159



※「158」の続編。






死にたいなんて思うのが、馬鹿馬鹿しくなってしまった。

海里はすっかり懐かれたコウモリを頭に三羽乗せて、館の中を徘徊していた。
昼はガッチリ戸締まりしているお陰で日光が1ミリも入ってこないので快適と言えば快適だが、当然人間生活の方が長かったの海里からすると不健康生活極まりない。勝手に身体が夜型に切り替わった気がするので、朝や昼はボーッとしてしまうのもなんだか嫌だ。海里は高齢の祖父母と暮らしていたので、元々の生活サイクルは朝にキチンと始まるタイプなのだ。
夜は無駄に元気な全ての元凶である吸血鬼──名前をグランツ──が構い倒してくるので寝る間もないし、疲れるし、今のところ有益な情報を何一つ聞き出せていないのが現状だ。グランツが海里をどれだけ愛しているかしか話していない。

(世界で一番いらない情報だわ)

海里にはもっと、人間に戻る方法や自分みたいな人間から吸血鬼になった存在の有無など、知りたいことは山ほどあると言うのに。
チラリと、カーテンの端を捲ってみる。
眩しい光が差し込んできて、見るのも嫌だと顔を背けた。代わりにコウモリがカーテンを閉めてくれたが、何をしているんだと頭皮をガジガジ噛んで抗議してくる。

「あだだっ。ごめんごめん、解ってるよ」

頭のコウモリを宥めるように撫で回す。慰めて欲しいのはこっちなのに。

食事は赤ワインで食い繋いでいる。それとパンをすこし噛ったり。生肉はさすがに人間の名残からして無理なので、初めての赤ワインを口にしてみれば案外口に合う。単に好みだったのか、好む体質になったのか。グビグビ飲める海里に「君に合う食事があって何よりだ」と喜んだグランツは、地下倉庫にあるものは好きなだけ飲んでいいよと、ワインセラーの鍵を海里に嬉々として握らせた。
そのグランツは今、あの寝室の天蓋付きベッドの横にマイ棺を置いて、その中でスヤスヤ眠っている。ベッドより落ち着くらしく、しょぼんとしながら「君にも早く特注で作ってあげるから待っててね」と言ってきたが、海里は謹んでお断りした。そういえば彼の食事はなんだろうと思ったが、追求するのは止しておく。
ワインの地下貯蔵庫なんて興味しかないので、海里は暇潰しを兼ねてグランツが寝ている隙にコウモリをお供に連れてさっそく向かうことにしたのだった。


「あ、此処から地下に入るの?ありがとね」

案内役で先を飛ぶコウモリが、キィキィと鳴きながら古い木の扉を翼で指した。
なんやかんやでコウモリにも懐かれていて、海里もまた、コウモリとなんとなく意志疎通が出来てしまっている。そうすると余計に文鳥が恋しくなる。グランツに頼めばペットは飼ってもいいだろうか。コウモリと相性は悪いだろうか。そういえば亀は長生きすると言うし、一緒に一生いきてくれないだろうか。
思考はたまに現実逃避してしまう。

抵抗したことも脱走を試みたことも、何度もある。あの生っ白い見た目の割にグランツは海里よりはるかに力が強く、全て上手くいくことはなかった。グランツの前で割った花瓶の破片で自身の首を切ったこともある。けれどグランツは悲しそうな顔をするだけで、すぐに再生する皮膚と乾いた血を舐めてくるだけだから、自傷行為はすぐにやめた。
吸血鬼を退治する事を生業としている人もいると言うが、それは海里的に受け付けない。他人に殺されるのは釈然としないのだ。

死ぬに死ねないこの身体、最近すっかり持て余しぎみである。

身体と言えば、大変癪だし苦痛だがグランツ曰くの求愛行動に付き合って(首を噛まれてしまえば自分も悪い気はしないと思っているのが悩みどころだが)ぐったりしていると、グランツは息も絶え絶えの海里の上下する胸を見ながらしょんぼりとして肌をなぞる。

「君の肌に吸い付いても、すぐに痕は消えちゃうね。仕方ないとは言え、これは生身の身体の方がよかったなぁ」
「あーそー・・・」
「あ、お揃いのタトゥーをいれるかい?薔薇もあしらったフォーエバーラブなんてどうだろう!」
「だっせ!!!」

さも名案だと言わんばかりのグランツの提案を、何十年前の誰のセンスだよと笑い飛ばした。あれは屋敷に来てから初めて大声で笑った出来事である。
ビジュアル系バンドみたいなのは見た目だけかと思ったが、中身も割りと古いそれみたいだと、海里は思い出し笑いしてしまう。
クツクツ笑う海里を、コウモリ達は不思議そうに見ていた。

──古い扉の鍵を開ける。
中は真っ暗だ。ワインセラーなんてそんなものか、と一歩足を踏み入れた時、部屋を想像していたら続く先は下り階段だったので、海里は盛大に足を踏み外した。捉えるはずの床がなく、あ、と思うのと同時に、ピキィ、とコウモリを雄叫びを上げた。

「おお、危なかったね」

しかし何時の間に海里のあとを追ってきたのか、背後からグランツが海里を抱き締めたので落下は無事に阻止された。ピキィ〜とコウモリが胸を撫で下ろす。

「ランプを点けよう。部屋の構造を説明していなくて悪かった」
「いや、ごめん、ありがと・・・」
「下ろすよ。足元気を付けてね」

エスコートされるように手を引かれて階段を下りると、つけられた明かりでワインセラーの全貌が露になる。ズラズラと並べられたものすごい数のワインの他に、樽やグラスも綺麗に整頓されていて、此処の持ち主はよほどのコレクターであり、愛飲家だと言うのがワイン初心者の海里にも解った。
不用意に動き回って割ったらやばい。
そう思いグランツの側に寄ると、何を思ったのか海里の肩を抱いてきたのでその手の甲を摘まんでやった。

「いたたた。君はどうにも照れ性だねぇ」
「照れ性以前の問題なんだけど──あっ?」

グランツから離れた途端に、柱に肩がぶつかってしまった。振動でワインが割れなかったか急いで確認するが、特に問題はなかったようでホッとする。海里の有り金から弁償なんて出来るはずもないので、冷や汗をかいてしまった。
ぶつけた方の肩を、グランツが触れた。
けれど今度は下心込みのそれではないと、海里にも解る。
グランツは、海里のことを大事にし過ぎる節がある。

「あのさぁ、俺だってどうせ怪我したって何とも無いんだから、そんな気にすること無いんじゃ・・・」
「おや。君は私がどれほど君を好いているか、まだ理解していないのかな」

親指で顎を掬われたので、プイと横を向く。
そんな海里の態度にもグランツは慣れたもので、今度はむりやり親指と人差し指で海里の頬を挟んで正面を向かせた。

「好きな人が傷つく姿は一秒だって見たくないよ」

赤茶色の瞳で真っ直ぐ見られては、首を噛まれてないのにじわっと体温が上がる気がする。
それに毎日嫌と言うほど海里に愛を囁いているのだから、その言葉に嘘はないのだと海里には解ってしまう。

「・・・俺はお前のこと、結構雑に扱っちゃうけど」
「あーうん、そうだね。でも私のことは全く気に病むことはないからね」
「気に病んだこともないけど」
「そうか!」

それならそれで良いと強がるようにグランツは笑うが、少し、ほんの少しだけ申し訳ないなぁとは思う。
勝手に吸血鬼にされてしまったので、本来ならば海里がグランツに罪悪感なんて抱く必要はミクロもないのだが、孤独だったところに人に優しくされるのはどうもむず痒い。
そんな海里の僅かな葛藤にも気付いてるように、グランツは海里の両肩を強く掴んで耳元で囁いた。

「願わくば、君もいつか私にそう思ってもらえたら嬉しい」

それには返す言葉がない。
海里の目が泳いだのを察して、グランツはつかんだ肩をくるりと回して貯蔵庫の中を海里に見せつけた。

「さあ。好きなだけ飲んでいいよ。海外にいる同胞からよく届くんだ。ボルドー、ブルゴーニュ、セーヌ、色んな地方も年代も揃ってるよ」

こっちはフランス、あっちはイタリアと説明しながら指をさして歩くグランツの後をついて回るが、何せ海里は飲酒デビューのハタチを迎えても余り酒類を飲んでこなかったので、イマイチよく解らない。ボジョレー・ヌーボー解禁で日本人が騒いでるのをテレビで見ていたくらいだ。

「俺は解らないから、あんたが選んで。一緒に飲もう」
「え?」
「お前らも飲むのか?」

頭のコウモリに問い掛けると、三羽ともコクコク頷いた。吸血鬼持ちのコウモリは飲酒するらしい。
昼間から酒を飲むなんて贅沢だなと笑えば、振り返った先のグランツは頭を抱えて踞っていた。

「え、どうした?」
「・・・くっ!このワインセラーはおばあ様とおじい様の趣味で作られた思い入れのある場所だから、この場で事に及ぶと言うのはさすがに良心が・・・!」
「しねぇよ馬鹿!馬鹿!!」
「しかしせっかく君からのお誘いなのに!」
「ワイン一緒に飲もうっつっただけじゃん!」

やはり罪悪感も歩み寄りも必要なし。
そう判断した海里は憤慨しながらグランツを置き去りに、貯蔵庫を一人先に後にした。



おわり


後編と言うか、続編(その後)と言うか。とりあえずここまでですありがとうございました。


小話 159:2021/11/18

小話一覧


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -