ。

「叔父が──父の兄が、持ってきた話だ」
「ふーん?」
「叔父の家は女家族でな、別にうちの家業は世襲制じゃないから祖父も一向に構わないと言っているのだが、どうも叔父は血筋で家業を固めたいらしい」
「へー?」
「・・・他人事だと思ってるな?」

気のない返事に遠矢の眉間にシワが寄る。まあ俺と遠矢が恋人関係であったとしても、この話を上手くまとめてくるのは遠矢本人だ。立場上、俺は蚊帳の外。

「でも遠矢、断るだろう?」
「当たり前だ」

鼻の頭を小さく噛まれた。

「だが、どうやら相手方が祖父が起業する際、世話になった人の孫のようで、うちの祖父も父も断りきれなかったそうだ」
「お前んとこの叔父さん、すごい人選ぶっ込みやがったな」

俺から遠矢の顎に唇を当てる。

「じゃあ俺が助けてやろう」

にかっと笑った俺は、怪訝そうな表情をしている遠矢の唇に、仕上げとばかりに噛みついた。





「見てごらんなさい、あなた、遠矢」

見合い当日、早朝。遠矢の母親とお手伝いさんに着せてもらった深い藍色の着物。紅い花飾りを付けたおかっぱ(ボブって言うらしい)ウィッグ。つけまつげにチーク、口紅、なんやかんや。

「どーよ」

胸を張り仁王立ちする俺は完璧に女子だ。帯がすげぇ苦しくて呼吸困難の危機かと思ったが、思いの外なれてきた。

「明音君が遠矢の為に、こんなに体を張ってくれるなんて」

ほろりと感涙を流す遠矢の母親に若干笑みが引き攣るが、言い出しっぺは俺だ。そう、俺が遠矢の彼女のふりをして、見合いを断ってやろうと言う算段だ。

「しかし大丈夫かい、明音君。その、男としてのプライドは」
「う・・・っ、お、俺のプライドよりっ、遠矢との未来ですっ!」

遠矢父の発言により、見えない矢が心臓に刺さったが、ええい、気にしてる場合じゃない。遠矢の両親が俺の発言に拍手している。もうどうにでもなれ!・・・いやいやダメだ!破談に持ち込むぜ!

「頑張ろうぜ遠矢!」
「いーい?明音君、足を広げちゃダメよ」
「あと君は興奮すると声がでかくなりがちだ、気を付けて」
「・・・あい」

ダメ出しかアドバイスか解らない激励をご両親から受けてると、遠矢が小さく噴き出して笑った。キッと睨み付けると顔ごと逸らされたけど、肩が揺れてるっつーのバーカ!

「明音は本当に頼もしいな」
「だろ」

玄関までご両親とお手伝いさんに見送られ、無駄に距離のある門扉までゆっくりと歩く。夏祭りは甚平派な俺からしたら、着物なんてちょこちょこして歩きにくくて仕方ないが、遠矢が腕を絡ませてくれて上手いことエスコートしてくれる。マジ紳士。今日の遠矢はスーツだから、紳士度アップだ。

「しかし、本当にここまでするとはな」
「へへー、どうだ、可愛いだろ」
「そうだな、明音は何をどうしても可愛い」

存外、遠矢が優しい顔をして言ったので、ボッと顔が火照ったのを感じた。なにか上手い返しをと思ったが、そういう時に限ってあわあわしてしまう。目が完全に泳いでいる俺の頬に当たる髪を遠矢が耳にかけながら、そっと唇を近づけた。

「で、今日はその着物、俺が脱がしていいんだよな?」
「・・・こんの、スケベやろう」

脇腹に一発決めてやると、気分がスッとした。サンキュー遠矢。

待機していたお抱え運転手の車に乗り込む際、運転手さんに「本日は遠矢さんをよろしくお願いいたします」と固く手を握られて「おう!」と力強く返事をしたら、遠矢が天を仰いでしまった。おっと、いけね・・・お義父さんの言うことビンゴじゃねぇか。

お見合い会場となる某ホテルにて叔父さんと落ち合い、そこから先方の待つホテル内のレストランへ向かうらしい。お見合い写真見せてもらったけど、可愛らしい人だった。多分きっとこの先美人になるだろーなーとか、そしたら遠矢とお似合いだろうなーとか、今さらながらに思い更ける。
まあ、当人同士の話とはいえ、俺が世継ぎを産める女だったらそもそもこの話は持ち上がらなかっただろうし。
いや、悲観的になってる場合じゃない。ちゃんと言うべき台詞も考えてきた。悪者は俺一人でいい。相手方を傷付けないで、かつ遠矢に結婚の意思がないことを上手く伝える、そんな感じのやつ。
・・・ぼんやりしながら外を眺めていると、日陰の道を走った際に、窓ガラスに映った遠矢と視線がかち合った。え、なに、いつから見てたのと振り向けば、後頭部に手をまわされて、熱でも計るように額をくっ付けてきた。

「今日はありがとうな、明音」

まるで今日一日が、俺の役目が終わったような遠矢の言いぐさに小首を傾げた。


車から降りて見上げたホテルは高かった。見上げすぎて首が痛くなるほどで、遠矢には「くちがあいてる」と指摘されてしまった。ドアマンがにこりと微笑んだ。
顎を手で押さえつつホテルに入ると、スーツを着た一人の男──全ての元凶である遠矢の叔父さんが歩み寄ってきた。思わず睨みそうになるが、スマイルスマイル、遠矢の一歩後ろで柔らかく微笑んだ。

「やあ、遠矢!久しぶりだね、今日はよろしく──っと、そちらのお嬢さんは?」
「あ、お、私は──」
「婚約者です」

俺は、と言いそうになった俺に間髪入れず、遠矢はそう言った。
俺も叔父さんも、ぎょっとして目を見張った。なんか怖いくらいの笑顔を遠矢は貼り付けている。

「すでに両方の親にも挨拶は済んでおります」
「は?」
「せっかくのお話ですが、僕はこの方以外とどうこうなるつもりはございません」
「いや、しかし」
「今回はそちらが勝手に用意したお話なので、どうぞそちらで不受理の手続きを行ってください」
「ちょっ──」
「では失礼」

俺の両肩を抱いて回れ右をした遠矢は、またも俺をエスコートしてホテルを後にした。滞在時間10分もない。見ろ、ドアマン不思議そうな顔してんぞ。なんてものは気にもせず、遠矢は携帯で駐車場に回ったであろう運転手さんに迎えを頼んでいた。
さすがにホテル内で待機するわけにもいかず、玄関口から離れた場所で手を繋いで車を待つ。不躾だけど、ドアマンすげぇこっち見てるよ。

「ビビった。遠矢が超アクティブだった」
「ああ、今日は明音が男を見せてくれたからな。いや、見せてくれたのは女の姿か?」
「ばーか。・・・お祖父さんの面目丸つぶれじゃね?大丈夫?」
「だとしても、俺は明音を優先するよ」

息がつまった。

「大丈夫。祖父だって明音を気に入ってるよ」
「・・・ん」
「ごめんな、可愛いけど、こんな格好まで明音にさせるべきじゃなかった。車の中で明音が意思を固めた顔してたから、俺も覚悟を決めたよ」

真剣な眼差しと、手を強く握り込まれて、心臓が苦しくなった。なれたはずの着物が苦しくて、うまく言葉が上がってこないかわりに、じわっと目頭が熱くなる。

「・・・もし会社が潰れたら、俺が養ってやるからな」
「ああ、期待はしないがな」
「うるせ」

迎えの車が見えた。フロントガラス越しの運転手さんは、早々の呼び出しにも関わらず満面の笑みだ。

「時間が余りすぎた。せっかくだから寄り道でもするか?」
「寄り道?どこに?」
「そろそろ着物を脱がされたいんじゃないのか?」

またも耳元でそう囁くもんだから、俺も再び脇腹に一発決め込むのだった。



おわり

小話 02:2016/09/05

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