172



嵐の夜に、一人の人間の男を助けてあげた。
どうやら船から落ちたらしく、なんだってこんな波の高い日に、俺達人魚と違っててんで無力な人間は海に出るのか。
本っ当に人間ってバカ。
浜辺まで引き上げて、心臓の音を確かめてから頬を叩たいてやる。水を吐いたのを見届けてから俺は海に飛び込んで、海面から顔だけ出して様子を見ていた。しばらく放置していると、目を覚ました男は俺に気付き目を丸くしたけど、まぁそうだろう。人魚の存在はレアなのだ。

「おい、お前。もう二度と荒れた海に近付くなよ。正直言って死体の処理は面倒だ。まぁ鮫に食べられるのが本望ならそれでもいいけど」

ふんっと俺は夜の暗い海に潜った。
住処に着くと、姉達は男の船から落ちた宝石を拾い集めていたらしく、戦利品のお披露目会を開いていた。なんとがめつい。

「あなた、人間を助けてあげたの?ご苦労なことねぇ」
「だって目の前に落ちてきたから」
「ねぇねぇ、かっこよかった?」
「知らない。ずっと目を瞑っていたよ」
「それにしても、この宝石とっても綺麗。きっとお金持ちね」
「どうかなあ。略奪品かもよ」

海には海賊だっているし。
あいつら俺達人魚を食べれば不死になるっておっかない伝説を信じて乱獲しようとするから大嫌いだ。まぁその都度皆がわざと渦潮の方へ誘き寄せては座礁させる遊びを楽しんでいるけど。

「あら、これは人間の家族写真というやつかしら?」
「さっきあなたが助けた人間じゃない?」

姉が見せてくれたペンダントの中には、幼い子供を挟んだ男女の写真があった。確かに言われれば、真ん中の子供はさっきの男?かも?どうだろう、夜だったし、あいつの顔をはっきり見たのは去り際の一時くらいでよく分からないや。

「海水に浸かると傷むんじゃなくて?」
「随分と古い写真ね、大切なものじゃないかしら」
「ねえ、あなた。届けに行ってあげなさいな」

姉達は口々に好き勝手言う。
綺麗なもの以外は本当に興味がないんだから、ある意味単純な生き物だ。

「何処に住んでるか分からないし、面倒だよ。姉さん達が行ったらいいじゃないか」
「嫌よ。人間は野蛮だわ」
「そこに俺を行かせるのか」
「あなた男じゃない」
「そうよ。ぐだぐだ言ってないで届けてあげなさいよ」

ねー、と姉達は口を揃える。
くっそ。俺にも男兄弟がいたらどんなに心強いことか!

仕方ないと渡されたペンダントを無くさないよう首にかけ、俺は明日にでもさっさと済まそうと不機嫌になりながら眠りについた。

翌日、嵐が去っていい天気。
人気のない岩辺で、俺は下半身を乾かしていた。すると途端に変わる、魚の尾ビレから人間の足。それから姉達が集めていた人間用の服とかいうのも、モタモタと手足を動かして着ていくけど、違和感が拭えない。

「うーん、まあ、こんなもんかな?」
「あの珊瑚礁色のヒラヒラした可愛い服を着なさいよ」
「あれ、絶対俺が着るようなやつじゃないよ」
「じゃあ深い海の色をした宝石をつけましょう。きっと素敵よ」
「落とし物届けに行くだけなんだから、つけないよ」
「貴方、言葉は大丈夫?くれぐれも人魚だとばれないようね」

好き好きに言う姉達をあしらいながら、最後の長女の忠告には重々頷いた。
俺は人魚だけど人の言葉が理解できて話すことができる。
一部の人魚は突然変異というか、素質というか、魔力を持って生まれる事があるのだ。姉達は兄弟の中で俺だけが魔力を持つことについて、
「美貌の代わりの魔力なのね・・・」
「生まれたからにはひとつくらい秀でたところがないとね・・・」
「お可哀想に、良かったわね・・・」
と認めてくれている。
非常に不快だが、確かに人魚は人間にない美貌と、相手を虜にして海に連れ込む美声と歌声を持って生まれるものだ。そしてお分かりの通り、俺は美貌も美声もない平凡人魚だし、ぶっちゃけ音痴だ。

姉達のお土産よろしくコールを背に、俺がペタペタと慣れない足取りで進んだ先は、目に見えるところで一番でかい人間の住まいだ。でかいってことは人がたくさんいるだろうし、人がたくさんいるなら情報を持ってる人もいるだろうから。たくさんの人間は怖いけど、俺は何よりも早くこの案件を終わらせたい。ペンダントの持ち主が解らなければ、誰かに押し付けて姿を消すことにするのだ。
道中、すれ違う人間は俺を振り返ったり指摘したりしない。うまいこと紛れてるようで安心だ。

「・・・でかい」

小高い丘に建つ、海から何度か見上げていた建物は実物を前にすると尚更でかい。門の前の怖そうな兵隊が、俺に不審そうな眼差しをぶつけてくる。わかる、わかるよ。場違いだってんだろ。

「すみません。これを昨日の夜、海で拾ったんですけど、こちらに住む方のものではないですか?」

ポケットからペンダントを差し出すと、二人の兵隊は顔を見合わせてから覗き込んできた。
違ったらどうしよう、もう捨てて帰ろうかなぁと思っていると、いきなり手首を一人の兵隊に掴まれた。

「ぎゃあ!野蛮人!」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」

切羽詰まった様子に気押しされていると、もう一人の兵隊は門の向こうに声をかけて、急いで開門させていた。

「確かに、こちらは王子の私物」
「おおおおおじ!?」
「王子は昨夜の命の恩人を探しているのです。もしや貴方では?」
「命の恩人って、俺は海から引き上げただけで、そこから先は知らねぇよ。・・・です」
「それだ!」
「ぎゃー!野蛮じーん!!」

両肩をガシッと掴まれて強く揺さぶられた。
俺普段はクラゲをつついて遊んでるような人魚だから、こういうガッシリした人間とかマジ怖いんだって。だから昨日だって、離れた位置から人間を観察してたし、大口叩いてぴゃっと逃げたし。

有無を言わさず城内に引き込まれて、色んな人に頭を下げられて、もう俺帰りたい。泣きたい。あんな姉達がとっても恋しいなんて末期じゃないか。
階段を登って歩いて、階段を登って歩いて、帰り道が解らなくなる程の複雑な室内に通されて、そしてようやく大きな扉をノックしたかと思えば、背中を押されるように通された一室。
豪華な椅子とやらに座っていた男が振り返る。憂鬱げに伏せていた目が俺の姿をとらえると、一瞬にして目を見開いた。

「あ。昨日の人」
「君は!」

腰をあげた男は立ち上がり、俺の前まで人間らしく優雅に歩み寄って、へにゃりと笑った。

「良かった、まさかまた会えるなんて・・・しかも、あなたから会いに・・・」
「これを渡しに来ただけです。それじゃあ」
「ま、待って!」

男にペンダントを渡し、回れ右した俺の肩を掴んで、さらに回れ右をさせられた。
再び男と対面してしまう。
え、なになに、怖い怖い、すごい帰りたいんですけど。
俺の不安を表情から察したのか、男は慌てて手を離すと手持ち無沙汰に頬を掻いたり髪を触ったりと忙しない。

「帰っていいですか」
「ああ!待って!えーっと、そうだ!お礼を!君に命を救われたお礼をしたいんだ!」
「結構です」

ずばり即答。
なぜならうちの姉達が既にお宅のお宝っていうか装飾品やらをがっぽり貰っているからです。
なんて言えるわけなく、俺はただ首を横に振ってひたすら拒否する。

「そんな、せっかく会えたのに・・・」

目に見えてシュンとされると、俺が悪者のような気がするじゃないか。
男が閉じきっていた大きな布──カーテンを開くと、ガラスの向こう一面に俺達の海が見えた。ああ、この高さの建物だと向こうまで見えるんだ。気を付けなきゃなとガラスに近付いてジッと海を眺めていると、男がそのガラスの扉を開けてくれた。ベランダ、バルコニーとかいうスペースに出ると、潮風を全身に浴びて元気が出る。手摺に掴まり身を乗り出すように下を見る。海だ。城の裏が海ってことは、たまに見上げていたのはこいつの部屋だったのか。

「18の誕生日に、憧れていた航海に出掛けたんだ。その矢先の海難事故で、船は大破したけれど組員は訓練の賜物でね、恥ずかしながら未熟な僕以外は皆無事で・・・」
「はあ」
「昨夜、君に説教をされて思い知ったよ。海を甘く見ていたと。親の代わりに僕に説教をする人物なんていなかったから、これでも真面目に生きてきたつもりだけど、嬉しくて、感動して・・・」

親の代わりに?
あれ、そう言えばこいつって王子って呼ばれてたよな?唯一こいつより身分が上の親はどうした?それに写真は何年も前の物だったし・・・もしかして・・・。

「お前の親は、その・・・」
「ん?七つの海を渡る旅に出ているんだ。たまに国の様子を見に帰ってくるよ」

生きとんのかーい。
めちゃくちゃ余生楽しんどるやないかーい。
なんだよ、ちょっと同情的になっちゃったじゃないか。
俺の言わんとすることを理解したのか、男はペンダントを愛しげに眺める。

「国と趣味に忙しい人だから、家族一緒の写真なんて滅多に撮らなくて」
「あーそー」
「僕は君を両親に紹介したいな。ねぇ。君はもしかして人魚かな。嵐の海を優雅に泳ぎきるなんて、人間とは思えなくて」

こ・れ・は・ヤ・バ・イ!
人魚の存在は海賊の例もあるし、人間には知られちゃいけない。これは姉が危惧していた非常事態では。こういう時に人間にかける超音波催眠の術を持っていない俺は非力ながらに拳を握るが、それごと王子にきゅっと握られた。

「誤解しないで?僕は両親に君を僕の命の恩人として紹介したいんだ。人魚であることは言わないよ、安心して?」
「し、紹介なんてしなくていいっ。助けたのだってたまたまだし、お前とは友人でも知人でもない。もう会わないっ」
「寂しい事言わないでくれ。それに僕のお祖父様も、昔この海で人魚を見たことがあると言っていたんだ。君の知り合いかもしれない」

寂しい事と言った王子が、悲痛に顔を歪めつつも無理矢理笑顔を作った。それを見ると、こちらもこれ以上強くは言えない。
閉口した俺の頭を撫でて、指先をぎゅうっと握ってくる。溶けるほど熱い。

「し、知らない」
「今度は僕から会いに行っていいかな。ここの海が君の領海?」
「・・・」

それには答えず、俺はバルコニーの手摺から勢い良く飛び降りた。振り返りはしなかったけど、人間の叫び声が聞こえた気がする。そのまま真っ直ぐ海に落ちるように潜ると、深海にいくに連れて魔法が解けていく。
海ってこんなに冷たかったっけ?俺の体が熱いのか?






それからしばらく。
俺に会いに来る男が海に宝石や花弁を流すものだから、俺より姉達のが俺の結婚に乗り気になってしまった。次はあれが欲しい、これが欲しい。リクエストしてきなさいよ。なんなら私がお嫁に行っても良いわよなんて言い出す始末だ。

「ほらほら、また来た」
「人間って暇なの?」
「恋に情熱的なのね、素敵」
「・・・うるさいなぁ」

俺は今日も海から顔だけを出す。
それだけなのに、男は嬉しそうに俺を見つける。
そろそろ俺からも近寄ってやっても良いかなと思い始めているのは姉がうるさいからで、そんな姉を黙らす為で。

「あのさ。次は俺から会いに行くからさ、お前は門の前で待っててくれよ。お前のとこの兵隊、怖いんだ」

それだけ言って、海に潜る。
ポカンとしていた男が、しばしの間、顔を赤くして立ち尽くしていたと聞いたのは姉情報だ。
俺はクラゲをつつきながら聞き流し、そして次にあいつが海に出るときは、水先案内人でもやってやるのもやぶさかではないと思いを馳せていくのであった。




めでたしめでたし



メルヘンお題よりサルベージ&改編。リクエストありがとうございました。
初出:20170227

小話 172:2022/12/24

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