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恋愛は宇宙みたいだと思った。
勉強に部活、友達と遊んだり飯を食うとき。些細な日常を送る最中、ふと「あいつ今なにしてるんだろう」と、彼が湧いて出るようになってしまった。
そうなると、日常生活と平行することが一気に困難になってしまう。
集中しなければならないのに、そっちに意識がとらわれて、別次元にでも飛ばされたように心ここにあらずと木偶の坊になってしまうから厄介だ。実際、ここ最近は「おーい、今の聞いてた?」なんて友達の問いかけにハッとして、「今とんでたよ、大丈夫?」なんて笑われる始末となっている。
今生きてる場所とは違うふわふわと浮かれた世界、それが恋愛だと、柄にもなくポエミーなことを思っちゃうくらいには、俺は末期なのである。


「あぁ、だから最近ボーッとしてたんすね」

最後の二人となった部活後の部室にて、俺の様子を心配してくれた後輩に、好きな人がいる、と素直に告げると、合点がいったように相槌をうたれた。

「そんなに?そんなにボーッとしてた?」
「遠くを見てたかと思うと、急に宙を見たまま笑ってましたよ」
「は〜?俺やべぇ!恥ずかし!」
「良かったです。俺、汐先輩がついにヤバくなったのかと思ったんで」
「・・・ついに?」

ついにとは何だ。よもや普段から奇行気味だったのかと疑惑の目を向ければ、後輩はふいと視線をはずした。誤魔化すの下手くそか。と噛みつきたくなるのを押さえつつ、後輩に心配までかけていたことを叱咤する。ままごとみたいに上手くいい先輩を装えたと思っていたのに。

「で、汐先輩は交信までして何星の人に惚れてんすか」
「地球人だよっ!意識飛ばして交信してないわ!ヒト科ヒト族の人間です!」
「あ、普通なんですね」
「普通ってなんだよ・・・。まあ、ぶっちゃけ男なんだけど」

たっぷりの間を開けて、後輩は俺を見たまま「へぇ〜」と言うように無言で頷き、視線を落として自分を納得させるようにまた数回頷いた。

「・・・引いた?」
「いや、火星人とか言われたらどうしようかと思ってたんで、地球人で良かったです」
「さすがにねぇわ」
「ですよね」

ふは、と堪えてた笑いを吐き出した後輩が愉快そうに肩を揺らす。つられてポロリとカミングアウトした照れや恥じらいも、こいつの前では無に等しい。大したことではないんだと、気持ちが軽くなる。

ところでだ。
今のところ平静を装って話をしているが、俺の好きな人とはこの後輩の垣崎だ。
高校で二年に上がり、体育館で行われた新入生歓迎会でぞろぞろと真新しい制服に身を包んだ新入生をやる気のない拍手で迎え入れたとき、ふと、その団体の中に見知った顔を見つけた気がした。そいつがこっちに顔を向けた時、思わず「あ!」と大きな声が出てしまった。そいつは中学時代の同じ部活の後輩だった。「うるせーよ」と前後のクラスメイトからどつかれてワイワイしていると、その賑わいのせいで一部始終を見られていた後輩の垣崎に、フッとわずかに笑われて頭を軽く下げられた。
一瞬で、ジェットコースターのように落ちたのだ。
あれ。あんな大人っぽい顔をする奴だったか。あいつが中三で俺が高一の間の一年。たった一年間で、人ってそんなに変わるのか。
俺と同じ部活に入ってくると、身長差にまた驚いた。昔は大差なかったのに、普通に垣崎のがでかい。垢抜けたのか、成長したのか、俺の欲目か、とにかく垣崎はかっこよくて、普通に気付けば恋をしていた。一目で見惚れたのも、目で追ってしまうのも、話をするだけで心臓が爆音になるのも、何もかもが初めてだ。

「まあ、じゃあ理由も解ったところで、今後部活中は顔面レシーブしないよう気をつけてください」
「あ、はーい」

告げるつもりも成就させるつもりも今のところはない。ただ特別な感情を隠し持って密かに毎日を楽しむだけだけど、遅咲きの初恋は戸惑いよりも楽しさよりが勝る。

「垣崎は好きな人いないの?」
「え、俺と恋バナすんすか?」
「腹割ろうよ」

唇を歪めつつ、先輩の話に律儀に付き合ってくれる後輩はガシガシと襟足をかきながら潔く口火を切った。

「好きな人の好きな人が地球人の男を好きみたいで、俺も頑張れば脈ありじゃないかと思案していた最中です」

好きな人の、好きな人が。垣崎好きな人いたのか、ヘー、なんて思いながら「ん?」と思考が止まってしまった。顔を上げれば、垣崎は「先に失礼します」とスポーツバッグを肩にかけ、一礼してから部室を足早に出ていった。途端に静かにな空間と、開けっぱなしになった扉から冷たい空気が舞い込んでくる。

「・・・」
パァンと、考えるよりも先に頭が弾けた。
え、うわ、うわ、うわぁ。
後輩の耳が赤くなっていたのを見逃さず、俺は正解も後先も解らないままにバッグを引っ付かんで廊下を駆けていく。


恋とは宇宙で、ジェットコースターで、ままごとで、ビッグバンだ。
あー、恋って、恋ってやつは。


「めちゃくちゃ楽しい!」



おわり

小話 171:2022/12/24

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