190



クリスマスも近づいた今日、彼女が欲しいと嘆いたのは誰だったか。
その嘆きにその場にいた皆がぽつりぽつりと「それな」「ほんとそれ」と続いて賛同したので、この際言い出しっぺが誰でも話は変わらず進む。

「男子高校生になれば、自然と彼女って出来るもんだと思ってた」
「わかる」
「わかりみしかない」

部活動終わりの更衣室、疲れた体に最後の鞭を打ちながらだらだらと着替える彼らの思考は低空飛行。なので何とも頭の悪い会話だが、男子高校生は真剣そのものであり、会話が成立しているだけでも良しとする。ちなみにこの話題は夏にも上がった。

「いーじゃん。ダイ君モテんじゃん」
「今日も女テニこっち見てたし」
「女の子が好きなのは俺の顔だけよ」
「うぅわ、それもそれでムカつくけどザマァ感」
「ダイ君中身クズだもんねえ」
「ドイヒーなんですけど」

顔が良くて中身がクズと総評されたダイは、それを自分でも充分理解しているのでふざけてニヤニヤしているだけだ。性格が悪くて損をするより顔が良くて得した方が多い人生を歩んできたので、今さら他人に指摘されたところで痛くも痒くもない。今だって本当は、本命ではなく空いた時間を埋めるのに都合のいい女の子なら、誘えばいくらでも食いつくのだから鼻歌だって歌えてしまう。

「あーあ。俺らの中で彼女持ちっつったら、テラコだけかぁ」

学ランの下に着るパーカーから顔を出したクラブメイトが不満げに、そして盛大に、爆弾を落とした。ダイのシャツのボタンにかけた手が止まる。

テラコとは、彼らと同年代の部長である寺島光太の愛称だ。卒業済みだが以前先輩に同姓の先輩がいた為に、現在もテラコと呼ばれ慕われている。
そのテラコに彼女がいると聞いて、ダイの思考が一時停止した。

「・・・え。テラコ彼女いんの?俺知らないんですけど」
「別にお前が把握してなくてもいい話なんですけど」
「ダイ君、テラコのなんなのよ」

しら〜っとした目を向けられ、ダイは乾いた笑いを浮かべるしかない。きっと自分より先にテラコが彼女を作った事に嫉妬乙とでも思われているんだろうが、それでもいい。震える指がうまくボタンをとめられない事に気付かれなければ。

「だって聞いたことないから、さすがにビビったってゆうか」
「まーねー。テラコ、そんな話しないしね」
「確か中学ん時に通ってた塾が同じだった子、だっけ?西高にいるみたいよ。めっちゃ可愛いらしい」
「ちょ、なんでそんな事まで知ってんの?」
「マネージャーが話してた」
「女子の謎ネットワークこえぇ〜わ〜」
「プライバシーガン無視じゃないの。ねぇ」

井戸端会議をする奥様よろしく、噂話をさらに広める二人をよそに、ダイはいよいよロッカーに頭を突っ込み見えない形で項垂れた。テラコに彼女。聞いたこと無いから知らなかった。彼女がいるとも考えたことなかった。え、可愛いの?めっちゃ?性格いい?付き合って何年?女の子と仲良いテラコとか想像つかないんですけど。
ぐるぐる、ぐるぐる。
疑問しか浮かばない。

「いやでもちょっと解るわ。女子って結局チャラチャラしてなくて一途っぽいフツメンが好きなんじゃん?」
「テラコいい奴だしね。ダイ君と中身正反対」
「俺へのディスをいちいち挟むなよ」

ロッカーからいい加減顔を出してげんなり気味に言うのは、仲間にディスを貰ったからではない。自分にはいない彼女がテラコにいるからでもない。
テラコに好意を抱いているからだ。

「・・・毎日休みも部活ばっかなのに、いつ会ってたんだろ」
「テラコはマメだからなー。そういうのちょいちょい時間見つけて上手にやってそう」
「ダイ君もお遊びやめて見習いなさいね」
「オカンかよ」

ポツリと疑問を吐き出せば、的確な返事をされた。
自分とは違って、真面目で、硬派で、でも冗談も通じるし、頼りにもされる、それがテラコだとダイは思っている。自分の自負しているチャラさにもテラコは呆れつつも笑ってくれるし、怒ってくれるし、普段なら接点はないけれど、サッカーの話ならいつまでも子供のように楽しく熱く談義できる。
そりゃあ、そりゃあ。女子はテラコのこと好きになるよなぁ、俺だって好きだもん。
人知れずついた溜め息は、クラブメイトに拾われることはなかった。







「なんだ。もう大介だけか」

名前を呼ばれてダイは顔をあげた。適当な理由をつけて部室でぼんやり一人パイプ椅子に座って居残っているところに入ってきたのは、渦中のテラコだ。満場一致で選ばれた男子サッカー部キャプテンとして、早速忙しそうに動き回っている。顧問と話し込んでいたので遅れたのだろう。失念していただけだが、突然の意中の相手の登場に肩が跳ねた。

「お疲れ〜。呼び出しなんだった?」

しかし上辺だけを取り繕うのは得意だ。顔にも声にも動揺をみせずにカラリと笑うのは、特技・チャラさのお陰だろうが、スポーツにも使える技でもあるので無下にはできない。
現にテラコも、ダイだけの部室を見渡すと特に何かを気にする様子もなく、自分のロッカーから着替えを探る。

「次の練習試合の話。まぁ明日皆の前でも言うけど、新チームでの初陣、よろしく頼むってさ」
「ふーん。でも西高とじゃあ勝手知ったる仲って感じじゃんね」
「相手よりウチの力量を見定めるんだよ」

サッカー部の三年の引退は遅い。
だからダイ達の学校は新チームをまとめる為に、積極的にこの時期は練習試合を組み、課題を目の当たりにさせて強化を図るのが伝統的な流れらしい。
そんなことより。

「テラコって彼女いたんだ?西高だっけ」

ダイは着替えを始めたテラコの背中に、誰もいないにも関わらずそっと尋ねた。茶化すでもなく、何気ない会話を装う風に問い掛けると、ピクリと一瞬テラコの動きが止まったような気がしたが、すぐに制服のシャツに腕を通す。

「ああ、うん」
「何で黙ってたの。俺とテラコの仲でしょ」
「こういう話苦手だし、そもそも話すことなんてないから」

振り向きもせずに答える姿はいつも通りにクールだが、自分との新密度に関してはノーコメントだ。どこか一線を引かれたみたいな言い方に、頭にダイレクトシュートをくらったような衝撃とショックがダイを襲った。

「ま、またまたぁ。彼女めっちゃ可愛いんでしょ?」
「さあ。普通」
「普通て。テラコの彼女ってめっちゃ興味あるんだけど」
「なんで」

ギラッと横目に睨まれてしまうと、さすがに軽率と評判のダイも放った言葉を後悔した。
あら、テラコって彼女に対して意外と独占欲強め?
笑った顔はひきつったかもしれない。ちょっと、いや、大分ショックだ。テラコは友達にも部員──当然ダイ自身にもクールな塩対応がデフォなので、彼女にだけ特別に甘いのかもしれない。彼女に対してどんな態度なのか知ってはみたかったが、自分との格差を実感すると悲しみしかない。

「なんでって、興味本位?」
「趣味悪」
「悪くないでしょ」

だってテラコのことが知りたいだけだし。
そう、テラコの彼女は二の次で、知りたいのはテラコのことだ。そしてそう言えたらどんなに楽か。笑みを浮かべるのは得意だが、顔で笑って心で泣くとは今この事だろう。

「デートとかどこ行ったの?」
「してない。ずっと部活してただろ」
「まあねぇ。じゃあ告ったのどっち?どこが好きだった?」
「向こうから。どこがどうだったかな」

さっきの部活仲間が言ってたように、マメじゃなかったことに驚いた。それに自分も部活動だけは真面目に出ていたが、帰りの時間まで待っていてくれたり、呼んだら来てくれる女の子はいたから意外だった。帰りに待ち合わせとか、しなかったんだろうか。そういえば、ダイの記憶には一年の時から皆揃ってボチボチ帰ってた記憶しかない。
(でもウチ部活時間長いし、テラコ自主練遅くまでするし、今はキャプだし、女の子を遅い時間に外には出さないか。普通)
と一般論を考えると、自分のダメさが余計浮き彫りになってしまった。

「でもテラコに彼女がいたの、全然気付かなかった。匂わせ一切なかったね」

パッと顔を上げれば、いつの間にかテラコは着替えを終えていて、スポーツバッグを肩にかけてホワイトボードに明日の日付と予定を書いていた。片手には書き終えたらしい部誌も持っている。しまった、手伝えば良かったと内心慌てたが、テラコが書いた方が早いし綺麗だし内容も正確だから、なにもしないのが一番だったに違いない。
ダイもリュックを緩く背負い立ち上がると、テラコが指先に引っ掛けた部室の鍵をうんざりした顔で揺らして見せた。

「まだこの話すんの?もう閉めるから出るぞ」
「え〜。せっかく二人きりなんだから、もっとテラコのコイバナ聞きた〜い」

余計身を傷つけるだけの、なんてドMな行為だろうか。それでもテラコが今現在どんな恋を、誰とどのように育んで、そしてもちろん順調に、幸せになっているのか知りたくてたまらないのは、リアコな推しの熱愛が発覚したファンの心理だろうか。
テラコはニコニコしているダイをみて、腕を組んで壁に寄りかかり、冷たく言った。

「俺は今更元カノの話なんてしたくないんだけど」
「え〜、そこをなんとか・・・」

へらっと笑ったものの、そこで一瞬、時が止まった。

「え、わか、え、テラコ別れてんの?えっ?だってさっき“うん”って言ったじゃん」
「ダイが“いたんだ”って過去形で聞いたから」

そう言われたら、そうだ。
日本語の難しいこと。

「あ、あ〜・・・。ごめん、ホントごめんなさい」
「いいよ」

ダイに悪気がないのが解ると、テラコはあっさりと許すし、必要以上に責めたりしない。キャプテンシーを備えたその寛大さがまた、ダイは甘えたくなる要素なので勘弁して欲しい。ただ単にダイに関心がないのではと言う疑問は深追いしないことにする。

「それって、何で別れたか聞いてもいいやつ?」
「自然消滅かな。気付いたら番号変わってたから、いつ別れたかも正直わからん」
「おぅふ・・・っ!」
「受験シーズンはほぼ毎日塾で会ってたけど、高校別になるとそう会えなくなったから。俺も全然連絡入れてなかったし、どうしてるかなって連絡しようとしたら繋がんなかった、みたいな」
「それってもしかして、もう一年前とかそんな話?」

テラコは数を数えるようにチラッと上を見上げて、頷いた。

「ラインとかSNSとか共通の友達もいるから連絡しようとすれば出来たけどさ、もーいいやって感じでそのまま放置してる」
「ズ、ズボラだ。全然マメな男じゃない」
「本当に好きなもの以外はテキトーだよ、俺」

意外な一面に引くどころかキュンとしてしまった。
今、自分は皆が知らないテラコを知ってしまったという背徳感と優越感がダイを最高潮にさせる。
そもそもテラコには彼女がいなかった。
大事なことにダイは気が付く。
ってことは、つまり。

「じゃあ俺好きでいていいんだねっ!!」

思わずテラコの手を握り、歓喜のあまり上下にぶんぶん振ると、テラコの手の中で鍵がチャリチャリ鳴る。変な顔で見てくるテラコにハッとして手を離すも、咎められたのはその行為ではなかった。

「・・・やっぱり、ダイ、あいつ狙いだったのか」
「ん?」
「興味あるって言ってたし、やたら聞いてくるからそうなのかと思ったけど・・・。まあ俺にはもう関係ないし、誰が誰を好きになったっていいと思うので、頑張って下さい」
「えっ、ちょっ待って待って違う!他人行儀な話し方やめて!」

ダイのテラコへの矢印が、本人にはテラコを通り越して元カノへ向けられていると思われている。
完全なる誤解だ。
さっきまでの高揚から一気に覚め、部室の電気をパチパチと消し始めるテラコへとっさに叫んだ。

「俺が好きなのはテラコの方なんだけどっ!」

しかし声がでかすぎた。
こんな近距離で二人しかいない部室とはいえ、他の部屋には他の部活動の生徒が残っているのかもしれないのに。
振り返ったテラコの顔は暗くてよく解らなかった。

「・・・って、知っといて、貰えたら、嬉しいです・・・はい」

するはずのなかった告白をしてしまうと、自分の性格から差し引いても恥ずかしいが残る。
先に暗くなった部室から出ると、テラコも続いて最後にドアに施錠する。

「ダイが」
とまで言って、テラコは続きを考えるように少し間を空けて、次を言った。
「あいつじゃなくて俺の方に気が向いてんのは、良かったって思う」

ガチャンと鍵を閉めて、顔を上げたテラコの顔は先ほどとは違い廊下の明かりではっきりみえるはずなのに、もういつものクールなテラコの顔だった。

「え!?それどういう意味!?」
「いや、解んないけど。あっちじゃなくて俺でよかった」
「それって俺のこと好きってこと!?」
「いや、どうだろ、うーん・・・?」
「うそでしょ。彼女いたくせになんでそんな恋愛下手みたいな反応すんのよ」
「うるさいなあ。手も繋いだことないしデートもしたことないんだよ」
「う、うぶーー!!」

きゃあきゃあ騒ぎながら並んで廊下を歩くと、チラホラ残っていた生徒に騒がしさから視線を(主にダイ一人に)向けられた。
サクサク歩くテラコに、ダイももちろんついていく。

「え、俺もしかして頑張っていいやつ?」
「部活を頑張ってくれ」
「テラコがそう言うなら俄然頑張るんですけど」「単純だな」

フッ、と今日初めてテラコが笑うのを見た。
しかも、目尻をゆるめて優しく笑うレアなやつだ。キューン。ダイの胸がときめくのも無理はない。

「えっ、めっちゃ好き!」
「うるさ」

思わず心の声が飛び出るが、それを疎まれることはなかった。声量なんてさっきから馬鹿になっていると自覚している。
しかしスキップでもしそうなダイは、ふと気付いてしまった。

(自然消滅って、そう思ってるのはテラコだけで、もしかしたら向こうはまだテラコのこと待ってるとか試してるってこと、ないよな)

もしそうだったら、こっちも無駄に広いネットワークやらコミュ力を使って完全に二人の仲を秘密裏に消滅させちゃえばいいか。何せテラコの気持ちは完全に無さげだし、自分が脈アリなら元カノだか今カノだかを完璧に排除するのは当然だろう。というか、テラコのこと袖にするとかあり得ないし。

(あー、クリスマスの遊びの約束・・・彼女欲しいっつってた誰かにパスしてあげよ)

中身がクズたる所以を垣間見せたダイは小さく舌をだして、職員室へ鍵を戻しにいくテラコの後ろを尻尾を振るようについて歩いた。
その尻尾は、果たして犬か、狼か。



おわり


小話 190:2023/12/22

小話一覧


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -