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好かれているとは一ミリも思っていなかった。

でも。

「別れたい」

目を合わせず、うつ向いたままの修太郎が突然そんなことを言ったので、俺はその言葉の意味を理解するのまでに思考も行動も停止してしまった。せっかくうまく作れたのに、朝食のトーストに乗せた半熟の目玉焼きがゆっくりと皿の上に落ちていく。ベチャ、なんて嫌な音を立てるのを意識の隅っこで聞いたけど、そんなことはどうでも良くて。

(わか、れた、い)

スーーッと血の気が引いていく。
あれ、昨日も許しを得てシたけど、もしかして良くなかったとか?てか、嫌だったのかも。本当は触られたくすらなかったかな。
昨夜のイチャつき、俺は良かったけど・・・。
俺の片思いからのゴネ勝ちで付き合ったから、向こうから好かれているとは思っていなかった。そのうち俺と同じだけとは言わないが、少しでも好きになってくれたらいいな〜と長期戦覚悟のつもりでいたのに。
デートに誘うのも、手を握るのも、キスをするのも、その先も。いつも俺からアプローチして仕掛けていた。それでも何だかんだで受け入れて貰えてたから、ちゃんと恋人同士になれてるんだって思ってた。後悔されないように、嫌われないように、花に水をやるように、愛情を注げば報われると思ってた。
便利だから必要だからと名目付けては色んなものを俺の部屋に置きだして、今じゃほぼ同棲に持ち込んだ今の関係は、仲良く出来ていると思っていたのに修太郎にとって窮屈だったのだろうか。

(いつから・・・いや、はじめから全部嫌だったのかも)

付き合えて半年、束縛が激しかったかも。愛が重かったかも。表現も鬱陶しかったかも。そもそも二人の相性が悪かったのかも。
・・・俺は良かったと思ってるけど。
一瞬で空っぽになった頭の中に、いろんなマイナス案件がグルグル回る。悲しいかな恥ずかしいかな、自分の欠点を探せば探すほど沢山出てくる。

「・・・ってか、芳乃だってそう思ってんじゃん」

何も言葉を発さない俺に痺れを切らした修太郎が、スンッと鼻を鳴らしながら放った言葉に衝撃が走る。
修太郎、泣いてる?
俺、別れたいとか思ってた?
どちらも青天の霹靂だ。
修太郎はいつも好き好き言ってる俺をウザがって、でもしょうがないなって感じで笑って受け入れてくれて、てかぶっちゃけ俺の事好きなのか謎だったから別れ話──それも修太郎から切り出したのに、泣くなんて考えられない。そもそもなんで俺が別れたいと思ってるとかいう考えに行き着いたのか。俺が修太郎を拒絶したり否定したりなんてあるわけないし、したこともないのに。

静けさのなか、また修太郎の鼻を啜る音がしてハッとした。
呆けてる場合ではない。固まった身体に鞭をうち、恐る恐る、向かいに座る修太郎の頬に両手を伸ばして顔を上げさせる。思いの外、歯向かうことなく顔を上げてくれた事、泣くまいとしている強気な目が俺を睨んでいる事、手を払われない事にホッとした。

「俺、修太郎と別れたいとか思った事、一度もないけど」

目を見ながらはっきりと告げれば、眉間に寄っていた皺がさらに深くなり怪訝そうな顔をされてしまった。修太郎、こんな顔するんだって新たな発見だ。両手に挟んだままの修太郎の顔をまじまじと見つめてしまうと、ようやく現状に気付いた修太郎が顔を振って離れてしまった。俺も俺で腰を浮かしたままの体勢であったことを思いだし、静かに椅子に座り直す。朝食を食べなおす気にはまだなれない。

「嘘だ」
「修太郎には嘘つかないよ」
「だって!お前、俺が──っ」

そこまで言った修太郎が、口をパクパクした後に顔を赤くしてまたうつ向いてしまった。
え、なんだ、この反応は。
俺が一体修太郎に何をしてしまったのかと震えてしまうが、ここは努めて冷静に、優しく利き手に回るのがベストなはずだ。

「どうして俺が修太郎と別れたいと思ってるって思ったの。むしろ俺、結構露骨に好き好き言ってんだけどな」
「言ってくれるね。言ってる、けどさあ」

段々と小さくなる声に比例して、心なしか怒り混じりのようなハッキリとした声にもなっていく。思わず背筋をピンと伸ばして、両手を膝の上に置いてしまう。

「その割に、俺からなんかしても、スルーじゃん」

修太郎から、なんか──?
俺の頭には疑問符しか浮かばない。

「修太郎から、なんか、した?」
「お前っ!」
「え、ごめん!?」

間髪いれずに胸ぐらを掴まれて頭がガクンと揺れる。修太郎から色んな意味で手を出されるのは初めてだ。

「一緒に出掛けようって言ってんのに俺が疲れてるだろうからとか暑いから危ないとか言って出掛けてくんねぇし、手ぇ繋ごうとしたらゴメンとか言って離れるし、キ、キスしようとしたら、俺が熱あるんじゃないかって、突き放したし・・・」
「ひえ・・・っ!」

次第にゴニョゴニョと曖昧に話す修太郎が手を離して、静かに着席すると、俺は震えた。
ある。あるぞ。身に覚えがとてもある。

「こないだだって、俺が・・・」
「はい」
「・・・夜・・・あの・・・」

夜、と言うワードに背中に電気が走ってゾワゾワしてしまう。まさか、まさかと鼓動が早くなる。
対して修太郎は言葉を一生懸命探すように、言いづらそうに、目を下の方に落としながら辿々しく、けれど意を決したように呟いた。

「さ、誘った、のに・・・」

わああああっ!!!
これは心のなかで叫んだつもりだったけど、修太郎がびっくりしてるから声に出たかもしれない。

「えっ!あれって正解だったの!?」
「正解ってなんだよ・・・」
「俺の都合のいい解釈かと思った!え、嘘!超もったいないことした!!」

やっぱりそうだった!一昨日の夜、風呂上がりの修太郎が急に抱き付いてきて頭パァンってなったのは鮮明に覚えている。けれど理性総動員させて欲望押し殺したし、目の毒だからすぐにタオルケットかけてあげて寝かせたんだけども。(ぶっちゃけその後風呂場で抜いたけど)
でも俺にだって言い分はある。
だって、修太郎が俺の事を誘うなんてあり得ないじゃん!!
デートかなとか、手ぇ繋いでいいのかなとか、キスしていいんじゃねとか、ぶっちゃけ今すぐ押し倒したいとか思ったことはたくさんあるけど、全部俺の勝手な思い違いで、結果修太郎に嫌われたら嫌だなって気持ちのが上回って紳士な俺を演じてきたけど、けど!

(てか普通に超両思いじゃね?)

修太郎が意図的に誘っていたなんて。
じわぁ、と口元がゆるんでいくと、すかさず修太郎が睨みあげてきた。

「なに笑ってんだてめぇ」
「いや、だって、ふふふ」

にやける口元を覆い隠すが、もう目だって笑ってるし、揺れる肩は抑えられない。
だって、修太郎が、俺を、まさか、そんな。
修太郎の気持ちを汲み取れずに保身に走った事は本当にごめんだけど、ちまちまと俺にアピールしてきた修太郎を思い返すとどれも可愛いくてしかたがない。

「はっ!じゃあこないだ俺がバイトから帰ってきた時半裸で寝てたのも!?」
「あーれは、暑くてそのまま寝ただけだから、違うね」
「お、おぉ、良かった、セーフ・・・。手ぇ出さなくて良かった・・・」
「別に、起こしてからだったら、していいけど」

赤い顔の修太郎がふいと顔をそらした。
いいんだ。と、思うとこっちも頭が茹だりそうだ。そしてそれと同時に頭を抱えてしまう。

「あの、気持ちを擦り合わせたいんだけど」
「ん」
「修太郎って、俺の事、好きって事でいいの?」
「お前。俺が好きでもない奴と付き合ったりキスしたりケツ使わせたりするとでも思ってんのかよ」
「思ってない、思ってない」

両手の平を修太郎に向けて脳が揺れるほどに顔を左右に振ると、ふん、と修太郎の不満げな声が漏れた。
「ああ。でも、そっか。言ってなかった」
そしてポツンと独り言のように呟いて、反動で頭がクラクラしている俺に頭を下げた。

「ごめん。好き」

次に顔を上げた時、修太郎の目から涙が落ちた。
それを見て、俺の目からもボロッと情けなくも大粒のそれが落ちてしまって、二人揃って泣きながら大笑いする朝を迎えた。

「ありがと。嬉しい」

こんな俺達に生まれた別話なんて一体、どこの誰の話なんだ。



おわり



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小話 185:2023/08/13

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