17



これ程までに、自分の人生の歩み方を嘆いたことはない。
産まれたときから裕福で、運動も勉強も見て聞いて習えば自然と吸収して応用できた。顔もまぁ悪くはないから女関係も不自由なく、それなりに自分を取り巻く環境には満たされていた。
悪く言えば、その上にあぐらをかいて結構だらしなくしていたのだ。

「弥生君、帰ろう」

人は俺の見た目(だけ)は王子様と言うくらいで、特に笑顔(だけ)は一級品だと称される。
その笑顔を向けた相手、弥生君は俺の姿を視界にいれると「うん」と笑い返した。
天使!弥生君マジ天使!

俺の笑顔なんて霞むくらい愛らしい弥生君の笑顔に一目惚れした俺は、今の状態で弥生君に近付くなんておこがましいと全ての如何わしい関係を絶ち、まっさらな状態で頑張ってお友達からスタートさせて、先週ようやく、弥生君が俺の熱意に押される形でお付き合いが始まったのだ。

この俺が友達から始まって恋人を作るまで約半年。こんなもどかしい期間は今まで一度たりとも経験したことがない。けれど弥生君相手なら、焦れる半面、いつまでも待てるし、その期間に築く関係も愛しく感じてしまう、なんて超恥ずかしい!

「弥生君、あの、手、繋いでもいい?」
「えっ」

帰り道の誰もいないタイミングで尋ねると、弥生君は顔を真っ赤にして驚いた顔をした。
手を繋ぐ事を聞くってのも恥ずかしいけど、弥生君の反応が初々しすぎて、二人の間に変な空気が流れるのを感じた。
あー、やべぇ、スベったかなって内心冷や汗をかいたけど、弥生君はおずおずと左手を俺の右手に寄せてきたので、俺は慌ててその手を掴んだ。いや、実際はゆっくりだけど、気持ち的にはこのチャンスを逃すものかって感じで。

「わー、なんか人と手ぇ繋ぐとか久々すぎて、ちょっと照れる」
「最後に繋いだのは?いつ?」
「小学校の遠足で、隣の列の人とか?あ、あと体育祭の競技とか」

それはなんとピュアなことか。
俺なんて顔も名前もよく覚えてないけれど、デコった爪の長い女が勝手に絡めてきたのが最後だったなって・・・絶対言えない。
隣の弥生君が、俺の手を確かめるようにぎゅっぎゅっと何度も握ってくるのが可愛くて、お返しに手のひらは合わせたまま指だけを離して、すぐに全ての指が交差するように繋ぎ返した。
いわゆる、恋人繋ぎ。
肘を曲げてその手を持ち上げてやると、弥生君がその手を見てから照れくさそうに笑って、また握り返した。
可愛すぎる。

「こういうの、初めて?」

仲良しこよしの繋ぎ方じゃない、意味のある繋ぎ方。
弥生君は少し顔を赤らめて、頷いた。
その初さに俺は天使の弓矢に心臓を貫かれ、ほぼ無意識で衝動的に、背の低い弥生君の方に腰を屈めてチュッと軽くキスをした。もちろん唇。

「これは?」
「・・・初めて」
「俺も初めて」

そう言えば、弥生君はきょとんと可愛い──じゃなくて、不思議そうな顔をした。
そりゃそうだろうネ。俺は格好いいとかモテるとか囃される一方、裏ではヤリチンなんて言われてたし、間違っちゃないってのが実に悔やまれる。弥生君に不誠実な奴だと思われてるのが本当に悲しい。

「初めて、好きな人とした」
「好きな人と・・・」
「弥生君のことだよ。わかるでしょ」

言いながら、俺もちょっと照れてきた。
なんか弥生君につられて俺まで初な気持ちになってくるなんて、なんだそれ。

「じゃあファーストキスだ」

お互いに、と弥生君がはにかんだ。
ソゥ キュート!
思わず抱き締めそうになったところでハッとした。ここは住宅街だっ。今の可愛い弥生君を誰かに見られたんじゃないだろうかっ。
慌てて辺りを見渡すけど、セーフ。誰もいない。

「ごめんね、こんな往来の場で。人がいないとは言え失敗したな」
「失敗?」
「もっとムードとか雰囲気とか、大事にしたかったなって」

ちょっとシュンとして言えば、弥生君はクスクス笑って首を振る。

「いいよ、誰としたかっていうほうが大事だと思う」

オゥ!ベリーキュート!
可愛すぎて可愛すぎてたまらない弥生君にセカンドはちゃんとした、二人きりの場所でしようと固く決意した。
手を繋いで、キスもして、仲良く帰宅して。
そんなルンルン気分でいる俺に弥生君は、繋いだ手を見つめながら言う。

「正直、飛鳥君、色々噂ある人だから、ちょっと心配してたんだけど」

幸せ気分一転。さーっと血の気が引いていく。
え、弥生君の言う、色々噂とは、一体どんな真実とデマなんだろうか。俺のことだから、デマすら真実味あるとこがあるってのが実にヤバい。あぁ、でも隣の女子高の生徒を妊娠させたってのは完全なるデマカセなんだよ。セーフセックスは俺のモットーだけど、弥生君なら俺は全然ナマで、じゃなくて!

「えーっと、その、それは」
「まあ、もう過去の話だし」

あぁっ!弥生君が俺のどんな悪評を聞いているのか知りたかった!知ってひとつひとつ心配のもとを取り除いてあげたかった!だけど弥生君が気を使って流してくれようとしてる!優しい!天使!

「過去の噂にヤキモチ焼いてたけど、もういいやって」

・・・うん?

「え、え?ヤキモチって何?」
「ヤキモチはヤキモチだよ・・・」

そ・こ・を・知・り・た・い!
少し唇を尖らせた弥生君がふいっと顔を反らしてしまったけど、手はちゃんと繋いだままだから二人の距離は離れていない。

「・・・なんか」
「うん?」
「半年くらい前にクラスの女子が、っていうか学校中の女子が、急に飛鳥君と関係切られたって騒いでて」

女子!なぜ!
そんな学校中の女子と関係を持ってた訳じゃないけど、そこそこ派手な人と繋がってたから一気に騒がれたのかも。あーくそっ。どこのバカだよっ。
っていう荒々しい部分をなんとか押さえ、俺は隣の弥生君への弁明を優先する。

「あ、あのね弥生君、関係っていうのは、俺アドレス聞かれたら断りづらくて、仲良くない子にも教えちゃったりしてたんだけど、実際遊んだ子なんてそういないし、そういうの良くないなって思ったから人間関係キチンとしようと思って、清算したっていうか・・・ええっと」

自分でも何いってるかわかんなくなってきた。
色んなところをオブラートに、清い感じで伝えているが、だらしないには変わり無いんじゃないだろうか。

「・・・周りはね、しばらくしたらまた遊んでくれるよとか言ってて、僕も飛鳥君ってその時は噂でしか知らなかったから特になんとも思わなかったんだけど」

思わなかったの!?
それはそれでちょっとショックっていうか、もっと興味を示してほしいというか・・・。

「ああ、そ、そうなんだ・・・」
「だって僕は当事者じゃないし、あくまで噂でしか知らない人を悪く言ったりは好きじゃないし」

ああ、やっぱり天使・・・っ。
なんだか弥生君って神様が俺にくれたワンチャンなんじゃなかろうかっ。

「でも飛鳥君が僕に友達になろうって言ってくれた時くらいから、女子達がなかなか遊んでくれない、本命が出来たのかもしれないって言ってるの聞いて、あれ?って思って」
「・・・っ!」
「もしかして、本当は誠実な人なのかなって」

ちらりと、一度弥生君が俺を見上げた。
でもまたすぐに伏せられて、けれど左手にぎゅっと力を込めて。

「他校の子が妊娠した話とか、先輩の彼女を寝取ったとか、保健の先生と保健室でヤったとか色々聞いたけど──」
「ううう嘘だから!全部有り得ないから!」
「うん。事実はどうであれ」

あ、うそ、そこ流す?これはちゃんと話し合わなきゃいけない。全て自身の身の振るまいが招いた結果だけれども、でも今のは全くのデタラメだ。

「付き合い始めてから僕といるときの飛鳥君は、いつもちゃんと僕と向き合ってくれてたし、告白してくれた時も真摯な態度って言うのかな、そういうの伝わってきて、嬉しかった」
「・・・うん」

告白前夜、鏡の前で懸命に練習したなんて一生言えねぇ。

「だから僕も、ちゃんと飛鳥君と付き合おうと思って。そうしたら過去の噂を思い出して、その子達にヤキモチやいたけど、その必要もないなって思ったし」
「必要ないって、どうして?」
「飛鳥君が僕のこと、すごく好きなんだなってわかったから」

にこっと、弥生君が笑いかける。あの天使の微笑みを正面から向けられて、思わず言葉に詰まってしまった。

「・・・え、え、あの、それは・・・?」

らしくもなく、しどろもどろに言う俺に、弥生君は繋いだ手を掲げて見せる。

「ねぇ気付いてる?手を繋いでからからずっと、飛鳥君顔が赤いよ」

たまにちょっと青いけど、と続けて言った顔は、それは実に艶美な笑みで。
天使かと思ったら実は小悪魔だった弥生君に、ごくりと喉がなった。

「・・・弥生君、俺んちこっちなんだけど、来る?」
「え、えっと・・・」

かと思いきや、また顔を赤くして視線を泳がせる弥生君はやっぱり純真な天使に元通りになってしまった。
けど、そんなことはどうでもよくて。
俺は絆されるのも掻き乱されるのも悪くないと、すっかりこの初恋にドハマりしてしまったのだった。



おわり

小話 17:2016/12/01

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