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「好きれす!付き合ってくらさい!」

酒を飲むピッチがやけに早かった若園が、呂律の回らない口調で自棄のように言い放った。
それを正面から浴びた、対面に座っている梅木はグラスに口をつけたまま固まってしまったので、そのままドバドバと口の端から焼酎が流れ落ちていく。
「あーあー」と言いながらティッシュを数枚引き抜いた若園が膝歩きで梅木に近寄ると、世話焼きよろしくコップを取り上げ濡れたパーカーと手を拭っていく。そして酒のせいか羞恥を感じているのか、赤い顔のままでいまだに固まっている梅木の手を握り、ワッと叫んだ。

「本気だから!マジで!じっちゃんに誓って!」

若園の祖父は神事に仕えてるでもなく、地元で造園業を営んでいると聞いたことがある。なので別段誓うべき相手でないのでは、と梅木は疑問に思うが、今宵開かれた若園宅での飲みのメインは、その祖父から誕生日に貰った鹿児島の芋焼酎だ。もしかしたら勢いと勇気を貰ったのかもしれない。
体温が高くなっている若園の手が汗をかいているのに気付いた梅木は、もう片方のパーカーの袖で濡れた口元をグイと拭って頷いた。

「・・・付き合う」

なんせ梅木自身もずっと若園が好きだったのだ。
男女共に人気のある若園とは地元が同じと言う理由だけで距離が縮まり、今や二人きりの飲み会も定期的に行われるまでになったが、まさかこんなゼロ距離になれるとは。
今の関係に甘んじて、その先は恐怖で切り出せずにいたのに、こんな展開が待っているとは。

「えぇ〜、超嬉し〜!」

破顔した若園は勢いそのままに梅木に抱き付き、肩口に額を擦り付ける。ドキマギしながら梅木も背中に手を回してしばらくじっとしていると、やがて聞こえたのは若園の寝息だった。
そういえば、今日は梅木が若園宅を訪れた時には既に何杯か飲んでいたようでテンションがいつも以上に高かった。元より、若園はそこまで酒が強くない。強くないので、いつもは酔って潰れたり粗相をしないように少量を嗜んで、飲み会そのものの雰囲気は大好きらしいから、あとは料理や会話を楽しむ方に徹しているのだ。
そんな酒とは一線を引いている若園が、自分に身を預け酔い潰れてしまっていることに、梅木は感動して震えた。

(酒の力を借りてまで、俺に告りたかったのか)

は〜、と深く長い息を吐いて、若園が寝ているのをいいことに、その身をもう一度ギュッと抱き締めた。

(うう、ありがとう、若)

梅木からは多分一生告げれなかった思いだ。まさか若園も自分のことを好いていたなんて思っても見なかったので、梅木は目頭が熱くなる。
しばらくじーんと現状に浸り、気が済んだところで1LDKの部屋の大部分を占めているベッドに若園を転がした。若園とは反対に目が冴えてしまった梅木はテーブルを片付け洗い物をすませ、ついでにシャワーも借りて、一睡も出来ずにスマホを弄りながら夜を明かすことになってしまったのだった。





「梅〜?」

勝手知ったるキッチンでヤカンからお湯を沸かし、インスタントコーヒーを飲んでいると物音と香りからか、モソモソと若園が起き出した。振り向くと彼は頭をかきながら辺りをキョロキョロと見渡している。

「・・・おはよう。コーヒーもらってるけど」
「あ、うん。俺にもちょうだい」
「ん」

昨日の今日で少し緊張している梅木に対し、若園は心ここに在らずと言うように素っ気なかった。寝起きだからかその態度に少しの引っ掛かりを覚えたが、返事を聞いて、背を向けながらマグにコーヒー粉末とまだ温かいお湯を注いでいると、「な〜」とご機嫌を窺うような猫みたいな声をかけられた。

「昨日さ、俺なんかした?」

梅木の身体がビクリと強張った。
ヤカンをコンロに戻して、恐る恐る振り返る。

「・・・なんかって?」
「急に寝落ちたよな、俺。二日酔いはしてないけど、昨日の記憶あやふやだわ」

額を押さえながらコーヒーを取りに来た若園が、ようやく開いた目で梅木を窺う。その仕草に、梅木はサーッと血の気が引いた。

(告白したこと、忘れてる)

果たして言って良いものか。昨日告白してきたじゃん、って。でもそもそもそれは本心だろうか。
梅木の真っ暗になった目の奥で、様々な思惑が駆け巡る。
酔った口からの冗談かもしれない。だって今まで若が自分を好きだなんて、そんな素振り見せたことがないし、本当に好きなら忘れるだろうか。

(あ、俺一人で冗談真に受けちゃったんだ)

カァッと梅木の顔が赤くなるが、努めて冷静を装った。

「何もなかったよ。まあ、後片付けは俺がしたけど」
「あ!そうだ!洗いもんもしてくれてる!サンキュー梅!」
「若、コーヒー零れる」
「あああ、ごめん。ありがと」

ギュッと昨夜と同じく高いテンションで抱き付かれて、自分の分と若園の分のマグを持っていた梅木は慌てて身を捩って苦笑した。


昨日の事は、なかったことにする。
天国から地獄への宣告は聞きたくなかった。





* * *




(梅と付き合うとかマジか!!)


若園は地獄の日々から一転、まさに天にも昇る気持ちだった。
だってまさか、虎視眈々と狙っていた梅木と本当に付き合えるなんて。

梅木が「提出課題が残ってたの思い出した」と朝食もとらずに帰った後、本音を言えばイチャイチャしたかったが理解ある彼氏を演じて見送ると、もう一度ベッドに戻って枕に顔を押し付けたまま若園はにんまりと笑った。祖父から「大事に飲めよ」と贈られた焼酎を気付けに一杯、いや三杯は勢いよく煽り、鼻息荒く梅木を迎えたら若干引かれていた気はするが、昨日は前々から好意を持っていた梅木に告白すると言う密かなビッグイベントを成し遂げる決意があったのだ。

(いや、マジか、ほんと、マジか。わ〜っ、じっちゃんありがと〜!!)

ムフフと我ながら気色悪い笑いが込み上げてしまうが、口元は弛んでしまう。
しかしそれも束の間、今度は落胆の溜め息を吐いて枕を抱き締めた。

(昨日は、多分ヤって・・・ない、よな?)

酒の勢いで告白して、成就したなら叶わないだろう片思い、そして欲望を押さえて我慢ばかり強いられてきた地獄の日々からの解放も期待して、一線を越えてしまえるかもと意気込んでいたのに、そのまま意識をなくしてしまうなんて失態である。

起きて早々、若園はキッチンに立つ梅木に気付かれないようベッド下の収納ケースに手を伸ばした。もしもに備えて用意していたゴムとローションは未開封のままで、ベッドには乱れた様子もなく、若園も梅木も服はしっかり着ていたし、身体には違和感も満足感もなかった。少しガッカリな気持ちもあるが、覚えてないのに致してたってのも悲しすぎるだろう。未遂だったと安堵したものの、若園はハッとした。もしかして、ゴムもローションも使わずにヤってしまった可能性もある。なんせ疑うべきは自分の性欲だ。梅木と付き合えるとなって、絶対無いとは言いきれない。
だからコーヒーをいれている梅木に聞いたのだ。

「な〜。昨日さ、俺なんかした?」

そして、梅木は「何もない」と答える前に、顔を赤らめた。何かあったと、表情が物語っている。そして梅木は口外どころか、なかった事にしたがっている。

(・・・やべぇ)

確実に俺は何かをやってしまった。
若園は思い出せない──そもそも実際に何もない──夜の記憶を嘆くしかなかった。




* * *




以前と同じように接する事は、こんなにも難しい事だったかと、梅木は自己嫌悪してしまう。

あれから数日、若園が肩を寄せてきた時、顔を近づけて話す時、二人だけの飲み会を誘ってくる時、全てにおいて身体が強張り、そそくさとその場から離れてしまう。
一晩だけ夢を見て、友達同士に戻るには酷だった。

(よくない。これはよくない。若に失礼だ)

酔って記憶がないとか言う若園にも非はあるが、何もなかったと、あの夜をなかったことにしたのは梅木の方だ。それなら普通の態度を貫かないと筋が通らない。
若園から理由をつけて逃げてきた梅木は、人気のない大学構内の端でしゃがみこんだ。
某アニメの「逃げちゃダメだ」が頭の中でループする。せっかく仲の良い友達の一人になれたんだから、そこで満足しなくてはと自分を叱咤して暫く、気持ちを落ち着かせて若園に謝ろうと立ち上がったその時、バタバタと走るような足音が聞こえた。

「だぁっ!ここにいた!」

大声で現れたのは、若園だった。
走り回ったのか、両膝に手をつき、肩で息をしながらゼェハァと荒い呼吸を繰り返している。
どうした、と声をかける前に、若園は梅木の両手をギュッと握った。あの日を思い出す行為に梅木の身体は反射的に後退するが、若園がそれを許さない。

「梅ごめん!本当にごめん!!」
「え、なに──」
「やっぱり俺、無理矢理梅の事犯しちゃった!?下手くそだった!?痛かった!?」

くうっ、と泣くのを我慢するような唐突の謎の謝罪と追求に、梅木の意識は一旦宇宙に飛んだ。

「・・・はっ!え、え?何の話?」
「俺がセックス下手でひどい男だから付き合ってらんないってこと!?あああ〜っ、やっぱり!だって何もなかったって梅が言う時顔赤かったもん!絶対何かあった、てかされちゃったんでしょ!?ごめん、ほんとごめん!でも俺の記憶がしっかりある時にリベンジさせてよ!!だから別れるなんて言わないで!!」
「待て待て待て。え、怖。おちついてよ」

話の中身はわからないが、人気のない場所とは言え大声で話す内容ではないと言うのは梅木にもわかる。
咄嗟に手を引き抜いて若園を奥に押しやった。周辺からは相変わらず人の気配も話し声もなく、とりあえずホッと一息つく。
物言いたげな目を寄越してくる若園を片手で制して、梅木は若園の発言の内容を思い出してまとめに入る。セックス云々はサッパリわからないが、何かが噛み合ってない。

「別れるって・・・え、俺達付き合ってるの?てか付き合うって話覚えてんの?」
「え?当たり前じゃん。その後の事は覚えてないけど・・・」
「その後って、それこそマジで何も無いよ。お前朝まで爆睡コースだったよ」
「あ、そなの?」
「・・・・・・」

自分の度が過ぎた勘違いにハハッと気まずそうに笑う若園に対し、梅木も自分が早とちりしていた事にようやく気付き、目尻がじわりと潤んでしまう。

「・・・俺、てっきり告ってくれた事も覚えてないのかと思った。ってか、あれ自体冗談とか嘘だとか、そんなやつだったのかと」
「ええっ、ちゃんとじっちゃんに誓ったのに!?ああ、でもよそよそしかった原因ってそういう事かぁ・・・」
「付き合ってるでいいの、俺達」
「いいよ!いいでしょ!いいに決まってる!!」

ワーッと叫んだ若園が梅木に抱き付いた。
今度は若園が寝落ちてもなければ、梅宮の両手が塞がってることもない。そろそろと持ち上げた両手を若園の背中に回せば、それ以上に強く抱き返された。抗議をしたくても、勘違いからの不躾な行動を思えば反論の余地もないし、何より素直に嬉しい。
しかし若園の腕の中で、梅木ははたと思い出す。

「・・・さっき言ってたセックスってなに」
「えっ」
「若の中ではした事になってんの?まさかあの日ワンチャン狙ってたの?」
「・・・え〜〜〜っと」

返す言葉に詰まった若園の目線が泳ぐのを梅木は見逃さず、身の危険を感じてそろりと胸を押して再び距離を取り出した。若園が情けない声を出して手を伸ばすが、今度抱き締めるのは自分自身だ。
若園の事はもちろん好きだが、それはそれ、これはこれ。心の準備も身体の準備も出来ていないし、お互いの役割だって未確認だ。
告白してくれた時は飲酒に感謝すらしたというのに。

明らかに「やべぇ」と顔に書いてある若園に、梅木は綺麗に微笑み返した。


「酔い潰れてくれてありがとう」




おわり。



ギャグです。

小話 166:2022/02/14

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