188



「え。無理」

と言われて玉砕した俺の恋心よ、可哀想過ぎないか?


一刀両断。即決即断。快刀乱麻。
木野君は俺の告白を、コンマ一秒で即お断りした。あまりにもスピード決算されてしまったので、お互いに「え?もう終わり?」「終わりましたけど?」みたいな空気が流れて沈黙が生じたが、俺が茫然自失としているのを見たせいか、自分の発言か態度を改めたのか、木野君は慌てた様子で早口に弁解をし始めた。

「無理って、彩峰君が無理なんじゃなくて、いや、付き合うのとかそういうのは当然無理なんだけど、彩峰君がじゃなくて、僕が誰かと付き合うってのが無理って話で・・・、あ、そうだよ!僕、誰とも付き合わないんだよ!」

さも俺をフォローしたような、非は俺ではなく自分に有るのだから安心してねみたいな言い方をされたけど、結局は付き合ってくれないのだから、理由がどうあれ失恋は失恋だ。悲しい。空しい。寂しい。冷えきった風が体の中に入り込むみたいに、ドキドキで高ぶっていた熱が一気にひいて、かえって冷静になれてきた。

「つまり、木野君は誰に好かれても付き合わないってこと?」
「そう!そうそうそれそれ!」
「それはどうして?」
「どっ・・・」
「告られてキモいとか思った?」
「えっ、いやっ、そんなことはっ」

ギクリと木野君の表情が強張ったのと、詰まった言葉が全てを物語っている。
そりゃそうだ。話したことのないクラスメイトの男が身の覚えのない片想いをされていた挙げ句に告って来たのだから、思うところはあるだろう。それは俺も告る前に考えたよ。考えたけど、告白せずにはいられないほど、勝手な片想いは焦れに焦れていたのだ。その気のないとは言え付き合ってた女の子に振られても傷ついたことはなかなったのに、今、ちょっと泣きそうよ。

「木野君、俺のことどう思ってる?」
「位の高い人」

なんだそれ、とは思ったが、言わんとすることはまぁ解る。高校生の多感な時期は、人をランク付けしてピラミッドに上から配置したがるものだ。いわゆる陽キャ、陰キャ、人気者、影の者、上に近ければ近いほどいいみたいな風潮がある。クソくだらないけれど、それは俺が(自画自賛するようだけど)最上位の人間だからそう思うだけかもしれない。
対して木野君は高くもなく低くもなく、中くらいの位置の人だと思う。普段から上位の俺とは接点がないけれど、だからと言って下位に埋もれるような没個性のその他大勢と言うわけでもない。それは俺が特別視してるからそう見えるだけかもしれないが、木野君は中でも他とは違うと思っている。人とは群れないが、たまに誰かと話している姿を見ると、楽しそうに笑っている。けれど、「もう話さないよ」ってどこか一線をひいて、深くは付き合わないような、ミステリアスな部分があるのだ。俺はそれが気になって、目で追う内に、本当は木野君、たくさんしゃべったり、顔くしゃくしゃにして笑う人じゃないかとか考察するようになって、ついには、もし自分が話し掛けたらどうなるのだろうとか俺を絡めて考えるようになってしまった。
話し掛けたり、一緒に放課後遊びに行ったり、休日に出掛けたりしたらどうなるんだろうと考えた。そしてもし彼女が出来たらどうするんだろうと想像した辺りで、はたと気付いてしまった。

(え、めっちゃ嫌)
(え、嫌?嫌ってことは)

俺、木野君のことめっちゃ好きになってんじゃん。

気付いてしまったら早かった。彼女が出来たら困るので、次の日(つまり、ついさっき)告白することにしたのだ。善は急げとも言うし、言うのはタダだ。正直、今まで想像上の木野君としか話したこがない。でもその想像上で顔がモザイクがかった女の子が隣に立つのを思い浮かべただけで無理だった。
ううん。我ながらとてもクレイジー。

「・・・ごめん。キモかったよな、突然」
我に返ると自分自身がとても気持ち悪くなって恥ずかしくなってしまった。そりゃあ木野君も無理って即答するはずだ。
俺が床ばかり見つめて自嘲気味に笑ってしまうと、木野君はまたも慌てて「違う違う」と声を張り上げた。

「彩峰君はキモくないよっ、カッコいいよ自信持って!」
「じゃあ・・・」

じゃあ、なんで──とはさすがに諦めが悪く、我ながらウザいと悟ってしまったので、言いきれなかった。ただそこまで言ってしまうと当然俺の言わんとすることは木野君だって察してるだろう。
縋るような顔を作って見上げれば、木野君はなんだかとても複雑そうな顔をしていた。

「あの〜、彩峰君はとても僕を誤解していて」
「誤解?」
「僕は物凄く猫を被っている。本当の僕を彩峰君は知らないから、好きだとか何とか言えるんだ」
「じゃあ見せてよ」
とても渋りながら話す木野君に、今度は俺がすかさず返した。

「・・・何を・・・」
「本当の木野君を」
「ダメダメダメ!無理無理無理!」

罰印を作った両手を突き出されるが、俺はと言えば、木野君ってこんなに大声だして捲し立てることが出来るんだなぁと感心している。
俺がひかないのを態度で知ると、今度はしおしおとしょげていく木野君には本当に気の毒だが、俺だってもうひくにひけないのだ。動き出した恋は止められないってこのことだろう。

「僕は・・・ダメなんだって。本当に。こんな奴が人に好かれるわけないし、万が一、いや億が一、本当の僕を好きになってくれる人が現れたら、そいつは俺以上にやべーやつだから好きになれるわけがない!」

木野君は興奮からか、一人称が俺になっているし、俺が知っているより雑な話し方だ。
っていうか、木野君がダメってなんなんだ。
勉強も運動も、そこそこ出来る。成績は多分、中の上だ。素行は悪くない。教師からも目にかけられてることはない。

「木野君がダメって、それは何と比べて?何がダメなの?」

話の全容が全く見えてこないので、俺も木野君からひきようがない。ワンチャンあるならつけ入れたいと言う下心もある。本命から振られたことがない手前、引き際が解らなくてバカになってるのかもしれない。

「お、俺は・・・」
「うん」
「過去に大罪を犯して・・・」
「ほお?」
「昔、俺はある人をいじめてて・・・」

真剣に大罪と言うワードを使うもんでちょっと笑いそうになったけど、続いた台詞は意外で気分の良いものではなかった。口をつぐんで、続けて、と視線で促すと、木野君は自白する犯人のように肩を落としてポツリポツリと話し出した。

「・・・幼稚園児の時、同じクラスの女の子、今でもはっきり覚えてる。いつも髪の毛をふたつに結んでいて、大人しくて、絵本を読むのが大好きだった子がいて・・・」
「ようちえん?」
「好き、だったんだよ。俺は。だから俺を見て欲しくて絵本を奪ったり、強い俺を見せたくて強い言葉を吐いたり、とってきた虫を見せたりもして・・・」
「う、うん」
「そしたら、その子に泣きながら言われたんだ。嫌いだって。そんなことしてたら、誰からも好かれないよって」

最後にクッ、と苦渋の表情を浮かべてうつ向いてしまった木野君は、それきり何も発さなくなってしまった。
え、終わり?
下を向く木野君のつむじを見つめて、天上を意味もなく眺めて、もう一度木野君を見た。まだうつ向いている。

「ちょっと待って。今のって幼稚園児の時に好きな子をいじめてたって話?」
「そうだよ!幼稚園児からだぞ!やばくないか!?そんな小さい時から俺は人をいじめるような・・・はあっ!もちろん謝ったし、後悔したし、反省もしたし、母さんからも姉さんからもめっちゃ怒られたよ・・・父さんは俺の気持ちがわかるぞって言ってくれたけど・・・血は争えないってやつだな。父さんのDNAを濃く受け継いだって訳だ」
「いやぁ・・・」

確かにいじめはよくない。本当によくない。
けれど、幼稚園児がやるその行動は、ある意味別問題、免罪符になるんじゃないだろうか。

「俺が分析するに、木野君って普通ってかめっちゃピュアじゃん?小さい子が好きな子いじめるのなんて普通だし、それを反面教師に今の今まで過ごしてきたってめちゃくちゃ純粋だと思うんですけど」

恐る恐る顔を上げた木野君は、信じられないと言うような怯える目付きで俺を見てきた。今まで悩んできた本人には悪いけれど、そのお陰でピュアピュアのサラサラの木野君、実はめちゃくちゃ面白い人なのでは。

「普通・・・?俺のこと、普通だって言うのか?」
「そうだよ。だから──」
「さてはお前、俺よりヤバイ奴だな・・・?」

だから、木野君は誰かと付き合っても支障ないんだよ。例えば俺とか。と言いかける俺を遮って、木野君の俺を見る目が細まった。心なしか冷たい気もする。

「俺にここまで話させて、確かに俺を苦しめてるな、お前」
「え、うっそ、ヤバイ奴認定されちゃってるじゃん」

元の木阿弥とはこのことだ。
確かにイマジナリー木野君に恋をして告白するまでの俺だからヤバイ奴かもしれないけども、この話を聞いたって一歩も退く気は無いのだからもはやこれは純愛だ。せっかく本性と本音をさらけ出して俺に心を開いてくれたと思ったのに。ここは理解し寄り添うべきだったと、初手を間違えたことを悔いてしまう。これは木野君の根本的なところを優しく掘り返し、言い聞かせて、正していかねばならないのだろう。もちろん俺が。

「はあ。俺は君にそこまでのトラウマを植え付けたその子に嫉妬しちゃうよ」
「え、幼女趣味・・・?」
「違うからね」

まずは信頼回復からだ。



おわり



カエル(木野君)の王子様(予定の彩峰君)の話。井の中の木野君。

小話 188:2023/12/07

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