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「勇之助は本当にイイヤツだよなぁ」

独り言のような会話のような、耀太の唐突であり大きな声に勇之助はコンロの火を止めてフライパンから顔を上げた。対面式のキッチンとて、グラスに口をつけている耀太の横顔からは、特に表情が窺えない。皿へじっくり温めた鹿児島名物のさつま揚げを移すと、すぐに耀太の隣に腰を下ろす。同じく鹿児島名物の焼酎が、既に1/3は減っていた。これは、と勇之助が目を見張る。
耀太は酒をあまり飲まない。飲み方、楽しみ方が解らないからだと言っていたが、飲めないわけではないので勇之助の晩酌に付き合うくらいには嗜める。それこそ、勇之助が二週間の鹿児島出張に行く前夜にも一緒に、耀太はグラス一杯分をゆっくり味わって飲んでいたくらいだ。
それがどうして、急にこんなハイペース。

「勇之助は、イイヤツだよなあ」
「・・・ありがとう」

今度は自分の目を見てはっきりと言ったものだから、勇之助は先程の台詞にきちんと返事をすれば良かったと苦笑した。しっかり見据えているものの、耀太の目が寝る寸前みたいにとろんとしている。触った頬もあったかい。完璧に酔っているし、落ちるのも時間の問題だろう。

「付き合いはじめてもう、五年、六年・・・あれ、七年?」

勇之助が自分のグラスに焼酎を注ぐのをぼんやりと見ていた耀太は、指折り数えてぽつりと呟く。

「その次の八年だね」
「は、八年っ!?」

ひええ、と大袈裟に仰け反って戦いてみせる耀太は、そのまま床に両手をついてガクリと項垂れた。七年も八年ももう変わりないと思うけれど、何をそんなにショックを受けることだろうか。しかし酔いのせいもあってか、リアクションが大きい耀太は面白くていい酒のつまみになる。勇之助はゆっくりと味わうつもりの焼酎をグビリと大きく呷った。

「八年も、こんな俺と付き合ってくれてるなんてぇ」
「こちらこそだよ」
「心が広いなあっ!」

わっと叫んだ(しかし夜中のマンションなのでこんな時でも気持ち小さ目の声だった)耀太が、背を丸めてカーペットに突っ伏した。猫のごめん寝を彷彿とさせるそのポーズに、「ふむ」と勇之助は独り言ちた。
高校卒業と同時期に付き合いだして、地元組の耀太と上京組の勇之助によって遠距離の大学生活、社会人二年目にして耀太の転職&上京を機に同棲を始め、そのまま穏やかに二年経過して今に至る。小さな喧嘩はするものの、その都度二人で解決をしてきたので大きな喧嘩やわだかまりが生じたことはない。なのに今さら何を言っているのだろうか。
まあ、何か、あったのだろう。
勇之助のいない二週間の内で、こっちに出てきている旧友と飲む予定があると言っていた。大方そこで自分達の事を聞かれて、話して、何かを言われたんだなと推測をする。と言っても、耀太が男と付き合っていることを告げても離れていかずに今も付き合いがあるくらいの仲なので、害はないんだろうけども。悪意のない何気ない会話で耀太の地雷を踏んだか、耀太の受け止め方が悪かっただけか。
耀太が自身に劣等感を持っているのは、言わないけれど知っている。容姿も、学歴も、職も、年収も、役職も、他より多少抜きん出ているだけなので気にすることはないと思うが、勇之助と一番多くの時間を連れとして、パートナーとして側で過ごしている耀太は気掛かりにもなるらしい。

勇之助は箸で摘まんださつま揚げを、冷める前にのろのろと顔を上げた耀太の口元に運んだ。それを不思議そうに見たのは一瞬で、すぐにぱくんと食いついた。雛に餌付けするみたいで、これもまた酒のつまみになる。動画でも撮ってやろうかと思ったが、それでへそを曲げられるのも厄介なので目に焼き付けておくだけにするのは苦肉の策だ。

「勇之助、いい人が出来たら俺に構わずそっちにいってくれていいからな」
「いいんだ?」
もうひとつ、箸でさつま揚げを耀太の口に運ぶ。咀嚼して飲み込んでから、また耀太は話し出す。
「うん。美人で、スタイルよくて、料理上手で・・・。男でも勇之助よりイケメンで、頼りになって、金があって、いい奴で、そんな奴いるか解んないけど」
「うんうん」
三度口に運ぶと、もうなんの迷いもなく食い付いてくる。それを片手に勇之助の酒は更に進む。
「あぁでも、そんな奴でも性格が悪かったら嫌だなぁ」
「耀太が嫌なんだ」
「嫌だよ〜。勇之助が幸せになんなきゃ嫌だよ〜」
テーブルの上でぎゅううっと握った拳を押し付ける耀太の姿は、今シーズン推してる球団がクライマックスを逃した時のように悲痛な顔をしている。そしてそれに対し、馬鹿だなぁと、勇之助は内心ほくそ笑む。否、実際口角は上がっていたかもしれない。

「俺は今までずっと幸せだから、俺には耀太がピッタリなんじゃない?」

ん?と首を傾げた耀太が顔を上げる。
うん、と勇之助は笑顔で頷き返す。

「・・・そっか?」
「そうなんだよ」
「勇之助が言うなら、そうか」
「そうなんだよ」
「そっか。ふぅん・・・」

小さく何度か頷いた耀太の眉間のシワがとれたので、つまみの乗った皿を耀太の方へスッと推しやる。

「さつま揚げ食べてよ。耀太の為に買ってきたんだから」
「うん、これすごい旨い」

スーパーで買うのとは厚みも旨味も全く違うそれを、耀太はもう何の迷いもなく食べ進める。余程気に入ったのなら取り寄せでもしようかと思いつつ、勇之助は耀太の赤くなっている耳たぶを弄りながら、頬杖をつく。熱くて柔らかいそこは何よりのツマミだと思うのは、我ながらおじさんになったなぁと呆れてしまうが。

「馬鹿な心配しちゃって、可愛いねー」

それに対して耀太は無言だが、体温が高くなってきたのは直に触れているので、そろそろ眠気の限界というのがよく解る。
自分にとってほぼ無に等しい事でも、耀太にとっては根深い悩みがあるのなら、安心して永遠に側に居てもらう為、徹底的に根絶するに限る。それには存分に時間をかけてじっくり愛を伝えるの一択で、しかしそれはまたの機会に時間をかけてと時計を見て計画を立てる。

「もう寝たら?歯磨きしといでよ」

時刻はもうすぐ明日になる。勇之助的には早いけれど、耀太は子供の頃から睡眠第一主義なので遅い方だろう。テーブルを片付けつつ耀太を促すも、なかなか立ち上がる気配を見せないのでまさか寝たのではと思って空けた食器から顔を向けると、意外にもしっかり目を見開いてこっちを見ていた。

「耀太、どうし──」
「あのさ、今酒飲んで声も気もでかくなってるけど、意識はっきりしてるし記憶飛ばすほど酔ってもないからね」

首まですっかり赤いのは酔いのせいではないだろう。

「・・・なるほどね」

勇之助の計画は早々に早まった。



おわり



鹿児島のさつま揚げまた食べたい。

小話 180:2023/02/01

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