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先に「185:攻めの言い分の話」をどうぞ。




「好きです本当にマジです。付き合ってくださいお願いします」

人から土下座されて告白されるような人生を歩むとは、思い描いたこともなかった。
大学の名称もわからないサークルごちゃ混ぜの飲み会で、二次会に向かう為に席を立つ人々の列から最後、忘れ物や散らかしを膝をついてチェックしていたら、いつの間にか側に人が立っている事に気が付いた。長い二本の脚を辿りながら顔を上げた先にいた人物は、いつも人の輪の真ん中にいる人だ。確か先頭で皆を連れて出ていったはずだけど。忘れ物かと問おうとした瞬間に、彼は素早く正座からの土下座に切り替え、早口に好きだと告白を宣ったのだ。場所が和風居酒屋故のお座敷で良かったなと、どこか他人事のようにぼんやりと思えるくらいには現実味のない告白だった。

彼について知ってることは、明るくて、いい人そうで、ヨッシーって呼ばれてるってこと。
学部も所属サークルも、ぶっちゃけ本名も知らない。
それなのに「付き合ってみたら解るから」と懇願されて、何が解るのかと疑問もあったが断る理由も咄嗟に出なく、彼からの圧と哀愁が半端ないので「はぁ・・・」と押されるように肯定の言葉を小さく吐き出してしまった。

──付き合ってみて半年。
結果は、悪くはない。
悪くはないというか、良い。
自分と似通った人と付き合って結婚して、地味に慎ましく暮らしていくんだろうなという将来をぼんやりと思ったことがあるくらいだったので、まさか同性の男に毎日好きだ好きだ愛してると溢れんばかりの愛情を注がれ今や半同棲をしている日が来るなんて、予想だにしていなかった。
照れる。けど、それが良いとか思っている自分がいる。これはもう、芳乃が当初言った通りに、間違いなく解ってしまった。
芳乃と付き合って良かった、と。

──しかしだ。

「・・・セフレじゃん」

立ち上がるのが億劫で、駄々をこねる芳乃を先にシャワーに行かせ、一人残ったベッドの上で呟いてみた。自分の人生で使うことないだろうワードベスト5に入りそうな単語をぽつんと言葉にすると、すごく滑稽で、でもそれが一番しっくりきて笑いも出てこない。
俺に触るのも「いい?」「嫌じゃない?」「大丈夫?」といちいち伺い立ててくる芳乃は紳士的だと思う。実際、俺が嫌がることはしないし、触る手つきは優しい。求めるのは向こうの癖に、俺にイエスかノーの選択肢をいつも選ばせてくれる。
そう。俺は選ぶだけだ。
だからもう恥ずかしさや照れもかなぐり捨てて、俺もきちんと恋人として返すことにしたのだけれど。


朝から夏の青く白く輝かしい天気に背中を押され
「今日、出掛けないか」
と思いきってデートに誘ってみたら、芳乃は少し驚いていたけどすぐにスマホを弄って俺に見せてきた。
「でもさ、今日熱中症警戒アラートきてるんだよね。だからやめとこ?修太郎最近お疲れっぽいし、家でゆっくりしとこうよ」
確かに連日「猛暑」だの「酷暑」だの「不要不急の外出は避けるように」だの注意喚起されている。それに、困ったように笑って、まるで小さい子供をなだめるように提案されては、聞き分けよく頷くしかなかった。

(まあマジで暑いし・・・。うん・・・)


芳乃に誘われた映画デートの帰り道にも、夜だしひと気のないのを確認して、そっと隣を歩く芳乃の手を握ろうとしたこともある。
俺の手が触れた瞬間、芳乃は電撃ショックでも食らったかのごとくビクンと跳ねた。
「あ、ぶつかっちゃったね、ごめん。俺今めっちゃ汗かいてるから、キモくなかった?」
ぎこちなく笑って手を引っ込めた芳乃には、唖然としてしまう。
「・・・いや、全然・・・」
「そう?よかった」
自分から手を繋いでくることはあるくせに、俺からされるのは嫌なんだ。ってか映画館で俺の手に自分の手を重ねてちょっと握ってきたくせに。

(・・・わけわからん)


芳乃の行動はよくわからないけど、俺にだって意地も絆された結果の愛情も、ある。
部屋でテレビを見ている芳乃の横顔からクッキリとわかる輪郭と胸鎖乳突筋にムラッときて、四つん這いに近付いて頬に唇を寄せた時だ。俺の気配に気付いたのか、振り向いた芳乃の唇とちょうど触れそうになった瞬間、二人の間に入ったのは芳乃の大きな手で、寸でのところで俺の額を抑えて制止する。
「びっ・・・くりした〜、え、顔赤いけど修太郎もしかして熱ある?──あ、熱!めっちゃ顔熱いじゃん!」
「・・・」
ベタベタと俺の顔を触りまくって一人慌てて体温計を持ってきたり冷却シートを額に貼ったりと慌ただしく動きまくっている芳乃に俺は、全てのやる気が空回りに終わってしまって下唇を噛んだ。
こいつ、解っててやってんのか
「あれ、震えてる?寒い?やっぱ風邪かな?」
俺の背中をさすった後に、俺を寝かせるべく寝室を整えに行った芳乃の背中を強く睨んだ。

(このやろお・・・!)


こうなったら最終手段だ。
風呂上がりのティーシャツとボクサーパンツだけの格好で、ちょうどシンクでの洗い物が終わった芳乃の背中に抱き付いた。そのまま両手を腹に回して密着してみると、体を岩のように固くしたのも一瞬で、すぐに勢いよく振り向くと俺の両肩をつかんで引っ剥がされる。目が泳ぎまくってる。確信した。こいつ、俺の意図をちゃんと理解してるんだって。
「・・・えーっと。修太郎、もしかして眠い?今日はもう寝よっか。日中暑いと体力奪われちゃうもんね」
「・・・っ」
ひく、と俺の顔が引き攣った。それに気付かないふりをする芳乃は強引に俺の手首を掴んでさっさとベッドに連れていく。
「俺も今日は風呂入ってさっさと寝ちゃお。先におやすみ〜」
一緒に横になってくれないくせに、俺を寝かせた後にさらりと前髪をすいて額に触れる優しい手つきに悔しいかなキュンとしてしまう。扉を閉める前にもう一回「おやすみ」と言った後、バスルームから水音は聞こえるものの、その後しばらく──俺が起きてる間に芳乃は戻ってこなかった。


「ごめん、今日、していーい?」
その夜のお誘いは、翌日の事だった。
昨日躱しといて、今日はするってなんなんだ。触りたくないのかと思ったのに、翌日には自分から触りに来るのか。もう芳乃が解らないけれど、それでも俺はもう、すっかり芳乃にグズグズにされているから、せめてもの抵抗として不承不承を装いながら小さく頷いてみせた。

事後の冷静になりつつある合間に、にふつふつと考えてしまう。
こっちの要求には気付かないふりをされて、触りたい時だけ触られて、それって結局向こうの都合に振り回されてるだけじゃんか。
付き合ってみて、おれは芳乃の良さを知ってしまったけど、芳乃にしてみたら良くなかったから都合よく手元に置いておこう的なやつかな。芳乃、優しいし自分から告った手前、解れたいって言いづらいのかな。

(明日、起きたら、別れたいって俺から言おう)

色んな水分でベショベショになったシーツに顔を埋めた。普段ならすぐにでも洗濯機につっこみたいのに、今なら泣いたって解りはしないから好都合だ。

(あーあ)

愛される心地好さを、返したかっただけなのになあ。



おわり



攻めの言い分はコチラ

小話 186:2023/08/13

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