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優太はいいやつだ。
いいやつで、名前の通り優しくて、でも少し、めんどくさい。
迷子を見つけたら目線を合わせるようにちゃんと屈んで話しかけ、親を探したり店員や駅員に引き渡す。自分の知らない土地や場所を聞かれたらわざわざアプリで検索して、地図と口頭で詳しく教えてやる。教室にごみが落ちてたらいちいち拾ってゴミ箱に入れるし、先生からの雑用も、クラスメイトからの頼み事も、全てにイエスと答えてしまう。
「面倒な性格してんね」
と本音と嫌みを半々に混ぜた言葉を吐けば、
「別に嫌じゃないし、俺が気になるからやってるだけだよ」
と、本人は本当に何でもないようにしているから、俺はその都度鼻にシワを寄せる。
だって正直者は馬鹿を見るって訳じゃないけど、優太の行いに「ありがとう」の言葉以外の報いが返ってきたことはほぼほほない。思い荷物をもってあげた婆さんから飴玉を貰ったくらいだ。そんな言葉ぽっちで優太は照れ笑いを浮かべるけれど、俺的にはなんの面白味はなくて、優太みたいに無償の慈善活動に勤しむ気や満足感なんて到底見出だせそうにない。


「なんか優太ひとりが貧乏くじ引いてるみたいじゃね」
「あはは。鶴の恩返しみたいに何か返ってきたらいいけど、そんな下心があったら来なさそうだね」

廊下の窓拭きをしながら優太が笑う。
優太に掃除を押し付けた奴は親戚の法事がうんたらかんたら捲し立て、それが嘘か本当かは知らんけど、真っ先に優太に頼み込んだ辺り、はなから目星をつけていたずるい奴としか思えない。優太の後ろで俺が「へー」と会話に参加したら肩を跳ねさせ、「ら、来週の掃除当番は代わるから!」と代替え案を自ら提供してそそくさと帰っていったので、その背中に「いーよー」と軽く返事した優太に免じて見逃すことにするけども。

「神様、見てくれてる気配はないね」
「はは、ホントにねぇ」

見返りなんて微塵も求めてないのが解る軽い返事をする優太に溜め息をつきながら、俺はひっそり独り言ちた。

(・・・俺はずっと見てたけど)




「あいつ、マジ役に立ちまくり」
「クラスにパシりいてくれると助かるわ〜」

担任にされた頼まれ事をそのまま優太にスルーパスして、優太が教室を空けていた時にクラスメイトが優太の事を嘲笑っていた。俺がいない間に押しつられていたらしく、トイレから戻って早々に優太が席にいないのに気付いた俺が、背後にいるとも知らずに──。

「優太、コイツらが話しあるってよ」

用を終え、プリントを抱えて戻ってきた優太を手招きして呼び寄せる。疑問符を頭に浮かべながら優太が近寄ってくるってのに、用を押しつけた二人は椅子に座ったままなもんで、その脚をガンと蹴る。すると途端に二人揃って起立するもんだから、出来るならはじめから立てよと遠慮なく舌打ちをついてしまう。

「用事押し付けて、ごめん・・・」
「ありがとう・・・」
「ああ、うん。いいよ」

俺からの圧を背中に浴びている二人がモゴモゴしながら小さい謝罪と詫びを入れると、パシられた本人はけろりとしているのだからコッチもずっこけそうになる。優太は優しいが過ぎる。

「んだよ。本人気にしてねぇじゃん」
「謝り損じゃん」

小声で馬鹿をぬかす二人の尻をまとめて蹴った。脚が長いとは便利なものだ。


優太が迷子を店員に渡した時だって、店内放送があってしばらくしたら、その迷子がまた一人でふらっと歩いていた。
「俺ちょっとあっち見てくる」
と、優太が商品に気をとられている内にその子供の方へズカズカ向かい、母親と思しき女が化粧品の成分表をじっくり見ているところに連れていった。じっくり見るものが違うだろうが。
「おばさん、何回自分の子供迷子にさせたら気が済むんだよ」
ぎょっとされたが、慌ててその子の手を掴むと肩を怒らせてその場を去ってしまった。せっかく優太が保護した子供の親こんな姿、見せれたものじゃない。

道を聞かれた時だって、周りの人達はスマホを弄りながら人と目を合わせずに足早に過ぎ去るから、人の良さそうでぼやっとしている優太がよく声をかけられる。連れの俺には話し掛けないのだから、声をかける方も人を選んでいるようだ。
優太もわざわざアプリで親身に道案内をしてやるけど、土地勘のない場所だとアプリを使っても相手に詳しく伝えられないし、情報が古い時がある。
「違う。その道は駐車場になったからこっちから回るんだよ」
無駄に徘徊している訳じゃないけど、優太よりあちこち出かける性分なもんでアップデートされた知識だけは付け足してやることにしているけど、それは道に困った奴の為じゃなくて優太の為だ。

優太に用を押し付けるクラスメイトもだけど、優太を直に指名するセンセーにだって腹は立つ。そういう時は当然ついていくし、優太は勿論文句ひとつも言わないから俺が代わりに口を挟む。
「センセー、優太にだけ頼み過ぎじゃね」
「いや、すまんな。頼みやすくて、つい」
優太に頭を下げたセンセーに恐縮する優太は面白かったが、係なり当番なり役割を担う奴がいるのだからそいつらを使ってほしいし、俺が言わなかったら今後も優太を使ってたのかと思えばやっぱり腹立たしい。




掃除を終えて、予定していた時刻よりも遅い下校となってしまった。映画を見て帰ろうと言っていたのにこの様である。

「優太、映画は来週にするから、掃除代わってもらえなかったら俺に言えよ?」

笑いながら頷く優太はあのクラスメイトを信用しているのか、特に憤慨する様子も困った顔をすることもない。それもいつも通りっちゃいつも通りだけど、今日はそれにプラスひとつ、行動が伴った。

「基樹、いつも付き合ってくれてありがとうね」

くるりと俺に向き合って礼を言うのは、初めてのことだ。
突然のことで反応が遅れたが、耳がカッと熱くなるのが解った。

「・・・っ、別に。俺はただ見てるだけだし」
「そうかなあ?」

知ってるよと言わんばかりに、ふふっと優太が笑う。

「基樹にもいいことあるといいねぇ」

そう言って優太が自分に向けて笑うだけで充分だと思う辺り、俺もなかなかにチョロくて単純なもんである。




おわり

小話 181:2023/05/07

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