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86」→「105」の続編





「そろそろ九条にコクろうと思うんだ」

その言葉に廣田は目を覚ました。
空き教室にて、昼食後に九条とくっついて暖をとっていたらいつの間にか眠っていたらしい。肩に感じる重みと温もりにゆっくり顔を動かすと、廣田に寄り掛かって同じく眠っていたであろう九条と目があった。
ただし廣田は廊下から聞こえた不穏な会話で、九条は自分達の邪魔をされないよう常に周りの気配には気を遣っていた為に目を覚ましたので、お互いがお互いに変な顔をしている。遠ざかりつつある廊下側の窓の向こうに感じる複数の生徒達は二人の様子なんて知るよしもなく、楽しそうにテンション高く笑っていた。

「おお。ついにか」
「最近いい感じだったもんね」
「へっへっへ〜。九条、今彼女いないみたいだし、ワンチャンいけると思うんだよね」

得意そうな声が聞こえたが、当の九条は廣田に向かって手も首も千切れそうな程横に振っている。

「待って真樹ちゃん、え、誰?誰が俺といい感じになってんの?てか九条って俺のこと?」
「知らないよ〜」

思わず廣田も声を潜めつつ珍しく慌てている九条に小さく笑ってしまうが、気まずそうに目を泳がせてしきりに脳内の心当たりを探っている様子からして彼が白なのは明らかだ。何より男女関係なく九条が夢中なのは廣田だけだし、それは廣田ももっと周りに目を向けて友達を作った方がいいんじゃないかと危惧するほどだ。しかしそんなことはどこ吹く風で、今日も一身に廣田にのみ優しい眼差しを向けてくるのだから、自分も九条にはしっかり気持ちを返そうと思えるのだ。
が、そんなことは置いといて。

「やっぱり九条、モテるよね」
「真樹ちゃんに比べたら全然なんだけど」
「九条、よくそれ言うけど全然だよ」

それは皆が廣田を「皆の廣田君」として共通認識してるからで、この協定が破棄された暁には一気に応募者が雪崩れ込んでくるだろう。そう、例えば卒業式とか。友人、後輩、思いを寄せる生徒達、きっと式のあとは揉みくちゃになるだろうし、廣田は性格的にそれを断りもしなければ迷惑とも思わない人だ。・・・考えただけで憂鬱になる。式が終わったら廣田を拐ってさっさと帰ろうとまだ先の卒業式を思ってひっそり決意したところで、制服のベストの裾をクイと引かれて我に返った。廣田が珍しく視線を落としたまま何か言いたげに口元をパクパクさせている。

「うん、なぁに?」
「九条は告白されたらどうすんの」
「断るに決まってんじゃん。てかそんな雰囲気なったら全力回避するし、考えただけでオエッて感じ」

思い返せばクラスの女子に話しかけられて適当に「あー」だの「へー」だの返していた気はするが、話の内容は勿論その女子の顔も見ていなければ声もまともに聞いていない。どこの誰だか解らない、そもそもいい感じになってる女子なんて九条からしたら存在しないのに、勝手に勘違いされて告白されるなんてとんでもなく胃もたれ案件だ。顔をしかめて舌を出す九条にぴとりと寄り添って、ずるずると体重をかけていく廣田が長く息を吐いた。

「・・・良かった」

九条の腕に顔を隠すように鼻を擦り付ける姿に、九条は息をするのも忘れて目を見開いた。
予鈴が鳴った。
途端にパッと離れた廣田は昼食の片付けをしてゴミや忘れ物がないかの確認もして立ち上がる。実にしっかりとしたその動きと変わりように、今の行動はなんだと九条ものろのろと立ち上がり、空き教室の扉を静かに開けて出ていこうとする廣田の腕を掴んで引き止めた。

「え、なに今の。すごい可愛いんですけど。キスしてい?」
「予鈴なったじゃん。戻ろう戻ろう」
「あれ、真樹ちゃん照れてるの?どしたの今日、可愛いね」
「照れてないし、可愛くないし」
「真樹ちゃん、顔見せて?」

顔を覗き込んでくる九条から逃げるように顔を背けていた廣田は覚悟したように振り返り、少しくすぐったそうに眉を下げて笑った。

「ただやきもちを焼いたんだよ」

九条しか知らない事実だが、廣田は意外にもスキンシップも愛情表現も多い。九条に構われるのも嫌がるところかウェルカムだ。なんなら自分から九条に抱きつくこともある。いつも二人でいたし、九条は自分の方が廣田に受け入れて貰えていると思っていたので、まさか、そんな、廣田の口から「やきもち」なんてものが飛び出るなんて、思いもしなかった。
九条が驚いて固まった隙に、廣田は腕をするりと抜いて廊下に飛び出し、いたずらっ子のように歯を見せたかと思うと言い逃げするかのごとく走り去ってしまった。本鈴が鳴るのはもう間もなくだ。けれどそんなことはどうで良くて。

(え、ちょっと、放課後まで会えないとか無理)

九条も慌てて追いかけるも、悲しいかな、陸上部の本気の走りに敵うことはなかった。



おわり



受けのが足早いっていいよね。


小話 176:2022/12/28

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