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「付き合ったらいいじゃんよ」

と、酔った勢いの彼女が指したのは、俺と祐介の二人だった。先週とは違う色の爪先が、向けられた人差し指の先端で光っている。生ビール大ジョッキ片手に、アルコールが回り目が据わっている彼女の有無を言わさぬ迫力は中々なもので、俺達二人は黙って次の動向を待つしかない。

「剛も祐介もお互いフリーなんだし、休日も一緒につるんでるし、どうせこの後もどっちかの家で二人で飲み直すんでしょ?そのまま泊まるんでしょ?もう二人がくっつけばいいじゃん。てか頼むからくっついてくれっ!!」

ダンッ、とテーブルに拳を叩きつけた彼女が切実に叫んだ。居酒屋はフライデーナイトの人混みで賑わい、それと扉は無いものの背の高い仕切りの個室仕様が幸いして俺達の話に聞き耳を立てる者も見物する者もいない。
俺と祐介は目を合わせて肩を竦めた。
俺と祐介と、酔っぱらいの彼女の芽依は幼馴染みで、保育園から今に至る大学生までずっと付き合いがある。芽依の高校時代からの彼氏が、幼馴染みとはいえ男二人とのたまの飲み会に快く送り出してくれるくらいには、男女の壁もなく身内のように仲がいい。

「もうさ〜、私は嫌なんだよ。友達にあんたら二人を紹介してくれくれくれくれば〜〜っかり言われて!あんた達いっつも返事はノーだし!その断りを友達に告げる私の身にもなってよ!あんた達がくっついて付き合って公言してくれれば私は救われる!救ってくれ!私を救ってくれぇっ!!えーーーん!!!」

机に突っ伏した芽依を刺激しないよう、祐介に目配せして彼女の彼氏にヘルプの連絡を入れてもらう。酔った芽依を俺達で送り届けるのはよくあることだが、今日はその俺達にお怒りのようなので一緒にいるのは避けた方がいいだろう。幸い、彼氏とはすぐ連絡がつき、迎えに行くとの返信が来た。一時間以内には来てくれるはず。テーブルの下で祐介が見せてくれたメッセージのやり取りを確認して、隣り合って座っていた俺達は堀座卓から足を引き上げて正座する。こういう時はまず、ポーズからだ。

「えーっと、とりあえず、迷惑かけてたのは悪かった」
「すんません」
俺が頭を下げると祐介も頭を下げる。

「でもだからって俺達が付き合うとか無くない?気が合うからよくつるんでるけど、それだけだし」
隣でウンウンと祐介も頷く。
そうだよなぁ、俺達そうだよなぁって俺も頷いてみせると、腕から少し顔を上げた芽依の目がギラリと光った。水面から陸上の獲物を狙うワニみたいでビビってしまったが、隣の祐介も背筋をシャンとして固まっている。
そしてゆらりと長い髪を揺らして上体を起こすものだから、俺達はちょっと肩を寄せて身構えた。

「お互い好きあってんのに何いってんの?」

酒で酔いがまわり、トロンとした目と少し赤くなった顔で、心底解らないとでも言うように身を乗り出して俺達に詰め寄る芽依は俺と祐介が揃って目を丸くした事で更に目を丸くした。

「え、えぇ!?私にバレてないと思ってたの?まさかお互い気付いてないの?マジ?マ??なぁにが“僕達そんなんじゃないんですぅ”だよ!ウケる!」
「そんな風に言ってないし」

不貞腐れたように祐介が唇を尖らせて言い返すと、芽依は祐介の檸檬酎ハイが残るグラスを奪って飲み干した。さすがに止めようと思ったのは祐介も同じらしく、同じタイミングで芽依に伸ばした手が触れてしまって、二人して慌てて引っ込める。それを白けてみていた芽依は更に俺達に追撃してくるからどうしようもない。

「ってゆーか中学生ん時、私に初めて彼氏が出来た時の反応は“ふーん”だったのに、あんたら片っぽが誰かにコクられただけでキョドりまくって私に真相確かめに行かせたじゃん。バレンタインも一人じゃ渡せないからお互い私と共同名義で渡してたし、言わなかったけど誕プレもお互いすごい前から私に相談してきてるんだからね。お互いしか眼中にないから周りの子があんたらにきゃあきゃあしてんの気付かないんでしょ。私、これでもあんた達に渡して欲しい手紙とかプレゼントとか裏で断りもしてたんだよ。幼馴染みだから調子乗んなって言われたこともあるけど・・・それはまぁ、私喧嘩で負けたこと無いし黙らせてきたから別にいいんだけど・・・」

話の終わりにグズッ、と芽依が鼻を啜った。
前半と後半の言葉の高低差に驚いてしまった俺の横で、祐介は芽依の頭を優しく撫でる。こういう時、そんな行動がすぐに出来るのは祐介のいいところだ。

「ごめんね、芽依。俺、そういうの全然知らなくて──」
「うるせーっ!謝罪するくらいならとっとと付き合え!文句言うやつは私が黙らす!そんで結婚式に私を呼べ!スピーチも勿論私だ!どっちがボトムかトップかは興味ないけど出来れば聞かせろ!!あんた達なら大丈夫!!」
「さすがに黙ろうか!!!」

話の内容が下っぽくなったところを大声で制す。
この手の話にうぶな祐介が芽依の頭を撫でていた姿のまま固まってしまったので、引き離してそろりと顔を窺うと、もう俺と目があっただけで赤面しすぎて茹で上がりそうになっていた。
てか、そういう反応をするって事は、本当にそういう事なのか?
芽依の過去の発言に疑っていた訳じゃないけど真実味が増して、一瞬で、じわ、と耳まで熱が籠るのが解った。

「私は剛と祐介が幸せになるなら、剛と祐介で幸せになって欲しいよぉ・・・!推しの幸せが私の幸せなんだよぉ〜!!三人で幸せになろうよ〜〜ぅ!!」

そうしてまた芽依はテーブルに突っ伏した。
いや、お前は彼氏と幸せになれよ、とは俺達の行く末を心配してくれている幼馴染みには言えなかった。それに、芽依があの彼氏と結婚でもすれば俺と祐介だって心から祝福するし、とても嬉しいだろう。お転婆を通り越して破天荒な芽依に振り回される事は多かったけど、大事な幼馴染みというのは変わらない。
そんな彼女が俺達の事で悩み泣いてるのなら、ここはもう男をみせるしかないと、俺はうつ向いてしまった祐介の肩に手を置いて無理矢理正面を向かせ、咳払いをひとつした。

「祐介、あのさ」
「う、はい」
「・・・ここまで言われたからもう嘘もつかないし誤魔化さないけど、俺、祐介が好きだよ。これからも一緒にいたい。ちゃんと恋人って形で付き合って欲しい」

俺から赤い顔を少しそらしていた祐介は、目を見開いて、ぎゅうっと閉じたかと思うと、次に開いた目にはうっすら涙がたまっていた。小さく開いた唇は貸すかに震えていたが、一度食い縛ると意を決したようにコクンと頷いた。

「・・・うん。俺も剛のこと好きだから、嬉しい」

ドバッ、とアドレナリンが放出されたのが解った。反射的に祐介を抱き締めると、お互いの身体が激しい心音で震えているのに気付く。
うわ、なんだこれ、なんだこれ。

「あ、あの祐介、俺ずっと前から──」
「私の前でイチャつくんじゃないっ!二人きりのときにやれっ!」

パン、とテーブルを叩いた芽依が、見えないとこでやれと怒声を上げた。芽依の声で祐介が俺の腕の中から瞬時に離れたのとほぼ同時に、芽依の彼氏から店に着いたと連絡がきた。

「じゃあ、私は帰る。あとは二人で仲良くね。末長〜く」

そう言うと、芽依はあれだけ飲んだのに足取りはスタスタと至って平常で、底無しの気配に俺と祐介は目を細めて見送った。
バイバイ、と手を振った芽依はすごく晴れやかな顔をしていた。



そして、残された俺達二人。

「えっと、俺達もそろそろ帰ろうか」
「・・・うん」
「今日、俺んち泊まる、よね?あ、ああいや!そんないきなりナニしようとか無いから!今まで通り、普通に、なっ!?」

芽依の言った通り、飲み会が終われば俺の家で祐介と過ごすはずだったけど、幼馴染み兼恋人になったので妙に気恥ずかしい。俺のテンパり具合も墓穴を掘ってるのと同じだけど、祐介のペースに合わせるつもりだから、そういうイベントはもっと先々で構わないし、とかなんとか思ってる俺の手を、祐介がそっと重ねて握った。

「剛」
「はいっ!」
「これからも、末長くよろしく」

照れくさそうに、嬉しそうに、物静かな祐介らしい控えめな言葉に対し、俺は感極まって居酒屋店員に負けないくらいの大声で「はい!よろこんでぇっ!」なんて返事を返してしまった。
この場に芽依がいなくて良かったと心底思った。



おわり



その後芽依ちゃんは祐介君に「祐介一生童貞決定だねおめでと〜」って言っちゃう。

小話 162:2021/12/12

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