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「赤ずきん、これを森のおばあちゃんに持っていってくれないかしら」
「えぇー・・・」

母さんからの頼みに不満の声を漏らしてしまう。
だって森は暗いし怖いし、親切な猟師さんいわく、最近は人食い狼も出るみたいだし、めちゃくちゃ嫌だ。押し付けるように渡されたバスケットの中身は、森の奥に住むおばあちゃんが具合を悪くしたみたいで、そのお見舞い品だ。だいたいお年寄り一人を森の奥に住まわせてるってどういうことだろ。早く引き取ればいいのに、嫁姑問題は子供の知らないところでバチバチなのかもしれない。

「そんなこと言わないで?赤ずきんがお見舞いに行ったらおばあちゃん、きっと喜ぶわ」
「うー」
「赤ずきんもおばあちゃんのこと、好きでしょう?」
「ううー」

それを言われたらずるい。
俺は唇を尖らせて、渋々家を出る。ただでさえ足取りは重いのに、頭に被った赤いずきんが余計に身体を重くする。母さんはこの赤ずきんが俺のトレードマークだって言うけど、これ絶対すっごく目立つよ。逆に狼の目について危ないんじゃないかなぁと、日々の僕は思っている。

「あ、そうだ。お花を摘んで行こうかな」

僕もおばあちゃんもお花は好きだ。
この先に見晴らしのいい野原があって、季節の花がたくさん咲いてるから、きっと外に出れないおばあちゃんは喜んでくれて、あっという間に具合もよくなるだろう。
僕の中にも残っているピュアなところが提案をくれる。気持ちを前向きに目的地に向かうと、やっぱり色とりどりのお花が咲いていた。

「赤ずきん!!」

らんらんと花を摘んでいると、遠くから猟銃を背負った猟師さんが駆けてくる姿が見えた。手を振ってこたえると、どこか焦ったように辺りを見渡しながら息を切らして僕の隣に腰を下ろす。
きらきらの長い金髪を後ろで三つ編みにしている、優しくてかっこいい猟師さんはこの町で一番の人気者だ。老若男女問わず、多分きっと皆猟師さんのことが好きだと思う。まじで。僕みたいな森に住む田舎者にも親切で、お兄ちゃんがいたらこんな感じだろうかと何度も思ったことか。

「猟師さん、こんにちは」
「あぁ、赤ずきん。一人で森を歩いちゃいけないとあれ程・・・おや、随分と可愛らしいものを持ってるね」

僕が握っていた花に気付いた猟師さんが笑いながら頭を撫でてくれた。嬉しいけど、そうだ、前にも森を一人で歩いていたらこうやって注意を受けたんだと思い返してしょんぼりしてしまう。一報くれれば同行してあげるからと言われたこともあるけれど、忙しくて僕なんかが嫁姑問題の一因の為に皆の猟師さんを一人占めしていいわけがない。

「ごめんなさい。でも、僕お母さんに頼まれて、おばあちゃんのお見舞いに行く途中だったんだ。おばあちゃん、お花が好きだから摘んでいったら元気になってくれるかなって・・・」

バスケットと花束を掲げて見せると、猟師さんはハッと息を飲んでから目頭を押さえた。心なしか震えてるようにも見えるけど、寒いのかもしれない。

「そうか。そうだったんだ。赤ずきんは優しいね。それじゃあそのお見舞いの品は、僕がおばあさんに渡してきてあげる」
「え、本当?」
「うん。おばあさんも危険な森に赤ずきんが現れたら、驚いて引っくり返っちゃうよ」
「そんな!」

思わず頬を両手で挟んだ。
もし本当にそんなことになったら、僕がお見舞いに行くなんてとんでもないじゃないか。というか、お母さん。子供をそんなところに一人で行かすのはやっぱり正しくなかったんだよ。こうやって子供はグレていくんだなとか色々考えて、僕は猟師さんにバスケットを渡した。既に花束にしたお花も入れてある。
そして笑顔で受け取る猟師さんに、ポケットに隠し持っていたとっておきのキャンディーを手渡した。

「おや、いいのかい?」
「うん。お世話になってるし、猟師さんは働きすぎだから甘いものを食べた方がいいと思うんだ」
「・・・っ、あ、ありがとう、赤ずきん」
「ううん。僕こそありがとう、猟師さん」

ふふっと笑えば、猟師さんは森の方を向いて、舌を出して中指を立てた。誰かいるんだろうか。僕もそっちを見ようとしたら、猟師さんの大きな手が僕の目をふさいで真っ暗だ。

「猟師さん?」
「ああ、ごめんね。そんなことより赤ずきん、これから僕と街にお出掛けにしないかい?」
「え、今から?」
「うん。是非、キャンディーを貰ったお礼をしたいなあ。おばあさんのお見舞いには夕方に行くよ。今はお昼ごはんを食べて、お薬を飲んでゆっくりしている時間だろうし」

ああ、そっか。おばあちゃんも今は都合の悪い時間なんだ。お見舞いに行くって相手のことを考えなきゃだし、大変だなぁ。
うーんと唸っていると、猟師さんはニコニコしながら、僕の空いている手を繋いできた。

「どうだろう?ダメかな?」
「うーん、ううん。ダメじゃない」
「本当?良かった、じゃあ何か甘いものでも食べに行こうか。何でも奢ってあげるよ」

甘いもの!
お母さんの作る焼き菓子も、自然の木の実も花の蜜も好きだけど、たまに猟師さんが分けてくれる街のお菓子も大好きだ。キャンディーひとつが金の卵のように僕に恩恵をもたらしてくれるなんて、ハッピーが過ぎるだろう。

「うん、嬉しい、ありがとう!」
「可愛いなぁ、赤ずきんは」

ぶんぶんと繋いだ手を振りながら森の中を下っていく。
途中、猟師さんが突然背後に発砲したことに驚いて固まっていたら、「威嚇射撃だよ」って言ったから、きっと人食い狼が出たんだと猟師さんの腕を抱き締めるようにくっついて歩いた。

「怖いの?赤ずきん。ふふふ。もっとくっついていいよ?」

ぴとっと引っ付くと歩きづらかったけど、猟師さんが途中から片手で抱き上げてくれたからひょいひょいと森を抜けられた。迷惑かなと思ったけど、猟師さんは楽しそうに口笛を吹いている。なんて屈強な男だろうか。これは街の綺麗なお姉さんがメロメロになるわけだ。
それでも道中に狼の遠吠えが聞こえて、余計にビタッと赤ちゃんみたいに猟師さんにくっついてしまったら、
「あれは狼って言うより、負け犬の遠吠えだよ」
って教えてくれた。
よく分からないけど、狼じゃないならひと安心だ。

僕はこの日、猟師さんのおかげで甘くて美味しい物を食べれたし、狼に会わなくて済んだし、おばあちゃんにもお見舞い品を渡してもらえた(だろう)しで、朝とは違って大満足で猟師さんに手を振りお家に帰ったのだった。



めでたしめでたし



メルヘンお題よりサルベージ&改編。リクエストありがとうございました。
オオカミを幸せにしてあげたい所存。
初出:20170227

小話 173:2022/12/24

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