169



※「137」の続編。





「だらしな」

玄関のドアを開けた瞬間から、ワンルームの部屋に燕の声が響いた。
鍵を開けたばかりの家主を放って、お邪魔しますを律儀にいうと靴を脱ぎ揃えドカドカと部屋に上がっていく。男の一人暮らしの玄関にはスニーカーとブーツ、サンダル、ビニール傘が複数本でとっ散らかっていた。ベッドのシーツも乱れたまま。テーブルには教材からティッシュペーパーから謎に割り箸や飲み掛けの水が入ったままコップがごちゃ混ぜ。床は脱いだ服──いや、洗濯が終わった服かもしれないが、畳まれずに放置してある服が散乱していて、見覚えのある普段使いの鞄も放置、靴下は片方だけが相方を待っているようにフローリングの上で鎮座している。

「中はもっとだらしないな。お前の性格がモロに出とる」
「めっちゃ言うやん・・・」

言葉の刃が刺さった胸が痛い。
燕の後ろから少し遅れて顔を出した家主──啓司が顔を歪めながら胸を押さえた。
脱ぎ捨てた部屋着兼寝間着のジャージズボンを爪先で避けている燕の姿に泣けてくる。

「いやいや。だらしない事ないて。これはむしろ合理的やん」
「どこが」
「動かずに物が取れるし時短にもなる。痒いところに手が届くっちゅーやつっすわ」
「だらしなさの極みやな」

ぐるりと見渡して、最終的に啓司を見上げる燕の視線が痛い。一度それを受け止めて、啓司はフイと目をそらし口笛を吹いた。白々しく、ヒューヒューと風の音しか聞こえない。

「お前、ここによう俺を招いたな」
「燕さんが行きたい言うたら、そら招くでしょ・・・。まさか言ったその日に来るとは思わんかったけど」
「お前、俺んちやとちゃんと出来るやん。飯作れるし掃除もしとるし」
「そら燕さんの部屋汚すとか恐れ多いし、燕さんの食事に気は抜けないやんか」
「自分の事にも気ぃ使えや、あほ」

爪先立ちで散らかしを避けつつベランダの方へ辿り着いた燕が、勢いよくカーテンを開けて掃き出し窓を開ける。ぶわっと冬の冷たい風が啓司の精根を叩き上げるように部屋中に澄み渡って身が竦む。

「そんなやと同棲も先の話やなぁ」
「うっ、そんな人参ぶら下げる事よぉ言わんといてくれ・・・めっちゃ掃除するの一択しかないやんけ」
「しろや」

空気の入れ換えは必須らしく、はためくカーテンをそのままに窓を開けっぱなしした燕は今度は気遣いもなく吹っ切れたように散らかしを踏んで啓司の隣に戻ってくると、痛くない程度にしたボディーブローを一発決めた。

「あ!お茶!お茶いれますね!実家からえぇ茶葉もろたんで!」
「それ、きれいな湯飲みなん?」
「き・れ・い・で・す!」
「ほんで、俺はどこに座ればええの」
「え?そこら辺適当にどうぞ」
「えぇ・・・」

さも当然のように座る場所あるでしょ感を出されても、燕には困惑の二文字しか浮かばない。とりあえず小さな卓上でノートパソコン開きっぱなしなので、その方角がいつもの啓司の所定の位置なのだと判断して、燕は遠慮なくそこに腰を下ろした。心なしかこの周りは綺麗な気がするし。
ワンルームのキッチンはすぐそこで、ヤカンからお湯を沸かしつつ、傍らの段ボールから茶葉を取り出す啓司を頬杖をついて不躾に眺めた。

「お前、これはあれやで。定期的に抜き打ちチェックせなあかんやつやわ」
「えっ、燕さん定期的に来てくれるん!?」
「ポジティブすぎやろ」

だらしなく笑った啓司につられて燕も苦笑するも、手をついた先に脱いだ形跡の残るトランクスを見つけてしまい顔が固まった。
これは教育のし甲斐がありそうだ。



おわり

小話 169:2022/11/23

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