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幼稚園が一緒だった。
送迎バスでも隅っこで、教室でも隅っこで、外でも隅っこで、いつも俺が手を引いて連れ回っていた。引っ込み思案で泣き虫で、女の子みたいな顔してたから周りのやつらにオカマだってからかわれてまた泣いて、その度に俺は慰めて。
その日も幼稚園の砂場で、二人で黙々と城を築いていたんだけど、もう卒園はすぐそこだった。

「ゆうり、いっつも泣いてばっかで小学生になったらどうするの」
「ちーくんと一緒にいる」
「おれとゆうり、小学校ちがうよ」
「うそ・・・。なんでそんなこと言うの」
「うそじゃないよ。おかあさんが言ってたもん」
「えぇぇ、うそぉぉぉ」

わぁぁぁんっと泣いたゆうりに先生が慌てて駆け寄ってきたので事情を説明したら、先生も難しい顔をしてなんとかゆうりを宥めてた。それでもゆうりはグズグズしてたから、俺はゆうりにひとつの提案をしたんだ。

「ゆうりが泣かないでカッコいい大人になったら、おれすごくゆうりのこと好きになるよ」

その時はただ、ゆうりは俺にベッタリだったから、好かれたい一心で泣き止むだろうなっていう単純な考えだった。先生も「あら!よかったわねー!」ってけしかけて、えぐえぐ泣いてたゆうりも最終的にはコクンと頷いた。

「じゃあ、泣かない。小学生になっても、泣かない」

まだヒクヒクと肩で小さく泣いていたけど、俺と先生は泣き止もうとしているゆうりを前に、硬く熱い握手を交わしたものだった。



「千景の通う高校、ゆうり君も合格したんだって」

母親からそれを聞いたのは、志望校に無事合格して入学待ちをしていた一週間前。どうやら母親同士はメールのやり取りを密にしていたようだ。
俺はといえば、小学生に上がってから何度かゆうりに手紙を送ったが返事はゼロ。なんだあいつ、俺と仲良しだったのに。でも他に友達が出来て、楽しくやってるならまぁいっか。寂しいけど。って、ちょっと不貞腐れた時期があったくらいで、自分は自分で楽しく過ごし、すっかり音信不通になっていた。だから母親も、実は親同士繋がってるとは言いにくかったらしい。


・・・受験とか説明会の時は全然気付かなかったなぁ、なんてキョロキョロしている間に終わった入学式。
ゾロゾロと体育館から教室に不揃いな列で戻っていると、ソイツは突然現れた。

「ちーくん!」

昔の呼び名に足が止まった。
誰だ?なんて、問わなくてもわかる。振り返れば、そう、懐かしの────いや誰っ!?
俺は戦慄した。
俺より背が高くて、なんか思いっきり黒染めしましたっていう不自然な襟足の長い黒髪に細い眉。耳にピアスはないものの、穴がすごい。すっげぇ穴をガン見してたら、そいつは顔を赤くして苦笑いしながら髪の毛で耳を隠した。

「ちーくん、久しぶり」

笑みを柔らかくしたら長いまつげが影をさす。見覚えのあるような顔は、俺を再び「ちーくん」と呼ぶソイツは、まさに泣き虫ゆうり──悠里だった。

「え、ゆ、ゆう、悠里!」
「うんうん、そう!悠里!良かったぁ、会えて」

お前すごい変わったな、何て言うか、昔の面影一切無しで、ちょっと、いやかなりビビった。そりゃ見つけきれないはずだ。
なんて発するのも恐れ多いくらいで、俺は呆然と変わり果てた悠里をハクハクと口を動かし眺めるしか出来なかった。

「あれ?悠里、誰それ」
「さっそくカツアゲ?お得意の?」

悠里ほどじゃ無いけど、既に新入生らしくない制服の着崩し方をしたヤンチャ系二人組が悠里の後ろから顔を出した。類友、という言葉がよく似合うが、今なんて言った?

「え。悠里、カツアゲしてたの?」
「し、してない!俺はしてない!お前らマジふざけんなよ!ちーくんにバカなこと言ってんじゃねぇし!」

ドン引き。と、距離をとった俺に慌てた悠里の口調が荒っぽい。ってか今の悠里と一緒にいると、俺はシメられてる様に見えるのか。昔はいじめっ子から助けてた相手なだけに、複雑。
するとその二人組は悠里からの蹴りを笑いつつも尻に受けながら、俺の顔を見てさらに笑みを深くした。

「あらら、もしかして君がちーくん?」
「ごめんて悠里。ちーくん、悠里カツアゲしてないよ、マジでマジで」

まるで俺を知ってるような口振りと気軽に求められた握手につい、こっちも手を差し出してしまう。悠里、「俺は、してない」って言ってたけど、この二人はカツアゲしてたんだろうか。俺を放っておいたくせに、えげつない交遊関係築いてんじゃねーの。

「や〜。いきなり悠里が希望校の偏差値下げたから、どうしたって聞いたら“ちーくんと同じとこに行くから”って。おかげで俺達とも学校一緒で良かったけど」
「えっ、偏差値下げた?!」
「悠里、意外と勉強出来るんだよね。身なりこんなんだけど、品行方正だし」
「もういいって!散れよお前ら!」

無理矢理お友達と俺の手を引き離して、シッシと手で払う仕草の悠里に手を振り去った二人組は笑いながら退散するが、そろそろ俺達も自分の教室に入らねばならない。ひとけの少なくなった廊下を見渡すと、悠里に肩をチョンとつつかれる。

「ちーくん、今日一緒に帰ろう?久しぶりに色々話したいし」
「ああ、うん」
「俺、7組だから放課後に、また」
「7組ぃ!?」

7組って頭の良いのが集まる特進科じゃないか。
俺の動揺に気付くことなく、身形に似つかわず、照れ照れとした笑みを浮かべて小さく手を振った悠里は長い廊下を小走りで駆けて行ってしまった。
悠里、色んな意味で、すーごく成長したんだなぁ。





体育館で再会した俺と悠里の母親同士は二人でお茶をして帰るらしいので、俺達も駅近くのファミレスに向かうことにした。
腹の空き具合から適当に注文して、先にドリンクを注ぎに行こうとすれば、悠里が「行ってくるから、座ってていいよ」とスマートに行動したのでまた驚いた。カルガモの親子みたく、あんなに俺の後ろを引っ付いて歩いていたのに。子供の成長に俺はいたく感動してしまった。

「マジで悠里、変わったよな。呼び止めらんないと解んなかったわ」
「そうかなあ。俺はちーくん、すぐ解ったけど」

ドリンクを受け取りながらそう言えば、席に着いた悠里は頬を掻きながら笑った。悠里の一人称、昔は「ぼく」だったのに。
それから話を聞くと、悠里は卒園後、両親に強くなりたいと話したところ、二人はたいそう喜んでスポーツを勧めたそうだ。地元のスポーツ団の中から悠里が選んだのはサッカーで、俺の幼稚園の時のお道具袋が青色のサッカー日本代表のエンブレムだったから、らしい。すまない、悠里。俺はただ男は青って感じで選んだだけで特にサッカーが好きなわけでは──なんて絶対言えない。
とにかく6年間所属して、スポーツ特有の上下関係やトレーニングのおかげで心身ともに成長できたと思った矢先、進学した中学に俺はいなかった。
これに悠里はおおいに衝撃を受けて、いわく中学の約3年間は
「ちょっと荒れちゃった」
ようだ。ちょっとか。そうか。ちょっとで良かったな。
そして進路を決める中三の夏、母親から俺の母経由で俺の希望校を聞いたらしい。

「二人共ちゃんと合格出来て良かったよね。すれ違いになっちゃったら、もう・・・ねえ?」
「・・・そうね」

すれ違っちゃってたら、悠里は大荒れにでもなったんだろうか。そもそも今の見た目で充分アレだから、これ以上どうかなってしまってたらと考えると、ここで出会えて本当に良かった。
俺がげんなりしつつも賛同すると、悠里はペカーッとまぶしい程の笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。悠里の友達が偏差値下げたって言ってたけど、悠里って元の第一志望ってどこだったの?」
「んーっと、A高・・・」
「げえっ!県一じゃん!お前、わざわざ俺に会う為に・・・」
「うーん、自分の為でもあるよ。もうどうせなら日本一の大学でも入って起業して社長になってからちーくん迎えに行こうと思ったけど、我慢できなくて高校同じにしちゃったから」

む、迎えに。
悠里にとって俺との再会は、そんな一大イベントと言うか、人生の目標になっていたのか。
県内でA高と言えば、エリート街道への登竜門だ。そこからいい大学へいって、企業して社長とは、なくもない未来像である。

「うっ・・・。なんか、親御さんに申し訳ない・・・悠里にたくさん投資も援助もしただろうし」
「いやー、親はむしろ、俺がちーくんと触れ合って、また昔みたいに落ち着けばいいのにって言ってる」
「う、うーん?」

エリートヤンキー爆誕。
おかしな単語が頭を過る。そりゃあ品行は方正の方がいいかもだけど、果たして特進コースと言えどネームバリューのある高校を蹴ってまで入る高校だったのか。自分は悠里のヒーローだったかも知れないけど、俺は反対に小学校、中学校では一般的な成績と性格だ。俺を優先した結果、悠里の将来の邪魔になったんなら俺はとんだ足手まといだ。
ドリンクのストローを噛んで考え込んでしまった俺に、悠里は指先をモジモジさせながら小さく言った。

「小学校に入った時とか、サッカーやってた時、俺やっぱり結構泣いたから・・・それ知られたら、ちーくんに嫌われるって思って。もっとちゃんと出来てからちーくんに手紙書こうって決めてたんだ。でも中学ん時の俺はもっとダメだったから、なおさら連絡取れなくなっちゃって・・・」
「いやぁ、充分立派──」
「あのさ、ちーくん」
「ん?」
「俺のこと嫌いになった?ガッカリした?」

眉を下げておずおずと聞いてくるその顔は、まさに昔の悠里だった。
そんな昔の面影を急に引きずり出されると、こっちも強く出れなくなるから本当にずるい。

「・・・まぁ、悠里から手紙の変時がこなかったのは、結構ショックだった」
「うぅ、ごめんなさい・・・」
「でも今は逆に悠里めっちゃ努力しててスゲーって思ってる」
「・・・じゃあ、好き?」
「うん、勉強も運動も頑張ってんだから、好きにならない訳がない」

身を乗り出して頭を撫でてやると、悠里はむず痒そうに唇を噛んで両手でしきりにドリンクの水滴を撫でていた。足がぷらぷらと揺れている。

「むしろごめんな。俺が泣くなって言ったのが、悠里のこと縛り付けてたんだな」
「ううん。確かに俺、ちーくんに頼りっぱなしだったよね。小学生になってから、すげぇよくわかったし、ちーくんに好きになってもらいたかったから頑張れたし」
「そうかぁー・・・」

泣き止ませたいが為の、その場限りの言葉の為に、俺に好かれたいが為に、九年間頑張ってきた悠里は純粋にすごいと思うし、感心してしまう。

「悠里って超一途なのな」
「うん」

テーブルの上に置いていた手を、悠里が伸ばして両手で握る。

「俺、ちーくんのことマジで好き」

甘ったるく蕩けたようににっこりと笑う顔は、俺の知っている悠里とは違う雰囲気をまとっていた。

あれ、これは・・・え?

変な空気に一瞬飲まれそうになって、俺は慌てて手を引いた。

「あ、えっと。あ!番号!連絡先交換しとこうぜ。な?」
「うん!交換する!──あ」

ぱあっと顔を明るくしてスマホを取り出した悠里は、寸でのタイミングでバイブが鳴った画面を見てすぐ顔をしかめた。「あ」の声がめちゃくちゃ低かったのは気のせいだろうか。

「電話?出たら?」
「いやいい。大丈夫」

ぶち切りして、すぐにバイブがまた鳴った。

「ごめん。さっきの友達なんだけど、ちょっと、すぐ終わらせるから」
「どうぞごゆっくり」

悠里に通話を促して、俺はドリンクを飲みつつ店内を見渡した。
同じ制服の人がちらほら、親といたり、友達といたり。ああ、俺達もこれから放課後こうやってダベったりして、青春を送っていくんだなぁなんて感慨深くなってくる。

「もしもし?・・・うん。うん、そう。・・・うっぜ。は?教えねーし。来なくていーし。はぁ!?マジで来んなよ!?絶対マジで!来たらコロ──」

コロ・・・ス、だろうか。その続きは。
俺の朗らかな気持ちにぶっ込まれた悠里の台詞に盛大にむせてしまった。ゲホゲホしている俺を、サァっと顔を青くした悠里が恐る恐る見てくる。
俺の前ではいい子ぶりたいんだなぁ、そうなんだなぁ。
あえて視線をそらすと、悠里は通話の途中だったろうに即座に切って、目に見えてあたふたし始めた。

「あ、だってあいつら、これから俺達と合流したいって言うから。俺はちーくんとまだ二人でいたいし・・・っ!」
「・・・なるほどね」

悠里のお友達には悪いけど、殺され覚悟で乱入してくれないかなぁと心底思った。




おわり


小話 160:2021/11/23

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