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※「28」の続編






新調したオルテガ柄のこたつ布団に潜り込み、バラエティー特番をBGM程度にかけながら大貴はスマホをいじったり、香澄は年賀状を書いたりと各々好きなように同じ時間を過ごしていた。
先に飽きたのは大貴の方で、スマホから特に気になる話題もニュースもなければ、テレビを適当にザッピングして、一周したところで面白いものが見つからずに元のバラエティーに結局落ち着く。頬杖を付きながら若者支持率ナンバーワンと言う肩書きのコンビのネタを眺めるが、早口とハイテンションだけで何が面白いのかさっぱり解らずあくびが出てしまう。
そのまま視線を横に流した。
背中を丸めてせっせと年賀状を書いている香澄を見ている方がよっぽど面白いので遠慮なく眺めるが、香澄の左手薬指、いまだ空白。
その指を見る度に、大貴はがくりと肩を落とす。

「どうしたの。肩凝ってる?」

ふと顔を上げた香澄がペンを握ったままこちらを見たので、大貴は何でもないと笑って視線を落とした。ペンを持つ指の方には、香澄が磨いたり眺めたりと一時紛失した時はあったものの大事にしている指輪が、もう三年鎮座している。
三年。三年なぁ。
しみじみと時の流れを感じている大貴に「そう?」とだけ返して再び年賀状書きに勤しむ香澄は、その内容を見られていても特に隠すことはない。たまに大胆になるが、大貴を前にしたらどちらかと言えば恥ずかしがりで遠慮がちだった性格が今やすっかりリラックスしてオープンでいられるのは、大貴が時間をかけて甘やかし解してきた賜物だ。

「俺の中で年賀状文化なんてとうの昔に廃れたわ」
「まぁ俺もじーちゃんばーちゃんと、仲良かった中学の担任くらいだけどね。あとは何となくダラダラ続いちゃってる感じ」
「ふーん」
「あと大貴にもね」

ひひっと笑ってペラリと見せてきたのはまだメッセージも宛名も未記入の干支のイラストが印刷された年賀状だ。香澄が大貴へ年賀状を送るのは、もはや恒例となっている。
今でも覚えている付き合いたての年始、郵便受けに入っていた香澄からの年賀状には確かに驚いたが、笑えたし、嬉しくて、すぐに香澄がバイトしているコンビニへバイクを飛ばした程には愛しさが込み上げたものだ。それは勿論、仕事の書類や明細より厳重にファイリングして、綺麗にしまってある。大貴の秘密の宝物はどうやらまだ増えるらしく、隠しきれない嬉しさに口元がにやついてしまう。

「一緒に住んでんのに、まだくれんだ?」

大貴の住むマンションで同棲を始めたのは今年の春だ。
香澄の就活が始まった時期から大貴は提案していたのだが、香澄が在学中の身分なら経済的に大貴におんぶにだっこになるは目に見えているのでそれを嫌がり、喧嘩や距離が空いてしまった時期があったものの、無事に地元での就職を決めて大学も卒業したので、晴れて香澄は大貴の元へ飛び込んだのだ。

「へへへ。貰えたら嬉しくない?」
「嬉しい」
「でしょ。そんで年賀切手が当たったらもっと嬉しいよ」

そう言って、香澄はスマホからアドレス帳を開いて年賀状へ住所を書き写しだす。細いが綺麗な香澄の字は、育ちを表しているようで大貴は好きだ。その字が自分の名前を書いてくれたのも、年賀状を貰った当初は度々眺めて一人悦に入っていたものだ。そして切手は別にいらないけど。とは思ったが、香澄が年賀切手に価値を感じているのなら大貴はそれを尊重するし、いちいち年賀状の当選番号を確認しなかったことは非難されそうなので言わないことにする。

「そんじゃ、俺も香澄に書こうかな」
「え、なにそれ嬉しい!」

ぱっと顔を上げた香澄が破顔する。
ぐぅっ、と大貴の胸がつまった。三年も付き合っているが、香澄の喜ぶ顔が一番好きで、いまだに柄にもなくドッと心臓が騒ぐことがある。
香澄が指輪をなくした時だって、代わりに左手の指輪を提案したら欲しいと言ってくれたし、その指輪を見つけた時にはたかが外れたように喜んでくれた。お陰で理性を保つのに必死になったが、あれはあれで香澄による大貴への気持ち大きさが見てとれたので良しとする。
しかし、困った点はそこにもある。

「もうこれだけでいい。俺はこの指輪を一生大事にする」

落ち着きを取り戻した香澄が自分の右手ごとうっとりと指輪に頬擦りしながら話した台詞は、大貴の一歩を踏みとどまらせている。
そしてその台詞通り、誕生日や記念日に大貴から贈り物を貰っても、たった一度失くしたことがあると言う事実をうまく消化しきれないでいる香澄は感謝し喜びはするものの、恐縮しあまり手をつけずに大事にしまうようになってしまった。

もし、左手の薬指に指輪を贈っても、今の香澄は手放しで喜べないだろう。

それが大貴のネックとなって、いまだに香澄へそれを贈れずにいる。
いいから黙ってはめておけと言えば、香澄はそうしてくれるだろう。けれど、それじゃダメなのだ。過去に付き合った女には勿論、誰にだって贈ったことのない唯一無二の贈り物だ。脅すように強制したり、説き伏せてつけて貰うような真似はしたくない。
香澄が自分を選んで、香澄から欲しがって欲しい。

「同じ住所に年賀状出すって初めてだ。あ、これから大貴に書くからこっち見ないでね」

さすがに本人には見せたくないようで、左手で年賀状を囲うように隠す仕草をして見せた香澄が、悪戯っぽく笑った。しかしペンを走らせなかったのは、壁として作っていた左手を大貴に握られたからだ。これでは隠しようがない。

「こ〜ら〜。どしたの。暇なの?」

テレビを見れば、いつの間にかネタ見せ番組は終わっていて報道番組に移っていた。おまけに大貴はテレビではなく自分をしっかり凝視しているので、顔込みで惚れてる手前なんだかじわじわと恥ずかしくなってくる。

「なあ、香澄」
「うん?」
「結婚しよう」

息が止まった。
じわ、と鼻の頭に汗をかく。

結婚なんて、今の日本国においては無理な話だ。でもそれは、紙面や形式的な話ではなく、それほどの心持ちで告げていると言う事は香澄には解る。
大貴がこの手の冗談を言わないことも知ってるし、見た目に反して恋愛に関しては嫌と言うほど自身を甘やかしてくれる事だって、身をもって知っている。

「俺は香澄と結婚したい」
「う、うん・・・」
「悪い、香澄。香澄の言葉でちゃんと聞きたい」

香澄の左手を両手で祈るように握る大貴は、ぎゅう、と目を瞑りその言葉を待っている。
大貴が何かを欲しがるなんて、滅多にない。言葉は少なくて、少し強引だけど、側にいて心地いい。自分のダメなところはカバーして、ちゃんと話を聞いて向き合ってくれる。
大貴が欲しがるものはいつも、香澄だ。

「あ、えっと、」

握ったままだったペンを放って、大貴の手に右手を重ねた香澄が、少し震えて口を開く。

「・・・する。大貴と、結婚する。ずっと一緒にいる」

目を開けた大貴は、しばらく視線を落としたままだったが、ようやく上げた先の香澄が首まで赤くして頷いたので、こたつから飛び出して香澄を抱き締めた。勢いで香澄が倒れたが、文句を言う事なく、それどころか大貴を抱き締め返した。

「言ったな。離婚はなしだぞ」
「うん」
「絶対だからな」
「うん!」

至近距離の耳元で念押ししてくるのがおかしくて可愛くて、こんな大貴を知っているのは自分だけなのだと思えば至極愛おしい。
大貴の耳にキスで触れれば、すかさず噛みつくようなキスを返される。

「年が明けたら、ここの、選びに行こうぜ」

するりと左手の薬指を撫でるのを、香澄は繭に包まれたような気持ちで受け入れた。





おわり



めりくり!

小話 164:2021/12/25

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