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本当に趣味が悪い。

それが雲雀の、鳩間へ対する感想だ。
バイト代は推してる女アイドルへ使い込み、休みの日も女アイドルへ使い、寝ても覚めても四六時中思考の全ては女アイドルへ使っている。
テレビやDVDでみたその子はよく言えば純情系、悪く言えば十人並み、量産型、一般人程度、無個性。悪い意見の方がポンポン出てくる辺り、雲雀は彼女が好きではないというのがよく解る。
そんな彼女へ対し、鳩間は
「初めてみた時に一発で好きになったんだよね。何が良いとかどこが好きとか、そんなの一言じゃ言えないんだけど・・・やっぱり笑顔かなぁ。それに一生懸命さが伝わってくるから応援したくなるし、トークが下手だけど周りから弄られてて愛されキャラで見てるだけで癒されるし、もう存在が神って言うか、それにSNSでよく自撮りしてるけど素っぴんも可愛いし、この世の奇跡?みたいな?あ、そうそう!この前生配信が予定時間より開始が遅れたんだけど、その理由が飼ってる猫がさ──」
・・・一言では言えないと言った通り(止まらなくなったオタクトークは割愛するが)饒舌に話すその姿は楽しそうに、揚々と、キラキラしながら語り継ぐ鳩間を思い出しただけで雲雀は胸くそ悪くて反吐を吐きそうになる。



「・・・またなんか増えてるし」

鳩間の部屋に上がった雲雀の第一声は、うんざり気味のそれだった。
壁一面アイドルのポスターやグッズで埋まっているのに、ついにそれは天井まで侵食していた。脚立もないこの部屋で、一体どうやって貼り付けたのか。

「天井はねぇだろ。天井は」
「ねー、本当、ねー。でもすごいことに気付いちゃって」
「なに?」
「一日の終わり、夜寝る前に目があって、朝起きても一番最初にも目が合うんだよ。やばくない?これすごくない?」
「・・・やべぇな」

その思考が、とは言わなかった。喧嘩をしに来たわけではないのだから。
雲雀の定位置となっているベランダ側のカーペットへ移動すれば、そこには鳩間の推しているアイドルのイラストがプリントされているクッションが我が物顔で占拠していた。

「・・・」

こめかみに青筋が浮かぶ。
鳩間がお茶をいれにコンロ台へ向かってる隙にベッドへぶん投げると、雲雀はようやく腰を下ろしてまた気付く。テレビ台にはアイドルのアクリルスタンドが衣装やポーズ違いでズラリと並んでいた。前回来た時はなかったのに。いつの間にとげんなりしつつ、一体一体裏向きにしていく雲雀は諦めない。

「ねえ、今紅茶にハマってんだけど、雲雀君も紅茶で良かった?」
「ああ。珍しいな、コーヒー好きなのに」

冷えてきた秋中盤には、ほっと一息つける温もりが嬉しい。
もはや雲雀専用になりつつある来客用のマグカップを受け取り、温かい湯気と共にベルガモットの香りがふわりと香るのに苛立ちを落ち着ける。鳩間が笑みを浮かべて紅茶を飲んでいる様子にほわっと気持ちが安らいでくる辺り、単純なもんだと雲雀は自分にも笑えてしまい穏やかに微笑んだ。

「この紅茶はアミちゃんがハマってるってやつでさぁ」
「チクショウっ!だと思ったよ!」

アミちゃんとは、言わずもがな鳩間の推しアイドルである。
鳩間の生活の半分、いや五、六、七・・・もしかすると九割を占めている女憎さに、雲雀は天を仰いで大いに嘆いた。そして天井のアミちゃんと目があって盛大に萎える。
鳩間がアイドルにハマるまでは、二人でしょっちゅう出掛けたり、この部屋で映画を見たり、他愛ない話で盛り上がっていたのにと、雲雀の心中に寂しさと苛立ちがごちゃ混ぜになって、結果完敗している現状に毎度落胆するのだ。惨めったらない。

「・・・鳩間さぁ。こういう部屋に俺を連れ込むことについて、何か思うことない?」
「え?ないよ」

スパッと切れ味鋭く一刀両断されて、ついに雲雀は崩れ落ちた。カーペットに倒れた雲雀にさすがに「大丈夫?」と鳩間は声をかけるが、返事を返す気力もない。
アイドルにハマってからの鳩間は、まさに疑似恋愛を楽しむように生き生きしている。
「可愛いアイドルを見つけてしまった」
と夢見心地で話し出してから、転がるようにアイドルオタクに成り上がって──いや、成り下がって・・・ここは一応鳩間の尊厳を主張して成り上がってと言うが、成り上がってしまってから、話す内容も、聞く音楽も、見る映像も、全部アイドルにシフトチェンジしてしまって雲雀は置いてきぼりだ。遊ぶ約束だって、ライブや遠征を優先させてしまうし、嫌われたくないから「楽しんでくれば?」としか雲雀は返せない。
しかし本音は面白くないし、つまらないし、自分を見て欲しい。

(あああっくそ、かっこわりぃ)

これは完璧なるヤキモチだと、雲雀は自覚している。そしてアイドルにヤキモチを妬くなんて馬鹿馬鹿しいとも理解している。
何だかんだで鳩間は雲雀と遊ぶ時間も、ご飯を食べに行く時間も、今日みたいに部屋に招き入れてくれる時間も割いてくれている。けれど雲雀はもっと欲しい。もっと鳩間の視線も、気持ちも、時間も、もっともっと全部欲しいのだ。
なぜなら鳩間が好きだから。

「雲雀君には包み隠さないでオープンになれるけど、普通の友達はちょっと呼べないよね、この部屋」

あと親も無理だと笑う鳩間は、自分の部屋を改めて見渡す。視界に入るもの全てアミちゃん尽くしだ。それは雲雀も同じことで、鳩間だけを目に入れていたいのに、嫌でも恋敵が目に入り込む。

「はぁ〜。やだよ俺、鳩間の部屋に鳩間が貢いでる女がいるの」
「なにその言い方。あ、アクリル裏返しになってる」

テレビ台の上のアクリルスタンドを、一体一体元に戻していく鳩間はまるで子供の小さな悪戯を咎めるくらいで怒りはしない。
くるくると表を向くアイドルにはもう、ため息しかでない。

「これが男のアイドルにハマってるとかだったらまだ良かったのに」
「なんでよ」
「勝ち目は俺にあるから」

自信満々に堂々と言い切った雲雀に呆気にとられ、鳩間は口を開けたまま呆気にとられたがジワジワと口角が上がり目尻が下がった。

「〜〜ふっ、あはははは!!」

そして爆笑。
更に口を大きく開けて笑いだす鳩間に、雲雀はふんぞり返る。
実際、雲雀はそこらの男よりカッコいいし、スカウトの実績もあるし、まあモテる。アイドルでも俳優でもモデルでも、そこそこやっていけるだろう。
一頻り笑った鳩間は目尻の涙を拭うと、身を乗り出してテーブルの向かいに座る雲雀の眉間をツンとつついた。

「そうだよ。雲雀君がダントツで一番いい男なんだから、安心して俺の彼氏やっててよ」

ふふっと笑う鳩間に、雲雀は顔を赤くしてその唇に噛みついてやろうかと思ったが、視界の隙に入ったアイドルにその気が失せる。
そう、例え自分が正式な彼氏だとしても、疑似恋愛をしている相手に、ガチ恋愛をしている鳩間の姿を見せたくないのだ。
そしてそれを知っている鳩間は雲雀の視線が泳いだ隙に、彼の思惑をあっという間にさらってしまった。紅茶の残り香が二人の間に微かに香る。

「あっ?」
「そういうの、気にしなくていいって言ってるのに」
「・・・いや、無理。鳩間のそういうの誰にも見せたくない」
「ふうん?可愛いねぇ、雲雀君は」

なぜかこういう事に関しては鳩間の方が無頓着で気にする素振りが微塵もないので、結局はアイドルより雲雀に軍配が上がっているのだろう。

「こんな僕の事、好きでいてくれてありがとう」

比べ物にはならないのに、逐一アイドルに張り合う雲雀の姿に鳩間は微笑む。
こんな醜態を晒している自覚と、その笑みに胸と言葉がつまった雲雀は改めて思う。

鳩間は本当に趣味が悪い。




終わり

小話 157:2021/11/07

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