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「憲伸君のいいところって、僕に興味がないとこだよね」
「そうかな」
「ほら。そういうとこ。好きだなぁ」

部室棟に向かう放課後。
隣でニコニコしながらついて歩く朝倉玲哉をチラリと見るだけで、憲伸はすぐに視線を落として長く息を吐いた。
自分は多くを話すタイプでも率先して場を盛り上げるタイプでもないが、きちんと言葉を選んで意思表示が出来るし、誰とでもそれなりの距離を保って付き合える人間だと自負していた。実際、憲伸は友達と呼べる数は多くはないが、人間関係のトラブルとは無縁だし、居心地よいクラスメイトや剣道部のメンバーにも恵まれている。このまま平穏無事に高校生活を終えたいところだが、本当は心の奥に、人生で一番の大きな秘め事を秘を抱えているのだ。

「その僕に無関心でクールなとこ、最高にかっこいいね」
「ありがとう」

隣の朝倉よりも考え事をしていたせいで、無視していたわけではないが結果として放置したような扱いをしてしまったのに、より一層朝倉の瞳が輝いた。一応誉められたので今度はちゃんと目を見てやんわりと笑って言うと、余計に朝倉は顔を蕩けさせる。言うなれば、ファンサを間近で浴びたオタクのようだ。

(複雑が過ぎる・・・)

憲伸の静かな笑みが引きつった。
朝倉は自身に興味や関心がなく、特別扱いしてこない憲伸が好きらしい。

(興味がない、か・・・)

憲伸の心臓がきゅうっと痛む。

本当は、自分がとっくに朝倉を好きになってることを知られたら、どうなるのだろう。



* * *



一般生徒が休日でも部活動は関係なくあるもので、剣道部部長の憲伸は部員より早く登校し、着替えを済ませてから鍵を指に引っ掻けて武道場に向かっていた。昔は柔道部も使用していたらしいが、部員減少、のちに零となった為に廃部となり剣道部が堂々と使用している。なので本日開催される他校との練習試合は常にホーム開催なので都合がいい。
鼻歌交じりに指先で鍵を回していると、扉の前で項垂れてしゃがみこむ男子生徒が一人いた。
思わず足が止まるが、そこに留まるわけにはいかない。体調が悪いのかもしれない。それに部活が、しかも試合があるのだからと堂々と歩みを進めるも、やはり彼の存在は解錠の邪魔になる。

「どうかした?」
少し迷って憲伸が声をかけると、その時初めて彼は人の存在に気付いたらしい。身体がビクッと動いたかと思えば、素早く顔を上げて憲伸の姿を確認した。

「ちょっと、追われてて、休んでた」
笑って見せた彼だが、その話し方には息切れが見られ、先程まで走っていたのは瞭然だった。
それに、憲伸は彼とは直接関わりはないが、見覚えはあった。否、憲伸でなくても、学校内の人物ならほぼ全員彼を知ってはいるだろう。朝倉玲哉。とにかく顔がいい。背も高い。脚が長い。そしてモテる。最近では高校を卒業したら芸能事務所に即所属と噂がたっている。きっと今彼が言った「追われている」とは、彼のファンや好意を抱いてる女子達にだろう。ぐるりと見渡すが、今のところその影や様子は見えてこない。

「なんでもいいけど、ここにいると部活の邪魔だから退いた方がいいよ」
「え・・・邪魔?僕が?」

初めてその言葉を言われたのか朝倉は目を見張ったが、憲伸だって剣道部部長としての役割があるのだから仕方がない。

「今から部員も来るし掃除もするし、今日は練習試合で別の高校の人らも来るから。あっちならいてもいいけど」
と、指した方向は武道場と体育倉庫の間の狭い空間だ。日当たり悪く、不良の溜まり場にもならなければ雑草も生えてこないので、今のところ用途としては一年生剣道部員の逃げの場だ。
指されたその方向を見た朝倉の、開いた口が塞がらない。

「あっちなら人目がつかないし、武道場って女子近寄んないから」
「ああ、いつも剣道部の掛け声とかビシバシって音が聞こえるもんね・・・」
「そっちなら、うるさくなるけど落ち着くまでどうぞ。じゃ」

そこまで言うと、憲伸はようやく鍵を差し込み扉を開いた。ひやりとした空気を身に浴びると、心身ともに引き締まる思いだ。一礼してから中に入る。そこからスイッチが切り替わった憲伸は、その後の朝倉がどうなったかとか、朝倉が目を輝かせて自分を見ていたとか、まったく気にもかけていなかった。




──朝倉に声を掛けられたのは翌日、平日の月曜日の校内だった。わざわざ憲伸を待っていたかのように、廊下で呼び止められたのだ。
「憲伸君」と呼ばれるのは、幼稚園児以来じゃないだろうか。朝倉見たさと、その彼の横に並ぶ憲伸を不思議そうに見てくる生徒達からの視線が痛いというのに、朝倉本人は慣れているのか気にもしていない。それどころか矢継ぎ早に昨日は休んでいた日の補習を受けに学校に来たら、部活に出ていた女生徒に見つかり追いかけ回されていたこと、親切にされて助かったこと、胴着姿の憲伸がかっこよかったこと、実はこっそり武道場の地窓から試合を見ていたこと、剣道部すげえって思ったことなどをペラペラ喋りだすので、憲伸はやや押され気味に「あぁ」やら「そう」としか口を挟めなかった。
そこで、朝倉はにっこりしながら言ったのだ。

「感心なさげな感じ、すごくいいね」

当時は「はあ?」としか思えなかった。



* * *



「俺こういう顔と性格だから、好かれるか嫌われるかの両極端な二択しかなくて、憲伸君みたいに全くの無関心っての初めてで嬉しい」
「嬉、しい・・・のか?」

二択、と言って朝倉はピースをして見せる。こういう顔と性格とは、男から見ても綺麗な顔と、よく言えば距離感なく人懐っこい──悪く言えば無神経で無遠慮だという性格だ。どちらも好かれるかやっかみかのどちらかだろう。
だが言われれば、確かに憲伸が存在しか知らない朝倉について「すごくモテる」と聞いても「へー」だったし、実際に姿をみても「へー」くらいの感想で、芸能界入りの噂を聞いた時すら「へー」だけの感想だった。「かっこいいな」とか「男の敵だな」とかは、思わなかった。
よく知らない人にあれこれ言うのは失礼なことだと思っていたし、最近はSNSがバズれば一般人でもワンチャンある時代だ。誰かを特別視したりしないのは確かに憲伸が他人に対して希薄
なところがあるのかもしれないが、逆に毎日誰かにアンテナをはるのは疲れるだけだろう。祖父から精神統一として教わった剣道は、ある種の現代病対策にうってつけだったのかもしれない。

「・・・あそこ。女の子いるから、俺もうここで帰るね」
「ん?あ、ああ」
「じゃ、部活頑張ってね。また明日」

こそっと憲伸に耳打ちした朝倉は、ヒラヒラと手を振って走り去る。その後ろ姿を見送って、憲伸はフイと視線を前に向けた。スマホを弄ったり鏡をみている女子グループが固まっている。最近では朝倉が武道場を隠れ蓑にしていると広まってしまい、すっかり武道場や部室棟までにファンが張り込むようになってしまった。以前の朝倉は憲伸見たさに剣道部によく顔を出していたと言うのに、最近はめっきり顔を出さない。
ふうっ、と重い溜め息をついてしまう。


──朝倉、そんなに俺に好き好き言って、俺が朝倉のこと好きになったらどうすんの。

ある日聞いてしまったのだ。
好きだと言われたことはあるが、付き合って欲しいと言われたことはない。どういう意味の「好き」なのか、憲伸はいまいち理解していない。
すると朝倉は驚いた顔をしていたが、直ぐに破顔した。

「ええ。決まってんじゃん」

それはとてもとても、いい笑顔だった。

「次に行く」


振り向かすまでが彼の興味の対象だ。
それもそうだろうと、ストンと納得出来る自分がいた。朝倉に興味や関心は誰もが一度は持つはずで、その感情が正であろうと負であろうと、振り向かない相手はいない人生を歩んできたのだろう。彼は今、憲伸の興味を自分に向けることだけに──まるで一種のゲーム攻略のように夢中になっているだけだ。
納得をして、そこで初めてショックを受けている自分に憲伸は気付いてしまった。
仕方ないじゃないか。あんなに綺麗な顔で毎日毎日「好きだ」だの「かっこいい」だの言いながら笑い掛けてくるのだから、好きになるに決まってるだろう。逆に嫌いになれる要素がない。

(でも、気持ちを知ったら、朝倉は・・・)

そこからは、ひたすらに気持ちを殺す日々だった。


※ ※ ※



「そういえば朝倉って、芸能人になんの?」
「え?」

部室棟に向かうまでの道中が、最近では唯一朝倉と二人きりになれる時間帯だ。
朝倉にすら興味関心がなかったのだから、他の生徒にだって当然深い関わりがない(友達が少ない所以だとも自負している)憲伸は、加えて厳しめの剣道部、しかも部長という役職も手伝って、一匹狼でいることが多く、周りも不必要に声をかけることはなかった。朝倉を見かけ、声をかけようとする女子ですら隣の憲伸を見かけると足を止める始末だ。だからこそ、憲伸が部室棟や武道場に入った隙に、部外者である朝倉が一人になったところを狙われるのだが。

ふと、思い付いたことを窺えば、朝倉はポカンと口を開けて、顔を歪めたかと思うと唇を尖らせた。じわじわと変わっていく表情がおもしろい。

「それって、噂のやつ?なるわけないし、興味もないよ。今でさえヘキエキしてんのに、有名人になったら今以上大変なことになっちゃいそうじゃん。俺のファンにそう言っても、信じてもらえなくてマジ迷惑」
「ふうん」

憲伸は一人で頷いた。
これはただの興味の話だった。それをポロリと溢してしまった。朝倉が芸能人になるからって、今さら見方や接し方が変わるわけではない。彼への恋を自覚しているので、東京への物理的距離や、芸能界という心情的な高い敷居に対し、ちょっとは寂しいなとは感じているくらいだ。

「え、ってか、え?なになに、憲伸君、ついに俺に興味持った感じ?」

ハッとして顔を上げれば、隣の朝倉はにやあと笑っていた。打って変わって憲伸は、さあっと青ざめる。

「違う。そう言うんじゃなくて、周りが──いや、周りこそどうでもいいんだけど、朝倉が」
「俺が?」

朝倉にキラキラした目で見られて、憲伸は顔を赤くするどころかウッと目を瞑って顔を反らした。このキラキラは、目にも心臓にも悪い。特に今は。
ちらりと、薄目を開けて恐る恐る朝倉を見遣る。相変わらずキラキラニコニコしている。元より、憲伸は嘘や誤魔化しが得意ではない性格だ。

「・・・興味は、ある」
「ええっ、嘘!やった!」

ガクンと項垂れながら全てがばれない程度に白状すると、朝倉に両手を握られブンブンと勢い良く上下に振られた。憲伸はされるがままだ。子供みたいにはしゃいで見せる朝倉に、ちょっとだけ体温が上がるが、喜べはしない。

「俺が朝倉に興味を持ったらつまらないだろ」
「・・・なんで?」

眉間にシワを寄せ、心底訳が解らないという顔をする朝倉にこそ、憲伸だって戸惑ってしまう。なぜって、だって、朝倉がそう言ったのだから。

「別に、俺、憲伸君が俺のこと知りたいなら何でも答えるけど」
「俺が朝倉に興味・・・好意を持つのは、俺的に良くないというか」

お互いの気持ちが繋がればジ・エンドなのだ。バッドな方で。片想いで結ばれなくても、それなら熱心に憲伸を慕ってくれる今の状況の方がよっぽどマシだと、臆病で、ずるい気持ちが芽生えている憲伸は当然言えるわけがない。
言い渋る憲伸に、朝倉は首を傾げる。

「なんか良く解んないけど、そんなの俺は憲伸君が好きで、憲伸君も俺が好きだったら、ハッピーでしかないじゃん」
「そんでも、お前は次に別のやつのケツ追っかけんだろ?」
「はあ?俺が憲伸君以外の人のお尻なんか追っかけてどうすんのさ」
「言い方が嫌だな・・・」

ずっと困った顔をしている朝倉を見ていると、憲伸にも罪悪感が生まれてしまう。困らせたい訳じゃない。好意を持たれて嬉しいのだ。それを言えたらどれだけいいか。

──でも、そしたら、朝倉は。


「・・・俺が、朝倉のこと好きになったら、次に行くって・・・」
「そうだよ。そんで付き合えたら、その次は手を繋ぐじゃん」

ケロリと言った朝倉に、・・・ん?と、話を飲み込めずに一拍の間が空くと、その隙をも埋めるように朝倉は宙を見ながら言葉を続ける。

「で、デートしてぇ、キスしてぇ、最終的には・・・あはは。ねえ。昼間っから言わさないでよ」

照れ隠しからか、パッと手を離したかと思えば背中を向けてなにやらごにょごにょ言い出しているので、憲伸は何も言わずに、ただ握られた手と朝倉の背中を交互に見つめるしかない。

「まあそれが最終目標ってわけでもないから、そこからは憲伸君とずっと仲良しでいられるように努力の毎日だよね。終わりはないね〜永遠に楽しそ〜。っつってもまだ全然俺の片想いなんだけどね〜」

そして一人で楽しそうに笑っていた朝倉は、はたと我に返り、振り返る。

「で、これ今何の話?」

今まで聞いたこと以上に好き勝手喋っていた朝倉が振り向いたかと思えば心から不思議そうな顔をしていたもので、憲伸は安心したのも相まって、噴き出して笑ってしまった。朝倉の前で大きく笑ったのは、初めてかもしれない。

何てことはない。次に行くとは、二人のステップアップの話だった。

「俺が朝倉のこと好きって話だよ」




おわり

小話 191:2024/01/16

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