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ここまでの話。

思い詰めた様子の同僚──紫波を気遣って、彼の家で気兼ねなく二人きりの飲み会を開催したら「もう、帰さない。監禁するから、一生ここにいて」と言われてそのまま堺は監禁されることとなってしまった。

終わり。



* * *



(無いわぁ・・・)

することもなく堺が寝転がった分厚いカーペットの上は、低反発のムニムニ感がとても気持ちがいい。頬を当てながら、その心地よさと紫波の奇怪な行動のチグハグさ加減に理解が追い付かず、どこか他人事のようにただただ時間を潰していた。

「・・・あれ。全部初期設定だし、何も登録してないな。あいつともラインもSNSも繋がってないし、画像もなにもない」

その紫波と言えば、堺の上着から抜き取ったスマホのパスワードをなぜか難なく解除して、中身を見ながらぶつぶつ呟くばかりである。いい加減げんなりしてくるし、自分を放置してスマホばかり弄っているので堺は暇にもなってきた。アルコールが入っていたのもあって、欠伸までしてしまう始末だ。緊張感や恐怖感なんてものはまるでない。
ほぼ同じ給料なのに、高層マンション住まいに高級そうな家具、シンプルだけどキラリと光る家電。ぐるりと見渡しただけでもいい暮らしっぷりが窺える。手足の拘束はないにしろ、玄関ドアの内施錠は指紋認証で、曰く「いつか堺がうちに来たら、もう帰さないように後付けした」らしい。
いつかの為の用意が周到過ぎる。しかしこれでもう、堺はこの家から出ることが出来なくなってしまった。

「だから〜、婚活アプリも先輩に話合わせる為だけにダウンロードしただけで顔も名前も登録してないんだってば」
「経理の人は?」
「・・・経理?あ、サイトウさんのこと?仕事の話しかした事ないよ」
「その割には、笑って話してたよね」
「そりゃ日常会話くらいしたかも──うわ、怖い顔」

玄関のドアノブを掴む手を上から握られ、そのまま共にリビングにユーターンさせられた時はその手の力強さと見えない表情にゾッとしたものだ。いつもなら社内の老若女を虜にする紫波の流し目が、今日は凍えそうなほど冷たい。

しかし堺は知っている。
紫波の行動にも、表情にも、理由があることを。

「・・・っていうか、なんで先輩と婚活の話したりサイトウさんと笑ってたこと知ってんの?てかなんで俺のパス解除出来んの?」
「・・・」
「シカトかぁい」

さっきまで楽しく酒を飲んで、日々の愚痴を言い合っていたのに。ここ最近目の下の隈や独り言が日に日に激しくなる紫波を変に思って──徐々に変貌していく様はみていられなくて、ちょっと声をかけたら「二人で話そう」と言われたのが、腹を割って話せる仲なのだと言われているようで「そうしよう!」と嬉々として話に乗ったのに。
親切を裏切られて、正直腹は立つ。

「はーあっ」

堺が怒気を強めに含んだ溜め息を大きく吐き出すと、紫波の身体がビビッと震えた。背を丸めたままそろりと堺へ振り向き、情けない顔をして静かにそっとスマホを堺の前に置き返す。
そうやってしおしおとされればどちらが加害者か解らなくなるではないか。

「女の影がないのは本当みたいだね。良かった」
「うるせ」

堺が紫波について知っていること。それはリビングに戻って立ち尽くす堺に泣きそうな顔で笑いながら、紫波自身が吐露したのだ。堺の事を入社前の研修時で見かけて以来ずっと、ずっとずっと、ずうっと、好きだったと。
驚きはしたものの、そう言えば入社から数年、社内外からモテる癖に彼女がいたことはない。堺とは違い、入社してから出会いのチャンスなんて多々あったはずなのに、浮いた話のひとつもなかったのだから随分と一途なものだ。てっきり、堺は恋愛とは無縁な自分と同種、もしくは理想が高過ぎる故相手がいないものだと思っていたのに。

(まさか、あの紫波が、俺に、ねぇ)

恋愛とは縁の無い自分にずっと片思いしていた相手が存在していたことに、しかもその相手が社内の人間なら一度はその見目に視線を奪われる程の容姿持ちで、同期の中じゃ一番の将来有望株の紫波だ。同性だろうと今の状況がどうであろうと、正直それを聞かされた時からじわじわと照れくささが沸いてくる。

「監禁ってことは、なんだ、これから俺に手錠つけたり鎖で繋いだりすんの?」

この家に閉じ込めたのなら、あとは自由にしていいようだ。監禁されているものの、手足の拘束はされていない。強く言えば、一歩引く。強引な癖に紫波の行動には堺に嫌われたくない感が漂っている。

「あんまり堺のこと傷付けたりしたくないから、それはまた今度ね」
「するんかーい」
「あ、嫌ならしない、けど・・・」

その押しの弱さに突っ込むのも馬鹿らしくなる。
端から言ってくれればよかったのに。こんな馬鹿な真似しないで、有りもしない相手に嫉妬もしないで、目の下に隈を作るくらい悩んで、犯罪まがいなことをするなんて紫波らしくない。
恋は人をダメにするとはよく聞くが、ダメになり過ぎじゃないだろうか。

「・・・で、なんだい。拘束もしないし俺の身の潔白が証明されたから、家に帰してくれるのかい」

涅槃像よろしく、右手で頭を支え横たわったまま自由なもう片方の左手を見せつけるようにぷらぷら振りながら言えば、スッと紫波の眼から光が消えたような気がしたが、すぐに宙を浮いたままの左手を熱くぎゅううっと握られた。

「ううん。心配だし、会社はもう辞めようね。一筆書いてくれたら後は俺が話つけてきてあげるし、堺が辞めるからもう話すけど、俺、春からの昇進が決まってるんだ」
「何だと!?」
思わず堺が身を起こす。その言いぶりでは社内秘かつ、確約されてる話のようだ。
「漸く、担当した全てのプロジェクトを成功させてきた実績が実を結んだよ。まあ会社の為じゃなくて、堺を養う為に頑張ったんだけど」
「はぁん?」

変な声が出た。
堺は紫波とタッグを組んで仕事をしてきたこともあるが、それもこの為だったのか。自身の業績の為でもあるが、少なくとも堺は会社に貢献、同期の紫波と爪痕を残したいと言う意欲もあったと言うのに。文字通り天を仰いでしまう。

「えー。お前、えぇ・・・?」
「だから、もし堺が俺から離れるようなことがあれば、精神プッツンいっちゃってたかも。そうなったら、昇進は確実に取り消しになるし、むしろ出世コース自体から外れちゃう、いいや、退職だってやむ無しだよね。堺のせいで」
「な、なんて理不尽な脅し文句なんだ」

握られたままの左手に籠った熱を感じて、サッと手を引いた。
つまるところ、紫波は俺が好きだから閉じ込めたいってことだな。なるほど病んでる。もう既に精神いっちゃってるな。なるほどなあ。
・・・と、考えて、堺は思い出したように顔を上げた。

「でも俺帰るわ」
「ダ、ダメだよっ!」

紫波が驚愕と困惑の混じったような顔をして堺の肩を揺さぶった。ガックンガックン揺れる堺の心配より、発言の内容が信じられないと動揺している。

「何いってんの?僕の話聞いてた?ダメだよそんなこと、はあ?許すわけないじゃん。そうやって僕のもとから離れるつもりでしょ、ダメだよ絶対、もう離さないから」
「いや、だって、冷蔵庫に卵が、牛乳も。不動産屋に挨拶とか、どうすりゃ・・・。ちょ、ちょっと、揺するの止めてぇ」

紫波の腕をタップしてギブアップを求めると、意外にもその要望はすんなり通った。と言うよりも、堺の言葉に呆気にとられているだけのようで、紫波にしては間抜けにきょとんとしている。
しかし堺は首も痛けりゃ目も回っている。好きだなんだと言う割りに、先程から放置もされるし扱いが雑な気がする。

「・・・え?」
「だから、おぇ。紫波のとこにいるなら、俺んちの退去手続きとか掃除とかしなくちゃじゃん。冷蔵庫に肉も野菜もあるから処分したいし、普通に今使ってる服とか本とか充電器とかも手元に欲しいし、飾ってるフィギュアも持ってきたい・・・あ、じゃあ引っ越し準備手伝ってよ。冷蔵庫の中身空にするのも兼ねて、紫波が俺んちに一緒に来てくれれば外出オーケーってことになる?」

指折り数えて自宅に残っているものをピックアップしていく堺は、さも明暗だと言うように指を鳴らして紫波を指した。指された紫波は、ただ呆然と堺の指先を見つめるだけだ。

「・・・えっと、堺の家、行っていいの?」
「そりゃあ。んで、冷蔵庫の中身片付けるってことで鍋でもするかぁ」
「てっ、手料理ってこと!?」
「鍋が手料理にはいるか解らんけど。っつっても不動産に連絡して掃除して荷物持ち出して、一日じゃ終わらんよなあ」
「じゃ、じゃあ、週末の三連休、堺の家に泊まって最後の日に必要な家財運ぼう、僕んちに」
「うん。じゃあそれで」

今度は堺が勝手に紫波の手を掬って固く握手を交わした。紫波とは違い離すのは早かったけれど、それでも紫波は嬉しそうに自分の手の平を握って胸に当てている。

「やった!堺の家に行くのはもう諦めてたから・・・。し、しかも泊まっていいなんて」

じーんと感慨深く震えている紫波に大袈裟過ぎないかと呆れつつ、堺は追加でもうひとつ、思い出した。

「でも俺、前に一回誘ったよな?近くで打ち上げやって、終電やばそうだからうち来る?って。でもお前・・・」
「そうだよ。あの時はアルコールも入ってたし、ギリギリの理性でタクシー拾って帰ったんだよ。何しでかすか解ったもんじゃないからね」
「あの頃は偉かったんだなあ、お前」

しみじみ言う堺にじとっと横目を向ける紫波だが、それは重々承知らしく反抗はしてこなかった。否、本当は帰路についてからとても後悔したし、今後その逆のことがあれば堺を逃したくないと言う思いから指紋認証の内鍵をつけたのだが、これは堺の知らなくていい話だ。

「ま、この家立派だから住むのは悪くないけどよ、俺の事は休職扱いにしてもらってくれ。監禁上等だけど、ヒモにはなりたくないからな」
「う〜ん。堺の事、ヒモにするつもりはないんだけど」
「じゃあ、なに。俺にどうして欲しいの」
「ええっと、主夫、かな」
へらっと笑った紫波とは打って変わって、堺の表情は激しく歪んだ。
「しゅふぅ?どうみても家事も料理もお前のが優秀だろうが。先立つものはあった方がいいんだよ。紫波の気が済むまで監禁したら、俺は職場復帰するぞ」
「堺の思う監禁って何かちょっと違くない?そんな簡単に僕が堺のこと自由にさせると思ってんの?」
「そうだな。監禁ってか結婚みたいなもんか。新婚生活が一段落したら職場に出てもいいだろ?俺は寿退社なんて柄じゃないし」

けろりとして言う堺に紫波は顔を赤くして戦いた。

「け・・・っ!し・・・っ!こ・・・っ!」
「何だよ。俺に主夫して欲しいって言ったのそっちだろ」
「お、俺が言うのもなんだけど、堺はそれでいいの?流され過ぎてない?大丈夫?」

果たしてシャツの上から心臓辺りを掴んでゼェハァしている紫波の方が大丈夫なのか。
堺は腕を組みながら首を傾げて難しい顔をしているが、全てを受け入れ腹を括った男の覚悟は揺るがないらしい。

「結婚なんて自分とは無縁だと思ってたところにこんな熱烈に好かれてしまったんだから、正直悪い気はしない。しかもうちで一番のイケメンで将来有望株なんて鼻高々だし、何だかんだで紫波のこと信頼してるし、自慢の友達でもあるからな」
「・・・いや、でも、僕は堺を監禁するような人間で・・・」
「なんだ。紫波は俺が嫌だって言えば監禁やめて家に帰してくれんのか」
「か、帰さない!一生側にいて貰う!」
「なら監禁なんて言葉じゃなくて、結婚のが幸せ感あっていい。結婚にしよう」
「する。堺と結婚する」
「よっしゃ、その意気だ。じゃ、末長くよろしく」
「え、う、うん」

ニカッと笑った堺に手を差し出され、思わず直ぐに握り返す。本日三度目の握手にて、漸く双方の意思が疎通した瞬間でもある。
紫波の目尻が少し潤んだ。
嫌われるのも、拒絶されるのも、軽蔑されるのも仕方の無いことだと思っていたのにまさかのバッドエンドからの逆転ホームラン、ウルトラハッピーエンドだ。
紫波は自分の胸に手を当てる。鼓動が早い。早死にするかもしれないけれど、こんな展開を迎えたのだからまぁいいだろうと頷いて、空き部屋を探しに行く堺で後ろに慌ててついていった。

「なー。俺の使っていい部屋ってどこ?てか何でこんないいとこ住んでんの」
「あ、ここ、親のマンション」
「お前親のマンションで監禁事件起こすなよ!」



終わり

小話 187:2023/11/08

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