189



「山崎。帰ろ」
「あ、うん」

「飯行こ。バイト代入ったから奢るし」
「親に使ってあげなよ」

「テスト意味不明だから勉強教えて」
「よりによって俺に聞いちゃうのか〜」

当然のように全てのことに僕を誘ってくる海野君の、僕に対する執着がすごい。



海野君とは、滅多に学校に来ないけれどカースト上位のSSRキャラである。
登校しても三年の悪い噂のある先輩やらギャルの先輩やらとつるんでいたり、朝からいると思ったら二時間目が始まる頃には勝手に帰ったり、教室にいてもずっと寝ていたり。見た目もちょっと厳つくて怖いけれど、一部の女子はそこが素敵と色めきだっている。クラスメイトだけど僕は話したことはない、っていうか、海野君とまともに話したことのあるクラスメイトなんていないと思う。
向こうだって、このクラスどころか学校になんて一切興味ないだろうし、雰囲気が怖いけれど危害を加えることもないようなら、いてもいなくても──クラスメイトとして薄情かもしれないけど──どっちでもいい。
なんて他人事のように構えていたら、僕はクラスで定例化している席替えで後列という神席に当たったものの、隣が海野君になってしまった。彼はほぼ不登校なので、一番後ろの窓側に追いやられたような形だ。ひょえ〜っと震えたのとはじめの内で、例のごとく海野君は出席すらしてこないので実質隣は毎日空席で快適だった。
──が、海野君はある日突然やって来た。
そりゃそうだ。来るよ。学校だもの。在校生だもの。
室内に海野君が足を踏み入れると一瞬空気がヒヤリとかたまり、刺激しないようにぎこちなく日常を演出していく。僕も意味もなく椅子をひいて座り直したりしていると、そんな空気はお構い無しの海野君は室内をぐるりと見渡したかと思うと眉間にシワを寄せた。

(はっ、そうだ)

海野君は席替えがあったのも知らないし、新しい席も当然知らない。まだ登校してなかったり着席してなかったりでところどころ空いてる席では目星もつけれない。どことなく前回と違うであろう教室の違和感に首をかしげ視線をさ迷わせているところに、視線がパチリとかち合ってしまった。

「あ。席。ここ、です」

と、ぎこちない笑顔とポンコツな言葉で隣の席を指さす僕を無言で見てきて(睨まれたのかもしれない)、ガッと乱暴に椅子を引いてドカリと座った。その勢いに張り付いた変な笑みを浮かべたままビビビと肩が震える。ちょっとビビって同級生相手に敬語を使ってしまったのもダサくてはずい。

「よ、よろしく〜」

とりあえずの挨拶は、一瞥されただけで終わってしまった。
いいけどね。仲良くする気もないし、されるつもりもないし。
だけどもこの笑顔の終着点が見つからず、僕はもう片方の隣の奴に顔を向けた。憐れみと同情の相混じった何とも言えない表情を向けられていた。



そしてどういうことか、この日を機会に海野君は毎日登校するようになった。
──学期末だから、出席日数とか単位やばいんじゃね?
と誰かが言ってて納得した。そりゃ海野君だって進学したけりゃ卒業もしたいに決まっている。そりゃ来るよな。点数を稼がなきゃいけないし、三者面談だってあるし。無駄にダブってまで在学したくもないだろうし。自分にも言い聞かせるように理由を並べたけれど、実際は気が重い。・・・はぁ。



朝はホームルームぎりぎりに登校。
帰りはホームルームと同時に下校。
授業中はほぼ寝ているか、スマホを堂々と弄っているか。たまに海野君だけ特別にプリントを貰ってちまちま書き込んでいるが、すぐにペンを投げ出して寝てしまう。溜め息をつきながら回収に来る教師からは、すでに諦めムードが漂っているので、この人一体どうなるんだと実のところ僕は彼の進学についてハラハラしているのだった。


めずらしく休み時間に海野君が教室にいる時だった。授業中からぶっ続けでスマホ画面を眺めていて、耳に赤いメタリックカラーのワイヤレスイヤホンをつけているから、何かの動画を見ているようだ。海野君の前の席の人が立ち上がったタイミングで、海野君の顔も上がる。そうそう、そうだよ。授業はとっくに終わってるよとようやく気付いた事に一人安堵し、僕も次の授業の準備を隣でこそこそし始めた。イヤホンを外し、丸めていた背中を両腕と一緒にウーンと伸ばす海野君。スマホは画面を上にして机に置きっぱなしだ。僕はちょっとした出来心で明々としている──静止していないままの動画をチラリと横目に見てしまい、釘付けになった。

「海野君ってめがねっこ好きなの!?」

ピタリと動きを止めた海野君が、ゆっくり顔だけこっちに向けた気がした。

「・・・あ?」
その時彼がどんな顔をしていたかなんて僕は知らない。なにせ僕の目に映るのは、彼のスマホで再生されたままの、最近地上波に出てきたボケもツッコミも眼鏡の漫才師・めがねっこ。僕は彼らのファンであり、SNSは勿論、動画は視聴者登録しているし、ラジオの熱心なリスナーでもある。中学生の頃は貯めたお年玉とお小遣いで初めて劇場にも足を運んだものだ。
海野君の見ていた動画は彼らがまだデビューしたての頃にテレビのワンコーナーでガチガチに緊張しながら漫才を披露していたやつで、こんな昔の動画を真剣に見るなんて海野君、なかなかにマニアックじゃないか。
僕は突然の同士の誕生にテンションぶち上がりである。相手が誰であろうとも、めがねっこが好きな人に悪い人はいないと思っている。

「今年の漫才コンテスト三回戦敗退してマジ悔しいんだけど、配信でネタみた?滑りすぎて逆に笑えたんだけど、めがねっこってなんでたまにめっちゃつまんないんだろうね?あれなんなんだろね?あ、ごめん!別にお笑いオタクではないんだけど同士を見つけたの初めてだから興奮して早口になってしまった!でもめがねっこ知ってる人はいても好きな人はいないから、うれし〜!」

とまで捲り立てて、はたと気付いた。
海野君、別にめがねっこが好きとは言ってないな。
単なるマルチなお笑い好きなだけかも知れないし、逆にこいつら面白くないなって思ってたかもしれない。
冷静になって急にトーンダウンした僕に、海野君はついに口を開いた。

「おもろ」
そして肩を震わせてクツクツ笑っていた。

「お前、普通にオタクじゃん」
「ウ、ウケたなら良かった、です」
「ははっ。ちなみに俺はめがねっこじゃなくて、米俵が好き」
「シュール下ネタだ!」

意外な事実に乙女よろしく両手で口許を隠すようなリアクションをとると、今度は腹から声を出したように海野君に笑われた。米俵とめがねっこはほぼ同期なので、米俵の関連動画にめがねっこが出てきただけらしい。なんだ、ちぇっと思ったが、米俵とめがねっこは仲が良いので互いの動画チャンネルによく出ているし、めがねっこのラジオにもゲストに出ては場を散らかして帰っている。と言う訳で、実質海野君は僕の同士となったのだった。



* * *



「なんか食べてる」
「三年の人に貰った」

昼休みの終わり頃。僕の指摘に、頬を膨らませて教室に戻ってきた海野君が、持っていたビスケットの箱を見せて、中から一袋渡してくれた。
それを聞いてすぐに思い浮かべたのは三年のギャル先輩だ。しょっちゅう「今日海野いる〜?」って教室にくるし、いないと言えば「そっか〜」としょんぼりしながら帰っていき、海野君がいる時はウェイウェイ絡んでは餌付けのごとくお菓子を与えているのをよく見かけるからだ。
海野君は貰えるなら貰うし、食べれるものなら何でも食べてるから、多分ギャル先輩の気持ちに全く気づいていない罪な男だ。

「これさ〜、値上がりしちゃったし使ってる材料変わったのか食感変わったよね。庶民の味方だったのにお高いお菓子になっちゃったよ」
「わかる。ザクザクがサクサクになった。あとなんかサイズ小さい」
「サイズは変わってなくない?」
「は?変わったろ」
「え?それって海野君がでかくなっただけじゃない?」

手が大きい──と言うか同級生よりも際立って体格がいい海野君がビスケットを持つと、何でもミニチュアサイズ感だ。ほら、と僕の掌に置いて見せると、確かに然るべきサイズである。ほお、と海野君が頷いた。

「お前が持つと違和感ないな」
「おぉ。怒っていいよな、海野君だろうと怒っていいんだよな?」
「じゃあもうコレやんない」
「ぐっ、貰い物のくせして」

震える拳を静かに納める僕を見て、海野君はケラケラと笑った。

あのお笑いの件以来、こんなことを言い合える仲になってしまった。
何かの弾みで連絡先の交換もしたし、一緒に帰って海野君のテリトリーを連れ回してもらったり(危なそうなとこは断固拒否した)、学力がついてきてない海野君のテスト勉強を見たり(僕も勉強は得意じゃないけど)、ご飯を食べて帰ったり(気兼ねしないファストフードとかラーメンとか)、学生らしく、普通の友達と胸を張っていれるくらいにはなれたと思う。海野君が誘ったり話したりするのは僕だけだけど、クラスでの海野君の評価も少しはマシになったことだろう。いつも丸まっていた海野君の前の席の人の背中が、ピンと張るようになったのが良い証拠だ。このままクラス替えまでに、皆と話せるようになればいいのになぁ。

なんて思っていたと言うのに。


「山崎が好きなんだけど」

新商品のハンバーガーについて、あーでもないこーでもないと言い合って下校していた最中に、突然、海野君が僕に言ったのだ。

──自分と普通に話してくれるところ。
──笑いのツボが合うところ。
──好きな食べ物が合うところ。

以上三つが、海野君が僕を好きなところらしい。
その明確な理由も、僕が海野君に気持ちを告げられた際に、咄嗟に「どこが好きなのか教えてよ」と吐いた言葉に対する返事だ。それを聞かされるのに大分時間が掛かった。少し驚いて、顔をしかめながら唸りつつ、指を折りながら何とか上げた理由だ。

「どこがどうとか、そういうのは、言葉にするもんじゃねえだろ」

言ったものの、恥ずかしさを隠すように襟足を雑に掻きながら視線を落として小言も付け足した。スニーカーが土を蹴る。

「・・・でもそれって、僕である必要ないじゃん。海野君と普通に話せて、好きなものが同じで、って人はたくさんいると思うけど」

例えば、あのギャル先輩とか。
僕よりはるかに海野君に懐いていて、餌付けも出来ていて、好きなものも把握しているし距離も近い。

「今、たまたま海野君の近くに僕がいて、たまたま趣味が合って、好きなテレビとかがたまたま一緒で。で、全部偶然、それが僕だっただけで、条件が合えば僕じゃなくてもいいわけだろ?」

脳裏にギャルピースする先輩が浮かんで離れない。
実は、ギャルだけど顔は綺麗だし面倒見が良さそうだから、お似合いだと密かに思っていたんだけど、海野君のベクトルはいつの間にか僕に向いていた。物珍しさかもしれないし、初めて気の合った人に出会ったのに逆上せているだけかもしれない。
僕の言い分をうんうん聞いていた海野君は、顎に手を添えて少し考える素振りをして見せた。

「確かに、山崎とは偶然が重なっただけで、もし何かが違ったら、俺は別の誰かを好きになってたかもしれない。でも、ソレって、そういうもんだろ?」
「・・・ソレって?」
「だ、だから、タイミングとか偶然とか、さっき言った好きなとこがカチッてハマる感じ?そういう巡り合わせが全部山崎と重なったってことは、そういうことじゃん・・・」
「そういうこと?」

それってどういうこと?
僕の勘が悪いのか頭が悪いのか、海野君の言うことをことごとく理解できないでいると、大きめな舌打ちをつかれてしまった。けれどその後にゴニョゴニョ言いつつも、赤い顔をして、ポソリと言った。

「う、運命ってやつ・・・」



──運・命!!!
ジャジャジャジャーンとベートーベンの有名な曲が爆音で僕の脳内に鳴り響いた。

「う、うん、めい・・・!」
「運命だろ。これは」
「な、なるほど。運命かぁ・・・」

大きな出だしの後の、静かに早いメロディーがBGMとして流れまくっている。そのテンポにつられて海野君の言わんとすることをゆっくり考える暇もない。

「海野君、意外とロマンチストなのね」
「悪いか」

悪いかと問われれば、悪くない。

「正直運命ってワードにキュンもきたし、それを使う海野君にもキュンときた」
「そうかよ」
「じゃあ席替えで隣になったのも運命?」
「まあ、そうだな」

そうなのか。運命なのか。

「じゃあ、俺と海野君、赤い糸で結ばれてるってことだ?」

立てた小指を顔の高さまで持ち上げると、海野君の太い小指がすぐにガシリと引っかけ絡めてきた。赤い顔に似合うほどに、海野君の手が熱い。

「そうだよ!」

そしてやけくそのようにワッと言うものだから、その声の大きさに道行く人達が振り返る。しかし端から見たら高校生が指切りげんまんでもしているようで、異様だろうが特別変に見られることはない。

「じゃあ海野君の言う通り、運命に従ってみようかな」

神様じゃなくて、海野君が言う運命に。
それってなんだか面白そうだし、小指一本に僕を放すまいとすごい力を込めているところはなんだか可愛い。鬱血しそうだけど。

「マ、マジか」
「マジだけど、海野君頑張って進級してね」
「頑張る」

こくこくと頷く海野君に疑心になりつつも、僕はそのまま指切りげんまんに持ち込んで、一緒に進級を約束させた。

翌日から、僕はギャル先輩が引いてしまう程の海野君の本気をみることになる。



おわり



ピュアピュアヤンキー。

小話 189:2023/12/12

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