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「友達の話なんだけど」


そう持ち掛けると、小山内は神妙そうに頷いた。
さすがにこの定番の前置きと、目の前の俺のやつれ具合を見たら、友達の話というのは建前で俺自身の話というのは理解しただろう。

──そうじゃなきゃ困る!!!

心の中の悪魔がニヤリと笑った。


中学・高校と放課後にお世話になった地元のファミレス。変わらないのは立地だけで、今や注文はタッチパネル、配膳は猫っぽいロボット、会計はキャッシュレス、プライベートゾーンを確保した広い客席。すっかり様変わりしてしまったけど、小山内との会話を誰に邪魔されることなくちょうどいい。
俺は店舗改装の際に新調されたソファーにゆったりと身を預け、悩ましげなため息を長くついた。

「そいつの好きな子が、進学した途端に恋人作っちゃって」

儚げに笑う俺に、小山内が「えっ!?」と驚きの声を上げたけど、そりゃそうだろうね。俺が好きな子がいるなんて話、今までしたこと無かったもんね。
ってゆーか小山内、君のことなんだけどね。

「中学も高校も同じでずっと片思いしてたから、ダメージでか過ぎてめっちゃ凹んでんの」
「へ、へぇ・・・」

小山内の目が泳ぐ。
頭の中で同中同高のやつを洗いだし、俺の好きな子とやらを模索しているんだろう。狭い地元だからそこそこ当てはまる人はいるけれど、それが自分だとなぜ解ってくれないのか。そうだよ。もう全然、ぜ〜んぜん、気付かなかったよね。中学も高校も恋愛の気配が俺を含め全く無かったから、すっかりそういうのに興味ないのかと思ったのに。思ったのに!進学した途端「彼女できた」ってなんだよオイ!しかも彼女を作った理由が「新歓コンパで話が合って、その流れで」とか、は?それって好きって訳じゃなくない?その女も誰でもいいからとりあえず彼氏欲し〜〜ってやつじゃない?だって新生活始まってまだ一ヶ月よ?一ヶ月で一体小山内の何を・・・いや、小山内には一目で恋に落ちる要素ありまくりだけど!だけどっ!あ〜〜っ、こんなことなら進学先同じにすればよかった!油断した!小山内との未来の為に学歴と就職先を優先したばかりに隙を付かれた俺を恨む!!馬鹿!!

ってわけで、俺は後悔と嫉妬、そして失恋の痛手であっという間にやつれたわけで、元凶の小山内をこの思い出のファミレスに呼び出したく急遽バイト先に休みを申請をしても、日々のやつれていく俺を見ていたバイト先の人達は逆に「休め休め」と喜んで出勤を交代してくれた。
小山内に至っては、「相談したいことあるんだけど、明日会える?」と聞けば「会えるよ」と即レスに間抜けなキャラクターのオーケースタンプを押してくる始末だ。あっという間にアポがとれてしまった。約束は土曜の夜だぞ。普通は付き合いたての彼女との約束があるはずだろうが。「昼からでも全然大丈夫だけど」と追加も来た。なんなんだ、一体。俺が言うのもなんだけど、彼女はどうした。

しかし昼から会えると言うなら昼から会うに決まっている。
一ヶ月ぶりに会った小山内は髪を染めることなく、けれど刈り上げたりなんかしちゃったりしてほんの少しだけ垢抜けていた。髪切った当日に画像付きで報告をもらっていたから知っていたけども、生で見るとより良い。より良くなったこの小山内が、既に知らない女のものだと思うと本当に、本っ当に胸くそ悪い。

「今までずっとアピールはしてきたつもりだったけど、その子の眼中になかったのかなぁってかなり落ち込んでるんだよね。俺の友達が」

頬杖をついて皮肉に笑ってみるのは、もちろん架空の友達曰くの芝居じゃなくて、リアルに自分自身にだ。ついでに小山内には失恋で痛手を負っている俺アピールも出来ただろう。
彼女を作った小山内やその彼女を恨んだって、結局は余裕をかまして行動を起こさず燻っていた俺が悪いのに。
だからせめて、こんな形で小山内の気持ちを聞いてみてもいいだろう。

「小山内だったら、そいつ、どうやって励ます?」

それを聞いて、俺はもうこの空しい片思いに終止符を打つとする。
小山内を正面から見据えると、予想外にも口を歪ませて変な顔をしていた。もっと悩ましげだったり、一緒に悲しんでくれてたり、そういう顔をしてくれるものだと思っていたのに。

「多分だけど」
「うん」
「佐久間・・・の友達の、すぐ恋人を作った好きな人って、恋人の事そんなに好きじゃないと思う」
「・・・ん、え?」

それだとお前がそういうことになるけども。
目をぱちぱちとするしか出来なかった俺に、小山内は腕を組み深く考えるように一人で頷きながら
「ってか、俺がそうだし」
と付け足した。
「そうなんかい」
と突っ込む勢いもなく、俺は眉間をおさえた。ついでに手の平を小山内に向けてストップをかける。「当たって砕けろ」とか「好きな人の幸せを陰ながら応援しよう」とか、そんなありきたりなアドバイスがくるものだと思っていたから、ちょっと理解が追い付かない。
なんだ。俺の中のピュアピュアな小山内はどうしてしまったのか。

「あの、かなりの爆弾発言なんだけど、どゆこと?小山内、彼女のこと好きじゃないの?」
「嫌いではないけど、ぶっちゃけどうしても付き合いたかった相手ではないし、好きかと言われたら微妙」
「はあ?」と衝撃の驚愕は、声ではなく顔面にモロに出た。
「だって佐久間が、高校の時に一緒の大学行こうって言ったのに急に進路変えるから、なんか急に毎日暇だし、や、バイトも勉強もあるけどさ。そりゃ、将来の事だからお遊び感覚じゃダメだし、佐久間は勉強出来るから偏差値高い大学に行くのは自然の事だけどさぁ」

水滴がついたコップを無意味に撫でながらぶつくさ言う小山内に、俺はジワジワとにやけそうになる口許を引き締めるのに精一杯だ。

「中学から一緒にいたんだし、急に一人にされても、困る」

最後は吐き捨てるように呟くと、テーブルに肘をついた両手で顔を覆い隠してしまった。

「それに彼女ってのも作ってみたかったってだけだし、向こうもそんな感じだから、まぁ雰囲気だけって言うか、特に一緒にいて楽しいとかないし・・・え〜、俺めっちゃ不誠実じゃん。最低」

顔を隠したまま今の自分について懺悔していく小山内には申し訳ないが、俺は見られてないのをいいことに破顔するのを止められなかった。
どうやは小山内は結局、彼女を作ってみたかっただけで彼女のことは好きではないし、俺と一緒にいられないつまらなさを埋める存在としか思ってないらしい。そりゃ土曜の昼間から会ってくれるはずだ。そうか。そうか小山内、そうだったのか。

「向こうもそうなら、小山内だけが最低でもないだろ」
「そうかなー・・・」

そうだよ!と心の中の俺が大声で叫ぶ。
小山内は優しいから、きっと女郎蜘蛛の毒牙にかかってお誘いを断りきれなかったんだろう。今さら思えば、彼女とどこか出掛けたり楽しいことがあれば、小山内なら俺に逐一ウキウキと報告してきたにきまっているのに、それが全くなかったのだから、二人の関係なんてたかが知れている。彼女を作ったってことだけで、どれだけ俺が動揺し視野が狭くなったかがよく解る。最低じゃないけど、罪な男だ小山内よ。

「えーっと、だから、佐久間も──あ、違う、佐久間の友達も、まだ遅くはないと思うから告白だけでもしてみればいいと、思う」

自分の最低さにウンザリした小山内が、疲れた顔をゆっくりと上げて俺にアドバイスをくれる。ちょうど小山内の言動にうつ向き打ち震えていたので、話を聞いている風にはみてとれるだろう。
これから彼女ときちんと向き合うのか、もしくは別れるのか。小山内のこれからは解らないけれど、そんなことはどうだっていい。どう話がついたって、俺は先ほどとは打ってかわって前向きになれそうだ。

「・・・なんか、脈アリってか略奪出来そうな気がしてきた」
「なに?」
「ああ、こっちの話。あと小山内との時間をちゃんととるよ。今度、映画でも行こうよ」
「え、うん、行く」

即答に気をよくして、さっそくお互いの予定を擦り合わせる。昔とちっとも変わらない距離感だ。
唯一違うのは、俺がもう躊躇いを捨てたということだけ。



おわり





小話 184:2023/07/04

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