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告白を、一度断った。
理由はにわかには信じられなかったから。見てるだけの存在で、もはや同じ大学の生徒だけど芸能人みたいな別次元の人間みたいで、近寄りがたく話したことは一度もなかった。何より同じ男だ。見てるだけで充分な自分の特殊な恋心は、一生表に出すつもりもない。そのつもりだった。

「新山君」

なのに突然名前を呼ばれ、人のいない教室に誘われ、好きなんだと言われたのだから、現実味なんてあるわけがない。

「いや、俺、あの・・・」

夢見心地というか、非現実的というか、まさか彼と話す日が来ることすら思いもしなかったから上手く会話が出来ない。彼が自分をまっすぐ見ていることに、急に恥ずかしくなってきて視線を落とす。自分のスニーカーの汚れが目について、急に現実が見えてくる。ああ、そういえばこの別棟に向かう途中、彼の友人達が笑いながらこっちを見ていたのを思い出した。あの人達、この展開を読んでいたから笑っていたのか。

・・・あれ、と気付きたくないことに気付く。

これ、どう考えたってイタズラとか罰ゲームの類いじゃん。今もどこかで彼らがキョドってる俺を見て笑ってるんじゃないか。じゃないと、目の前の彼が俺に告白するなんて地球が滅亡するよりあり得ない。

「む、無理・・・です」

どこかで自分の気持ちが周囲にバレたのかもしれない。彼に伝わったのかもしれない。気持ちが悪いと、迷惑がられたのかもしれない。カッと逆上せて、直ぐにサァッと血の気が引いていく。自分が惨めで、これ以上恥をかきたくないのと、早くこの場を去りたいのと、そもそも彼と二人きりの状況がもうあり得なくて、簡潔にそっけなく、冷たい素振りで言葉を吐き出すのがやっとだった。

「・・・だよね。ごめん」

遊びを続ける為に食い下がられるかと思ったけど、意外と簡単に返事を了承してくれた。彼もこのイタズラに乗り気じゃなかったのかもしれない。一瞬の夢から覚めて、残酷な現実には思いの外ショックを受けなかった。
(夜には泣くかもだけど)
帰ろう、一刻も早く帰ろうとようやく顔を上げて、俺は目を剥いた。

「話、聞いてくれて、ありがとう、うぅ・・・」

な、泣いている。
なぜか彼──矢幡君が声を震わせボロッボロに泣いている。

「え、な、何で泣いて・・・?」
「あの、でも、じゃあ、友達は?」
「え?」
「友達、に、なって欲しい」
「あ、はい・・・」

子供みたいに服の袖で目尻の涙を拭く姿が何とあざとい事か。しかし絵になる。不覚にもキュンとしてしまい、頷く一択しかなかった。すると矢幡君は、目をぱちぱちとしたあと、まだ睫毛に残る涙をそのままに、目をキラキラさせながら俺の手を握って破顔した。その拍子にポロリと涙も落ちた。

「ありがとう!」

こうして、俺は訳も解らず片想いをしていた矢幡君とお友達になったのだった。




二度目の告白は、俺からだった。
しかも先の件から一時間も経ってない。
もう一度「ありがとう」と頭を下げてから、矢幡君は颯爽と教室から去って行った。嵐のようだった。残された俺は、握手された感触の余韻と、矢幡君の涙の意味を考える。手が熱く、汗をかいていた。秋の終わり、冬の始まり。肌寒い今日に、汗をかく理由とは。それにイタズラが上手くいかなくて泣いたのだろうか。でも、だからってあんなガチ泣きするのだろうか?友達になったのは、これからも何らかの形で絡まれるから?・・・いや、そもそも、自分の知る矢幡君はそんな悪ノリする人じゃないけど、でも、そうじゃなきゃ俺に告白する理由なんてない。

(・・・寒)
人のいない教室に暖房はついていない。シンとした薄暗い中、俺はようやく我に返った。こんなに悩んだって答えなんて本人にしか解らないし、どの道お友達になったとて、連絡先の交換もしなかったし、今まで通り話す機会ももうないだろうと思ったのでこの件は迷宮入りだ。陽キャの戯れだ。そう思い込むことにした──のに。

「おー!やっくん見っけ!どうだった?どうだった?」
「イケたべ?な?」

帰宅しようと棟の玄関に向かえば、矢幡君の派手なお友達が彼を囲んでいた。さっき俺を見て笑っていた人達だ。めちゃくちゃ出づらいし、見つかりたくないし、捕まりたくない。嫌だなぁと思うより先に、体がパッと死角に隠れる。吐息で指先を温めながら、早く返ってくれないかと心の中で静かに祈ることしか出来ない俺は我ながらガチガチの陰キャである。

「お断り、されたけど」

小さな矢幡君の声が聞こえた。てか矢幡君、俺より早く教室を出たのにそこにずっといたのか。

「えっ、うっそ、マジで!?」
「新山君、絶対やっくんの事好きじゃん!」

バ・レ・て・い・る!!!
ぐわぁ〜〜っと顔が赤くなるのが解る。一気に発熱してしまって、誰にも見られていないのに顔を両手で覆ってしまう。いたたまれない。つまんないとかノリが悪いとか言われるんだろうかと勝手に想像しては勝手に胃も痛くなる。感情が忙しくて頭がおかしくなりそうだ。早く帰りたい。早く帰ってもう泣きたい。

「俺ら絶対やっくんと新山君上手くいくと思ってたから、けしかけてごめん。マジでごめんなさい」
「うん。てか、男同士だし、デリケートな問題だったよね、ホントにごめん」

思っていたのとは裏腹に、冷静で真面目なトーンのお友達の声が聞こえた。そしてその内容に、再び(あれ?)と疑問が浮かぶ。

「いや、俺が新山君の事好きなのは事実だし、告白するって決めたのは俺だから」

そしてそれに続く矢幡君の声も、真面目なそれだった。あの告白がイタズラやゲームとは思えないほどの。いやでも、それじゃあ、まるで矢幡君がマジで俺のこと好きみたいじゃん。

「それに、友達にはなってくれるって、あはは。新山君、マジいい人だった」
「わ!やっくん泣くなし!」
「友達なってくれたんならまだ脈ありだべ!」
「・・・友達から、付き合えると思う・・・?何回も告ったらキモいかなぁ」
「アピールしてこ!やっくんのいいとこ新山君にガンガンアピってくしかない!」
「俺らマジ全力でフォローするし!」
「あ、ありがと・・・」

ぐずっ、と矢幡君がまた泣いたのが解った。
え、これマジじゃん。矢幡君、俺のことマジで好きだったし、今もまだ好きでいてくれてるじゃん。
どうしようとは思ったけど、俺は慌てて玄関へ、ダサいことに震える足で向かった。突然の足音と共に現れた俺に矢幡君もお友達も驚いた顔をしていた。そりゃそうかもしれないけど、矢幡君は教室に俺を残したままだったんだから、ちょっとは察してくれ。

「矢幡君、ご、ごめんなさい!本当はずっと好きでした!付き合ってください!」

そしてポカンとしていた矢幡君が、先に状況を読んだお友達に背中を押されてハッとした後、言葉の全てに濁音府をつけながら「喜んで」と頷いた。

「おいおい!新山君焦らしプレイかよ!」
「もうやっくん泣かすなよ!」
「あ、はい・・・」
「やっくんおめでとう!やったじゃん!」

それぞれのお友達から俺は軽い腹パンを、矢幅君は拍手を貰ってくっつくように囃し立てられる。目元を両手でおさえる矢幡君の耳が赤い。それを見るとこっちもさらに赤くなる。
「ラブラブじゃ〜ん」
早速お友達にからかわれた。


──と言う過去が、俺達にはある。
矢幡君とお付き合いを始めて一月経った。もともとぼっちな俺は矢幡君達とつるむようになり、それなりに楽しく過ごしているけれど、心のなかに引っ掛かりがひとつ、ずっとある。

「矢幡君、俺のこと傷つけていいよ」
「うん。・・・・・・うんっ!?」

授業終わり、どこかでご飯を食べようと二人でスマホを弄りながら話している最中だった。どこに行こうか楽しそうに悩んでいた矢幡君が、俺を二度見した。

「俺、矢幡君の事疑って泣かせたわけだし、矢幡君気にしてないって言うけど、やっぱりなんか、申し訳ないって言うか罪悪感半端ないって言うか、目には目をじゃないけど、一発殴ってくれてもいいし、俺が悲しむようなことして欲しい──え、どうしたの?」

ゴン、と音がしたと思えば、矢幅君が頭を落として額を机にぶつけていた。恐る恐る肩を揺さぶると、首だけ動かして変な顔をした矢幡君が目線はよそよそしく泳いでいるが、なにか言いたげに口をモゴモゴと動かしている。

「・・・ごめん、傷つけていいよって、傷物にして欲しいって意味かと、思って」
「きずもの」

その古風な言い回しに一度首をかしげるが、すぐに意味を理解した。それを俺に使うのかと、ボッと顔が茹だる。

「あ、あ〜、いや、そんな深い意味は!あ、や、いつかはそうなるかもしんないけど、今じゃないってか、心の準備もまだあの出来てないし、あの、ええっと」
「解ってる。解ってる、大丈夫。 ごめんね。俺が勝手に勘違いしただけ」

テンパる俺を見て逆に平常心を取り戻した矢幅君は、はーっと長く息を吐いて苦笑した。矢幡君がそんなこと考えてたのが意外で、そしてそれをうまく受け止められなくて、また矢幅君を拒絶するような言い方しか出来なくて、俺はうつむいて唇を噛むしか出来なかった。よしよしと頭を撫でられるが、違うんだよ矢幅君、俺は傷つけられたい立場で、いや、傷物になりたいと言う意味ではなかったけど、ああ、ややこしいな。

「あ?」

俺のモヤモヤした気持ちにストップが入ったのは、矢幅君に撫でられていた後頭部を勢いよく引き寄せられたからだ。視界の隅を矢幅君の横顔が通り過ぎたかと思えば、首にぬるりとした感触、強く吸引される音と痛み、そして最後に固いもの、矢幅君の歯がグッとくい込んだ。

「いっ」

そんなに痛くないけど油断していたんだからちょっと痛かった。

「か、噛んだ?」

噛まれた場所を擦ってみるが、当たり前だけどどうなっているかは解らない。でも首筋を吸われて噛まれたってことは、もしかして世に言うキスマークとやらを付けられたのでは。ゆっくり離れていく矢幅君が色っぽく唇を拭うが、見てらんないほどに顔が赤い。矢幅君よ、それは俺がする反応じゃないだろうか。

「今すぐはしないけど、先約だけ、しといていい?」

矢幅君、それはする前に言うやつじゃ。グイグイ来るくせに控え目になるところは矢幅君らしいっちゃらしいけど、俺は振り回されるばかりで心臓と理解がいつも追い付かない。でも、言われたところで俺の答えだって決まっている。

「よ、よろしく、お願いします・・・」

ペコリと頭を下げれば、笑った矢幅君も頭を下げた。外はもう薄暗く、冷たい風が窓を叩く。そういえばお腹も空いているが、俺達はもう赤い顔をしたお互いしか見えていなかった。


「え、やだ、なにあれ」
「めっちゃ仲良しじゃん」

教室の後ろ扉からお友達によって動画を撮られていたのにも気づかない程に。




おわり


小話 183:2023/05/07

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