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高校最後の夏休みに入る直前、牧瀬にコクられた。
言うだけ言って、呆けてる俺を置いて、牧瀬は「それだけだから」って言って帰ってった。
しばらくポカンとして、クラスメートに「何してんの、帰らんの?」って肩ポンされてようやく我に返って学校を出た。
そこからはうろ覚えで、流れ作業のように帰宅して飯食って風呂入って、ベッドに倒れ込む。
思い出すのは昼時の牧瀬だ。
何の予兆もなくて、思い付いたから今話すみたいな雰囲気で。

(・・・いやいないや)

それだけだからぁ?
こちとら結構重大な話を聞かされたんですけどぉ??

どっと感情がぶり返す。
え、え、牧瀬ってホモだったんだ。
とか考えてしまう自分が嫌だ。今の時代誰が誰を好きだって構わないじゃん。ホモとかレズとか好きなもん同士の関係に名前なんていちいちつけなくていいじゃんか。まあ、まさか自分が同性に好かれるなんて思いもしなかったけど。漫画の主人公みたく、ちょっとお転婆でエッチな彼女が出来るもんだと思ってたけど。
あーあ。もう牧瀬といつも通りにはなれないのかな。一年の時に仲良くなって、ずっと一緒に遊んで、勉強もして、馬鹿言って、笑いあって。そういうの、もうなくなるんだ。

(なんだよ・・・)

牧瀬が俺にコクんなかったら、上手いこと友達を継続出来たのに・・・って思った時点でまた自己嫌悪。牧瀬だって俺にコクるまでたくさん悩んだんだろうし、悩んだ結果、コクったんだろうな。想いを口にしたいほど、俺の事好きなのか。結構凄いな。俺は可愛いな〜とか思う子はそれなりにいたけど、好きです付き合ってくださいって言うほどではなかったなぁ。フラれたら恥ずいし気まずいし次の日から合わす顔ないし・・・告白なんてハイリスクハイリターンしかないじゃん。

(ああ、そっか)

だから牧瀬、終業式にコクったのか。夏休みに入るから合わせる顔なんてないもんな。クラスも部活も違うから、次に会うの二学期じゃん。でも、すごい事だよな。俺には出来ない。そもそも告白するほど人を好きになったことなんてないのかもしれないけど。

(とか考えると俺ってめっちゃ虚しいじゃん)

・・・もし、俺と付き合えてたら、牧瀬にとってはめっちゃ楽しい夏休みになるんだったんだろうに。
牧瀬、俺と夏休み何かしたいとか考えたんだろうか。勉強の追い込みの時期だけど、去年みたいに海行ったり花火見に行ったりエアコンの効いた涼しい部屋で菓子食べながら勉強したりゲームしたり、なんか色々。考えてみても、今まで通りの俺達しか浮かばないけど、付き合うってことは手を繋いでデートしてキスしてエッチじゃん。最終的には。確か牧瀬も今まで誰かと付き合ったことないって言ってたから──。

枕を抱き締めてゴロゴロしていて、そこではたと気が付いた。

え、牧瀬まさか俺とエッチしたいの?俺で童貞卒?え、じゃあ俺は童貞いつ卒業すんの?そもそも男同士って何がどうなってどうなるの?
・・・いや・・・いやいやいや、しないけど!牧瀬とエッチしないけどさぁ!って自分に言い訳しながらスマホを弄る。

男同士_セックス_やり方

安直なワードを入力して検索をかけると、「ゲイ初心者へのわかりやすい講座」「やみつきになるアナルセックス」「女の子とするより気持ちいいって本当?詳しく解説」という題目がずらずら並んだ。

あああ〜〜〜。
なんか若気の至りの好奇心のが勝っちゃいそう〜〜〜。
急いでページを戻って閲覧履歴と予測変換を削除した。万が一、誰かに見られたら恥ずかしさで死ねる。つか何で俺が抱かれる側前提なんだとやり場のない感情を枕にぶつけて壁に投げ付けたけど、寝る時には使うものだから渋々拾いに行った。何してんだ俺、マジで。

(こんなの全部牧瀬が悪い!牧瀬が!!)

ドスンと背中からベッドにダイブすると、小学生の頃からお世話になってるそれが大きく鳴いた。牧瀬には「もう小さくない?これ」と言われた俺のベッドだが、なんやかんや言いながらアイツは俺の部屋でくつろぐ時はこの上でゴロゴロしている。今になって思うけど、アイツどんな気持ちで俺のベッド使ってやがったんだ。

(いや、つーか、もう!)

考えることが下系に走ってしまう。若いから仕方がない。仕方がない若いから。そう言い聞かせて枕に顔を埋めると、そういえば牧瀬もこの枕を使って寝たりしてたなと思い出す。しかもセクシーグラビアみたいな光景が浮かぶ。本物の牧瀬は普通に後頭部を乗せてただけだけど。俺の頭だいぶヤバい。
枕はとりあえず隅っこに置いといて、俺は額をおさえて考えた。
例えば。そう、例えば。俺が牧瀬と付き合ってみて、普通にデートは出来る、と思う。だって今まで通り遊ぶなら、俺だって楽しいし、大人になったら一緒に酒を飲んだりしてみたい。キスは、牧瀬、顔きれいだし、近付いてきても嫌悪感ないし、食べかけとか飲みかけを貰ったりの間接キス的な事は何回もしてきてるから、出来なくはないと思う。じゃあエッチは──いや、こういうのは男女問わず、付き合い始めてから考えたっていいだろう。相性を確かめる為のお付き合いじゃんね。牧瀬だっていきなり俺をどうこうしたいとは思わないだろう。そうだろう牧瀬。信じてる。俺は信じてるぞ牧瀬。


・・・はぁ〜あ、と重い溜め息をついて、じわじわと熱くなる頬を叩いた。
なんかもう、牧瀬と付き合う事しか考えてないし、どっちかっていうと前向きに検討しちゃってるあたり、俺もまんざらではないんでは?と思っちゃってるし。牧瀬と遊ぶの楽しいし、牧瀬に彼女が出来たら寂しいし、これからもずっと一緒にいるのは悪くないと思ってるし。

(あーあ。マジか、俺。マジか)

放ったスマホを拾い上げて、タップですぐ出る名前に電話をかける。
コール音より自分の心臓の音の方がうるさくて、しばらくして出た「はい」って言う牧瀬の声にも気付かなかった。

「もしもし、どした?」
「──はっ!あ!俺だけど!」
「うん」
「牧瀬!俺達付き合おう!」
「・・・ん?」
「ダメだ!もう牧瀬の事しか考えられない!やばい!」
「え、なにそれ。面白いんだけど」
「暑くて馬鹿になってんのかも。でも牧瀬と付き合ってみたい」
「ふうん」
「・・・っ!?」

ふうん、て。
お前俺のこと好きだっつったじゃん。
ついさっきの話じゃん。
は?まさかもう飽きたの?
予想外の返事にとっさに言葉がでなかった。俺のこの覚悟どうしてくれようと震える拳で枕を殴ったけど、弱々しくポスンと落ちるだけに終わってしまった。自分の緊張が目に見えてしまって悔しくなる。

「でも俺、告白したかっただけで、付き合うとかそういうのは考えてなかったから」
「はあっ!!?」

今度はクソデカボイスが出てしまった。
階下の親に聞かれたかもしれないが、バラエティー特番に揃って笑い転げてたから大丈夫だろう。

「おまっ、お前ぇっ!俺があれからどんだけお前のこと考えたと思ってんだよ!俺っ、お前ならって覚悟決めたのに!」
「え、何の覚悟?」
「だからエッ」

──チ。
とは言えない、さすがに。
急に我に返って、いや別に、いきなり最後までするとは考えてないしと誰に聞かせるわけでもなく内心ごちる。
いや、まあ、なんて先ほどの勢いを失いゴニョゴニョ言うと、牧瀬はもう一回「ふうん」と呟いた。

「え、で、光本、俺と付き合ってくれるんだ?」
「や、だから・・・まあ、牧瀬がよければ、うん・・・」
「ははっ!あれから俺のこと、ずっと考えてくれたんだ?嬉しいなあ」

聞こえた牧瀬の笑い声に、一旦冷静になって、俺の頭は沸騰した。

「・・・引っ掛けたな!いやっ、こわっ!俺の純情もてあそぶじゃん!!」

だってそうだ。
今日の放課後、牧瀬が俺に「付き合って」って言ったら、俺は絶対考える間もなく「ごめん」って言った。牧瀬は友達で、親友で、男だから。でも実際は牧瀬について考える時間があったから、友達からシフトチェンジも有りだって思えて、俺は牧瀬に電話したんだ。
牧瀬、絶対俺がちゃんと考えて答えを出すって解ってたから、最後まで言わなかったんだ。
こいつ、こいつこいつ!!

「もてあそんでないし、どっちかっつーと光本のが今まで俺のこともてあそんでたよ」
「あそんでないよ!」
「それにどっちに転ぶかまでは解んなかったし。いやー、でも光本が俺とのエッチまで考えてくれてるなんて嬉しいなあ」
「はっ!!」

バレてるし!
愉快そうに笑う牧瀬の声が鼓膜に響くと、何だか恥ずかしさがマックスになって死にそうになる。
ああ、検索ワード削除したのに、一番バレたくない奴にバレてしまった。

「やめてくれ!俺はそんな安い男じゃないんだ!そう簡単に抱けると思うなよ!?」
「え、しかも抱かれる側?」
「ひえっ!」

口がポロポロと余計な言葉を漏らすので、俺は反動と羞恥の限界で通話を切った。しかしすぐに鳴る着信音。俺のキャパはもう越えているので、それを無視して頭と枕を抱えながらこの夏の清く正しい若者の健全な夏の過ごし方について思考を巡らせるのであった。



おわり

小話 154:2021/07/23

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