19



壁掛けのカレンダーについたバツ印が、今月は今日を残してすべて埋まっていたのに気付いた夜のこと。
あ、そういや明日からもう新しい月じゃん。
いや〜日の流れははやいもんだね〜なんて年寄りくさく、しかし行動は若者っぽく、一気に今月のカレンダーをビリッと破いて、俺は目を丸くした。


「上がりました〜」

下はボクサー、上はゆるいTシャツ一枚の宗次が濡れた髪を拭きながら、風呂上がりを報告してきた。
同棲している彼氏の宗次。

「宗次、なんでここ丸してんの」
「だって弥彦の誕生日じゃーん。1年で一番大事な日だよー」

ここ、と言って指したのは、二週間後の土曜日、俺の誕生日だ。
破ったカレンダーは裏が真っさらだから、あとで適当な大きさに切って、メモ帳にする為に取っておく。宗次の返答に、ふぅんと何でもないように装ったけど、気恥ずかしくて俺は手中のカレンダーをくるくる丸めた。
そんな俺にクスリと笑った宗次が、肩を抱いて俺のこめかみに唇をくっつける。

「弥彦、生まれてきてくれてありがとう」
「まだ早ぇよ。てか髪濡れてるから抱き付かないで」
「誕生日はさ、美味しいもの食べようね。ケーキも良いとこの予約してるし」
「えっ、もう?!」

それは早くない?と驚けば、宗次は平然と笑って当日が楽しみだねぇと更に抱きついてきた。

「前の日の夜からエッチしようね。上も下も繋がったまま、誕生日迎えようね」
「バカか・・・」
「ふふ、今夜、予行練習しとく?」
「あ、触んなっ、あぁ」


──なんてやり取りが記憶に新しい本日、俺の誕生日。

「おはよう、弥彦。ちゃんと眠れた?」
「・・・お陰さまで」

体はグッタリ疲労したので、短時間と言えど深く眠れたからスッキリはしている。

「もっかい言うね、お誕生日おめでとう、弥彦。愛してる」
「ん・・・」

ゆっくり、体重をかけないように覆い被さってきて、夜中に散々言われた言葉が再び降ってくる。吸われるようにキスされて、ちゅぱっと濡れた音で唇が離れた。
普段ヘラヘラしてる分、静かに真面目な顔の宗次が恥ずかしくて、きょろ、と視線を泳がせる。

「あー、昨日の弥彦可愛かったなぁ。中出しおねだり・・・ふふ、気持ちよかったねぇ。あ、体大丈夫?一応キレイにしたけど、どっか痛くない」
「だ、大丈夫・・・」
「そっかそっか」

頬をするりと撫でてから、宗次が体を起こした。

「弥彦、今日はベッドにいていいよ。俺、昼過ぎたらケーキ取りに行ってくる」
「え、一緒に行くし」
「だーめ。夜までのお楽しみ。ご飯も今日は俺が用意するし、ゆっくりしてて。ね?」

それはもう、とてもとても優しく言うものだから、俺は閉口して頷くしかなかった。
コーヒーとトーストにカップスープだけの簡単なブランチを済ますと、リビングでだらだらしてた俺に、身仕度を整えた宗次が「そろそろ行ってくるね」と頭を撫でてきた。
誕生日効果か、いつもよりスキンシップが多い気がする。

「急いで帰りたいけど、ケーキ傾いたら大変だからなるべく急いでゆっくり帰ってくる」
「なんかよく解んないけど、宗次が車とかに気を付けてくれたら、それでいいから」
「うわー、優しい!名残惜しいけど、そろそろ行ってきますね」
「うん、いってらっしゃい」

玄関までついていって、最後にハグして手を振って、ようやく今日初めての静けさが訪れた。

ふっと笑いがこぼれた。
自分の誕生日にこうまでしてくれるって、嬉しくないわけがない。

(久しぶりにお酒飲みたいかも)

ちょっと浮かれて、そんな気分になってきた。
俺も宗次もそんなに飲むほうじゃないからロング缶の酎ハイ一本半分こして。それに一日中部屋にいたら、俺今日ずっとスウェットになるし、宗次がご飯とケーキを凝ってくれてるなら、服装はちゃんとしときたいし。

そうと決まればと、適当に服を選んで外に出た。
宗次が出掛けて間もない内のこの行動力。自分も今日この日を楽しんでるなと実感したらまたも笑いがこぼれてしまった。

駅に向かう通りにある、近所の小さな酒屋は一度身分証明をして以来、年齢確認をしなくて楽だからよく通う。今日もそこに行こうとした矢先、見間違えるはずのない後ろ姿をみつけた。

「宗次・・・」

ただし、片腕に知らない女の人が絡み付いている。

「え、弥彦?」
「宗次君のお友達?」
「はぁ?ちが、弥彦は──」
「こんにちは、宗次君の彼女の美里でーす」

胸を押し付けるように、さらに宗次に密着する彼女と、青い顔をする宗次に、ぽつんとしてる俺。
なんだか浮かれていた気分が一気に冷めて、お酒とかどうでもよくなって踵を返した。


別に、浮気を疑ってるとかじゃないんだよ。宗次がモテるの知ってるし、俺と朝まであんなことして、同棲だってしてるんだし。うん。それに多分、宗次はあのこに「弥彦は俺の恋人」って言うつもりだった。
ただ、あんなに幸せだったのに、いきなり現実見せられて夢から覚めた、みたいな。
帰ってきて早々に、ソファーに倒れ込んだ。

(宗次、早く帰ってこないかな)

何となくつけたテレビも頭に入ってこなくて、プツンと電源を切る。
抱き締めてもらいたい、俺がずっと一番だって言ってもらいたい。疑ってんじゃない。
二人の部屋から一歩外に出ると、急激に襲ってくる自分達は異質な関係だというのをまざまざと知らされるようで、それはとても・・・。

「寂しい・・・」


──夕日が沈みかけたころ、ドアがガチャガチャと騒がしく回って、息を荒くした宗次がバタバタとリビングに入ってきた。

「ただいま!弥彦!」

おかえり、と口を挟む暇もなく、宗次は手にしていたものを全部テーブルの上に置くと、正面から正座して俺の両手を自分の両手で包み込み、視線をまっすぐ俺に向けてくる。

「遅くなってごめんね、あの、すぐ追いかけようって思ったんだけど、ケーキ、予約してたやつ取りに行かなきゃいけなかったから・・・あとご飯もね、オードブル買ってきたから、食べ・・・るよね?弥彦、怒ってる?ケーキとご飯いらない?」

眉を下げて首を傾げながら聞いてくる宗次に、現金なものでちょっとキュンとした。

「あの、ちゃんと話すから聞いてね?あの人は同じ大学の人ってだけで、何の関係もないからね。一回サークルの飲み会に混じってた事があって、そのとき多分アプローチされてたけど、全部スルーしたし。えーっと、サークル違うのに何で飲み会にいたかっていうと、サークルの中にいた友達に俺が好きって、協力してって、根回ししてた、みたいな?」

宗次が眉間にシワを寄せて、薄目になりながら遠くを見ている。どうでもいいことだったから、すぐに忘れたんだろうな。懸命に思い出そうとして難しい顔になっている。

「今日会ったのは本当に偶然で、俺、気付かないで通りすぎたとこひき止められて・・・多分、サークルの件もあるし、弥彦に彼女って言ったのも外堀から埋めてこうって思惑だと、思う」
「・・・そう」
「ごめんね、本当にごめん。俺がめんどくさがらないで、ちゃんと──」
「俺がまず言いたいのは」

宗次の言葉を遮って、少し強めに割り込むと、宗次がビクッと肩を揺らした。

「怒ってはないから、謝んなくていい。あと、やきもち・・・は、正直妬いた。あの人にも触ってんじゃねぇしって思った。・・・んで」

絡めとられた手をはずすと、宗次が悲しげな顔をしながら俺の指先を注視する。

「宗次が、俺のとこ帰ってきてくれて嬉しい」

両手を広げれば、待てを解放された犬みたいに、宗次が飛び込んできた。ゴツっとフローリングで頭を打ってめちゃくちゃ痛い。

「なんで宗次が泣きそうになってんの」
「だって俺、弥彦に嫌われたら生きていけない」
「人の生まれた日にそんなこと言うなよ」

寝そべって薄い胸板に宗次を乗せたまま、視線をローテーブルに向ける。
ケーキとご飯。ケーキの箱は、うちから少し距離がある、地元じゃ有名なところのだった。どんな気持ちで取りに行って、どんな気持ちで帰ってきたのだろう。
背中をタップすれば、宗次がのそりと起き上がる。

「宗次、ケーキとご飯ありがとう。すっげぇ嬉しい。宗次が選んでくれたやつ楽しみにしてた」
「ほんと?」
「だからさ、ご飯食べようよ。ケーキ冷蔵庫でいい?なんか・・・でかくね?」
「6号にした」
「それって何人分?ほら立って立って。お皿出して」
「うん〜」

目尻を擦りながら立ち上がって、宗次は食器棚からカチャカチャとお皿二枚にお箸──は、やめてフォークを二本取り出した。雰囲気選んだなって、可愛く思えた。
さっそく紙袋からオードブルを取り出す。クリスマスに食べるようなチキンに、ローストビーフにサーモンのマリネ、サラダの盛り合わせ。あと惣菜が小分けに入ったパックが次々に出てきた。

「なにこれすげぇ!ご飯めっちゃ旨そう!!うわあ幸せ!」
「デパ地下のやつぅ」
「え、あ!よくテレビで紹介されてるとこのだ!」
「弥彦、テレビ見て食べたいって言ってたから」
「わー、ありがとー宗次。大好きマジ愛してる!」

俺だって、正直もう宗次以外との恋愛なんて考えてない。考えられない。
この小さなマンションの一室。今は二人でこの場所で、この関係を大事にしたいと思っているのだ。

「俺も弥彦大好き」

何も不安が無くなるように。



おわり



ラブラブ同棲バカップルの内弁慶みたいなのを書きたかった。家の中だと幸せいっぱいだけど、みたいな。

小話 19:2016/12/12

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