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安達慶太は、高槻摩耶にとって未知の生き物だった。

好奇心旺盛で、与えてもらった玩具や絵本はやり込み読み込み、自分で考える力もそれを成し遂げる力も摩耶は早々に身に付けて、物心ついた頃には忙しい両親が手をやかない、自分のことは自分で考え行動に移し、それ相応に出来る子供に仕上がっていた。
そんな摩耶と小学校で出会った慶太は、女の子より小さくて、運動はイマイチだし、勉強もパッとしない。自分とはまるで正反対の慶太は常に観察対象だった。

「ねえ、何で逆上がり出来ないの?」
「うーん。それが解ったら出来てるよ」
「どうして算数出来ないの?」
「うーん。それが解ったら出来てるよ」

思ったことが口に出てしまうのが難点であったが、決して慶太を馬鹿にしたり下にみている訳ではない。自分には簡単に出来る事を、慶太が出来ないと言う事が不思議でならない、純粋な疑問からくる質問なのだ。
また、慶太も自分を卑下したり、そんな摩耶を疎ましく思う事はなかった。のんびりした本来の性格と、出来ない慶太を出来るようにしたいという興味と好奇心の塊である摩耶を理解し、また相性が良かったのだ。
出来ない慶太が出来るようになるまで手を出し口を挟みサポートしていく摩耶は、その達成感に今までにない高揚と満足を覚え、そしてそれは、その後十年続くことになる。








「お待たせ、慶太。帰ろー」
「おー」

同じ高校に進学したが、クラスは慶太が普通科、摩耶は特進科と別々だ。高校受験を視野に入れた中二の冬、摩耶に「同じとこ行こうよ」と誘われて、特に進学先を考えていなかった慶太は「そうだなあ」と軽く返事をして頷いた。摩耶はニッコリと笑う。

「大丈夫。サポートは俺がしてあげる」


特進の人間が普通科に顔を出すのは当初好奇の目で見られたが、今となっては見慣れたもので、摩耶の姿を見たクラスメートは「今職員室いるから待ってれば?」「相変わらず仲良しだね」と声をかける程ですっかりクラス公認の仲である。

「今日、慶太の母さんパートの日だろ?うちでご飯食べていきなよ」
「え、いいの?ラッキー」
「リクエストは?」
「何でも食べる〜」

摩耶の両親は摩耶が高校入学の時期を機に仕事の拠点を海外に移そうとしたが、摩耶が頑なに首を縦に振らず、受験は日本の地元でと強く言うので泣く泣くこまめにお手伝いさんを入れる事となったのだ。作り置きの料理も勿論あるが、たまに二人でご飯を食べる機会を摩耶が作り、料理も作る。お手伝いさんが作るご飯を慶太が旨いと言えば、その旨さを越える同じものを作っては慶太から太鼓判を貰うのを繰り返すものだから、摩耶の料理の腕はどんどん上がっていくばかりだ。

「学力テストの出来どうだった?」
「平均より上だったよ。むしろ上位に入った」
「さっすが慶太」
「摩耶もありがと」

パチン、とハイタッチをして笑いあう。
今回も摩耶に見てもらった勉強のおかげで、学力考査で慶太は良い成績を納めることが出来たのだ。
摩耶と同等とはいかないが、身体能力も学習能力も健やかに伸びていき、今や平均より少し上程度には成長した慶太には最近箔がついてきたと摩耶は思っている。そしてそれの大々的な根本であり理由は己であると自負している摩耶の心の満たされようはすごい。自分が作り上げたと言っても過言ではない慶太は、摩耶の自慢でもあり宝でもある。

「そうだ。今度の中間の勉強さ」
「・・・あのさ、摩耶。俺の事はもういいよ」
「・・・・・・は?」

控えめに慶太が何か言ったのを、摩耶は瞬きも忘れて聞き返した。少し慶太がビクッとしたのは、摩耶も自覚がないくらいに声が冷たくなっていたからだ。地雷を踏んだ、かも。のんびり屋の慶太もさすがに焦る。

「なんなの、急に」
「だって摩耶のが断然忙しいし勉強大変じゃん?特進ってしょっちゅうテストあるって言うし、いつまでも迷惑かけてられないし、俺は俺で頑張るからさ。摩耶は自分の事に専念しなよ」
「へーえ?」
「ここまでお世話になっておいてこんなこと言える立場じゃないけどさ、俺も摩耶から自立しなきゃいけないじゃん。これから進学とか就職とかするわけだし、さすがに摩耶離れしなきゃなって思うわけなんだけど・・・」

そこまで聞いて、なるほど、うんうんと頷いて、目を閉じ数秒考えた摩耶は突然目をかっぴらく。

「慶太が自立して俺に何のメリットがあるんだよっ!」
「え、えぇ・・・」
「慶太は一生俺の側にいればいいんだよ!」
「いや、そんなプロポーズみたいなこと言われても・・・」
「それだ!プロポーズだ今のは!」
「さも今ひらめいたみたいな感じじゃん」

器用に鳴らした指を向ける摩耶に呆れてしまう。
「今まで世話した恩も忘れたか」くらいは言われると思ったが、否、摩耶はそんなことを言わないし、ただの自己満足の為に自分に尽くしてくれている事を慶太は知っているが、まさかプロポーズ紛いの言葉を貰うとは。自己顕示欲すごいなと、摩耶の勢いに引いてしまう。

「えぇっと。俺が自立して摩耶が得るメリットは、自由時間が増える。友達が作れる。彼女が作れる。じゃない?」

摩耶に指折り数えて説明するのにはきちんとした理由がある。
摩耶は交遊関係も慶太を一番に優先する為、他人と休み時間や放課後、休日に何かすると言うのは無いに等しいと断言できる。慶太自身がそうだからだ。それに気付くと慶太の思い出の全てには摩耶がいるし、つまり摩耶にとってもそれは同じだろう。お互いにお互いしかいない。
付け加え、普通科の女子は摩耶が来ると色めき立つし、彼女の有無を何度か聞かれたこともある。いないと確信を持って返事出来るのも、それほど一緒にいるからだ。

あれ、摩耶って俺に時間どころか年数費やしてくれてるじゃん。
友達を作るのも彼女を作るのも自分の時間を作るのも、全部俺がダメにしてるじゃん。
それってどうなの。
慶太は気付いてしまった。
自分の育成が摩耶の趣味とは言え、自分より遥かに勝る摩耶をこのままだとダメにしてしまうのは絶対に良くないし、今更ながらに申し訳ない。

しかしそう力説しても、摩耶は不機嫌に目尻を歪ませるだけだ。

「誰に何を言われても俺はずっと自由だし、学生時代の友人は社会に出ると意味がないと聞くし、彼女は慶太がいる限り作る気もない」
「最後の聞くと、俺やっぱりいない方が良くないか?」
「だから慶太と結婚すれば俺が恋人作らない問題は解消するんだよ」
「あ〜・・・?」
確かにそうだけど、そうだろうか?
「なんかよく解んなくなってきた」
「大丈夫。俺と一緒にいたら万事上手くいってきたろ?」
「う、うーん」

そう言われれば、そうだけど。
慶太の両手を上からガッシリ両手で握る摩耶の熱量がすごい。頷かなければ一生離して貰えそうにないし、なんならこのまま本当に結婚してしまいそうだとおかしな未来さえ見えてしまう。
そもそも慶太とて、人に固着したり友達百人欲しい性格でもないし、クラスにぼちぼち話せる友人こそいるが、別に摩耶一人でも構わないとも思っている。

あれ、じゃあお互いにお互いでもよくないか?だって摩耶がそれで良いって言ってるし。

「な。慶太、結婚しよう。大丈夫、俺達二人ならなんでも出来るよ」

慶太が摩耶のおかげで成長できるなら、摩耶は慶太のおかげで生きていける。
熱く強く見つめてくる摩耶の目に、慶太は小さく顎を引いた。



おわり



流され流され。

小話 178:2023/01/03

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