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独占欲が爆発してしまった。

友達の輪の中で喋ってる達也の腕をとって、有無を言わさず拐うようにその場を後にし、帰路に着く途中で良輔は我に返った。
なんと言う子供じみた行動!
なんと言う迷惑行動!!
頭が冷えるとズンズン進んでいた歩みも止まり、掴んだままだった達也の腕も力なく手離し、後悔の念がズーンと重くのし掛かってくる。重い肩越しに恐る恐る振り返った先の達也は、良輔の突飛な行動にぽかんとしたままだった。無理もない。突然の人拐いに加え、今までの良輔は達也に全く興味が無くて、そしてそれは達也本人が一番身を持って知っているからだ。そんな達也の表情を見てさらに、良輔は血の気が引いていく。

「良輔君・・・?」
「あ、あ〜。ごめん、話してたのに、割り込んで、何か俺すげぇ感じ悪かったし、腕もごめん・・・何か・・・いや、ほんと・・・マジでごめん・・・」

テンパりながら話しつつ、しかし自分の行動理由にうまく説明が出来ない良輔は徐々に小さくしょげていくしかない。その姿を目の当たりにしてようやく、達也は呆けてた表情を引き締め両手を顔の前で振った。

「大丈夫だよ。ビックリしたけど、全然大丈夫だから。皆も俺が良輔君と一緒に帰るの知ってたし」

え、知ってんの?と一瞬良輔の眉間にシワがよったが、今は知られていることを責める立場にはない。人前であんな行動を堂々ととってしまった自分に非があるのだ。

二人が周囲に内緒で付き合いはじめたのは一ヶ月前のことだ。

それより少し前から自分の友人と、同学年だと言う認識しかない達也(当時は名前も知らない)が仲良さげに話をしている光景を目にすることが多いとは気付いていた。そして皆一様に「何か急に声かけられちゃって」「話せば良いやつだった」と、今まで関わりは一切無かったのに突然話し掛けられて仲良くなったと似た感想を話すのだから、良輔も「そーなんだー」と聞くだけ聞いて、それで終わり。彼とは接点もなく、関わりが必要でもなく、向こうもまさか自分にまで交友関係を広げてくるとは思っていなかったからだ。
しかし友達が視界に入れば必然的に達也が側にいる頻度も上がり、目が合うと会釈されたり笑みを返されたり、話し掛けられた事はないけど、その都度良輔もぎこちなく笑ったりペコリと頭を下げて通り過ぎたりして、ようやく「なんか常にいる気がする」と頭の片隅に存在を置き出した辺りで事は起こった。

珍しく、良輔君、と下の名前で君付けまでされて呼ばれたので、足を止めて振り向いてしまったら、彼がいた。そして
「好きなんだ、付き合ってほしい」
と告白されたのだ。まさか人生初の告白が男からだとは思わなくてしばし呆けてしまったが、その隙に達也はどんどん畳み掛けてくる。

「俺のこと知らないと思うけど、それはこれから知ってほしい」
「俺のこと知らないまま振られるのは悲しいな」
「今誰かと付き合う気とか無かったら、暇潰しでも良いから付き合って欲しい」
「一緒にいたり遊んだりするの、すごく楽しいと思うんだ」

と口を挟む暇もなく攻撃ならぬ口撃を浴びせまくり、ちゃっかり手なんか握ったりして、そのくせこちらに悪意はないんだと言わんばかりの人好きのする笑顔を浮かべて、後に良輔は(詐欺師の手口だ)と強く思ったが、その時はもう
「あ、はい」
と返すのがやっとだったのだ。
圧が、勢いが、空気が断るという判断を与えなかったのだ。

そんなもんで、付き合い始めて一ヶ月。
思春期な良輔たっての願いでお付き合いは内密に、しかし何の進展もなくゆっくりと進んでいた。




「あの、でもどうしたの?」
「いや、だって。お前がいつものとこに来ないから・・・」

達也と良輔が付き合うようになって、まず「お互いを知ろう」と言う提案をされて、放課後は一緒に帰ることになった。お互いに別々だが運動部に所属してるので都合は合う。学校の最寄り駅で同じ方向の電車に乗って先に良輔が降りるまで。その間に他愛の無い会話を主に達也が良輔にふるのがお決まりだ。「妹がませてきて生意気なんだよね」とか「部活で次の部長候補になっちゃって」というのにも、良輔は「へー」だの「ふーん」だの、達也がまだ赤の他人だった頃のような返事しか出来なかった。何せ最近まで本当に興味もない他人で、達也のことを知ったところで長く付き合える気は無かったからだ。
それでも達也は花に水を与えるかのように話題を変えては楽しそうに良輔に話しかけるので、突っぱねるわけにもいかない宙ぶらりんな毎日を今のところ送っている。

そして今日、先ほどのことだ。
部活終わりに内緒の待ち合わせ場所となっている廃部となった水泳部の更衣室裏で、ひっそりと良輔は達也を待っていた。
待ちながら、一ヶ月も付き合っている自分にげんなりしつつ、だからと言って無下には出来ない達也のことを考える。
部活終わりの夜道、車道側を歩くのはいつも達也で、帰宅ラッシュからカバーしてくれるのも達也だ。強豪サッカー部に所属しているのに疲れた顔は見せないで、自分に向けて一生懸命話し掛けてくる。

(悪いやつではないんだよなぁ)

だからって好きでもないけど。と、後に続く。
強引に付き合い出したが、それを除けばどちらかと言えばペースは良輔寄りだし、無理を強いることもなく、スキンシップを図ってくることもない。
なぜ自分が好きなのか聞いてみたい気はするが、ナルシストみたいだしバカップルみたいだしで恥ずかしくて聞けずじまいだ。それに聞いたところできっと「へー」しか言えないだろうし、これから別れるかもしれないので知る必要すらないかもしれない。達也は自分のことを知って欲しいと言っていたけど。

(考えるのめんどくさいなぁ)

はぁ、と溜め息をつくと、息が白いのに気が付いた。
そういえば達也が遅い。
スマホで時刻を確認すれば、大体の待ち合わせ時間を30分も過ぎていた。運動部の切り上げ時間はどの部も一斉なので長引く事はない。それに部室棟でサッカー部が着替えに行くのを見たし、サッカーコートのライトも既に落ちてある。

『遅れる?』

連絡をいれたがしばらく経っても返事もなければ既読もつかない。お互いが待ち合わせ時間に遅れることはあれど、こんなに時間が経つことはないし、だとしても達也なら連絡一つ、いや二つ三つはいれるはずだ。

「うーん」

ただじっと待っているのも寒いし、そっちに行くと連絡を入れて部室棟に向かった。
既に人気は薄いが、いまだチラホラと制服姿の生徒とは擦れ違う。果たして達也はいるのか。入れ違いにでもなったら帰ろうと思いつつ運動部の方へ向かうと、そこには人の塊が出来ていた。鞄を持った制服姿ではあるものの、男女複数人で楽しそうに盛り上がり、帰る気配は窺えない。そしてその中心に、良輔の目的の人物も輪に交じって談笑していた。
思わず曲がり角に隠れてしまう。
声を掛けづらい上に、あの賑やかな軍団にじろじろ見られたり関係性を尋ねられたら嫌すぎる。
良輔はさらにこっそり様子を覗き見た。
達也は男女共に人気が高い。無駄に顔面偏差値も愛想の良さもテンションも高いので、自然と人が集まり中心の人物となってしまう。自分なんかに好意を寄せてるからと良輔は忘れがちになるが、本来達也ならああいう人種達に囲まれて、それに似合った人と付き合うべきなのだ。
達也の鞄が廊下に起きっぱなしなのが目に入った。おそらくスマホはあの中で、良輔の連絡には気付いていないのだろう。
もう帰ろう。今日はもういいだろう。付き合ってるからって律儀に毎日一緒に帰らなくていいし、友達と帰るのだって大切なことだし。
そう自身を納得させて音を立てないように踵を返そうとした時、一際大きな声で女生徒が笑った。

「も〜、やめてよ達也〜」

甘ったるい声を出しながら、達也を軽く叩いたと思ったら、そのまま腕に両手を絡めて身体をくっつけた。周りもそれを茶化したり注意したりせずに、そして達也自信もそれを気にせず受け入れて、皆楽しげに会話を続けている。
は〜陽キャクオリティーすげぇ〜。俺達手も繋いだことないのに〜。なんて、女子とあんなにくっつくのなんてまず無理な良輔が呆気にとられていると、達也は彼女をそのままに隣の男子の肩になだれかかってふざけあっていた。

それを見てとった良輔の行動は、本当に衝動的だった。しかし冷静になった今、あの光景を思い出すとよく解る。
これは、あれだ。
ヤキモチだ。
感情の名前に気付いてしまうと、か〜っと耳まで茹で上がるのがわかった。
渋々、嫌々付き合って、今の今まで彼の話はほぼ右から左だったのに、急に誰かが彼に触れて、彼も誰かに触れるとなると、独占欲が爆発してしまったのだ。

(いや俺我が儘かよ)

幼稚園の時、自分の母親がよその園児と仲良さげに話している姿を見て嫉妬したのを覚えている。
そんな羞恥ととってしまった行動への後悔で良輔はもう消えてしまいたいと両手で顔を覆い隠して達也に詫びた。

「一応付き合ってるからって、友達関係にまで首突っ込んでいいわけじゃなかった。っていうか大人しく待っとけって話だよな。ほんとごめん」
「ううん。俺が待ち合わせ遅れたのが悪かったんだから」
「いや〜。俺は懐の広い男でありたいんだよ〜」
「良輔君・・・」

よしよしと頭を撫でても、今の良輔は何の抵抗も見せず大人しくうつ向いたままだ。達也は眉を下げて遠慮がちに笑うしかない。



──なんて、良輔に困ったポーズを見せている達也だが、自分は良輔の交友関係に首を突っ込みまくっている。
同じ部活の同学年に良輔と同じ中学出身だったやつがいると知れば、言葉巧みに卒業アルバムを持ってこさせて舐めるように見尽くしたし、コミュ力を駆使して周りの人間に近付いてはそこから良輔の様子を観察したり、さりげなく話題にして見聞きした「押しに弱い」「流されやすい」「情に脆い」というウィークポイントを探ってみたり、色々と近辺を調査していた。彼に一番に話し掛けに行ったところで、先に「友達」というカテゴリーに収まってしまうと先に進む障害に成り得ると思ったからだ。
そしてそれは結果として吉と出て、自分の話術と顔と性格も全て幸いしてこじつけのお付き合いにありつけたのだ。

(よくて三ヶ月位だと思ってたけど、一ヶ月は思ったより早かったなぁ)

鞄の中で震えているスマホに後ろ髪をひかれつつ、友達に掴まった不幸を利用した甲斐があったものだ。良輔は器量の狭さを嘆いているが、ヤキモチという感情まで結び付けたのは上出来である。
長期戦を覚悟していた達也は良輔の後ろでニヤリと笑った。



おわり



「計画通り(ニヤリ)」です。


小話 165:2022/01/28

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