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高校から一番近い最寄り駅。
部活動もしていないのに帰宅もしないで教室でくだらない話をしていたところ、教師に「用がないなら早く帰れ」と急かされたので、妙な時間に帰宅するはめになってしまった。駅には人が少なく、背広を腕に掛けた移動中のサラリーマンや膨らんだエコバッグを両手に持つ買い物帰りの中年女性がぽつりと見えるが、ホームにいる生徒は馬橋と八熊だけだった。
馬橋は下り線、八熊は上り線。お互いの電車が来るまでに二十分はあるが、話の尽きない二人にはあっという間だ。

「だからさ、背がもっとギュン!って伸びて、身体がガチ!ってなって、顔がシュ!ってなんないかなって思ってんのよ」
「そうなっちゃうと、もはや誰レベルじゃん」

真顔で遠くを見る八熊の肩をパンチする。薄そうに見えるのに骨からガッシリとしたいい肩だ。おふざけ程度の軽い肩パンとは言え、虫がとまるより意に介さない八熊にムッとしてしまう

「やっくんは天から二物どころか五物くらい貰ってるからそう言えるんだって」
「五物」と八熊が笑った。
「五物って?」
「顔、頭、体格、運動神経、性格。あとモテる、人脈ある、服のセンスいい、めっちゃ本読める、ガチャ運いい、姉ちゃん美人、母さん鬼優しい、父さん社長・・・」
「後半、俺じゃないんですけど」

妬みを含めた八熊の長所をぶつぶつ指折り数えて言う馬橋に冷めた目でツッコミつつ、自分より少し低い位置にある頭をじっと見る。気付いているのかいないのか、朝からついている襟足の寝癖がいまだにハネている。
ホームの電光掲示板が切り替わった。八熊の乗る電車はもう間もなく入構するようで、放課後の楽しい時間も終わりが近付く。

「でも、馬橋は今のままで充分だけど」
「やっくんの意見はいいのよ。世の女の子はそういうの求めてるし、俺はモテたいし、誰かに俺のことを好きになって欲しいのよ」
「ふうん」

解ってないなぁと言うように、八熊に力説する馬橋こそ解っていないことに八熊は笑った。電車の接近アナウンスに気を取られ、八熊の路線の向こうから、小さな銀色の電車が段々と大きく姿を変えてくるのを馬橋が見ていると、グイと大きな力で肩を引かれた。反動で振り返ると、馬橋の耳に唇を寄せた八熊の顔が近くにあって一瞬息を飲む。なんせ先に述べたように、顔がいいのだから。

「じゃあ今のは馬橋のこと好きな人からの意見のひとつとして、心に留めといて」

駅に流れる接近メロディーよりもアナウンスよりも、八熊の声がクリアに聞こえた。ぽかんと間抜けに開けた口からは何の言葉も出てこないのに、それでも八熊はにこりと綺麗に笑っている。

「電車、もう来ちゃった。馬橋のもそろそろだ」

電子掲示板の時刻表を見上げながら馬橋の電車の時間を確認した。つられて顔を上げて見たら、もう数分後には馬橋の電車も来てしまう。

「じゃ、また明日」

颯爽と乗り込み扉付近に立った八熊に指先をひらりと振られたので、つい振り返す。にっこり笑った八熊を乗せて、電車は次の駅へ向かってしまった。
残された馬橋は、まだ手を振った形のまま固まっている。
脳内で、去り際の八熊の言葉を繰り返す。馬橋の乗るべき電車が迫っているはずなのに、当に姿を消した八熊の乗った電車の上り線から目が離せない。
じわっと、身体の一部に熱を感じる。

「・・・え?」

我に返ったのは、自分の乗る電車が通りすぎたあとだった。



おわり


小話 175:2022/12/26

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