153



愛されてる自信はある。めちゃくちゃある。
年甲斐もなくイチャイチャベタベタして一日一回は「愛してる」の言葉を交わすし、行ってきますとお帰りなさいのキスも絶対だ。喧嘩もするけどお互いの性格と落としどころを熟知しているので仲直りも早いし解決案もちゃんと話し合って納得して決める。その都度信頼も愛情も強くなっていると思っている。実際そうだ。
だと言うのに、俺の唯一の不安が払拭される事はない。



「ただいま〜。純大ぁ?」
「うぃ〜、お帰り〜!」

自分より早上がりだった純大が、部屋着としている上下揃いのトレーナーを纏って靴を脱ぐ俺を出迎えてくれる。色気も可愛げもない部屋着だけど裏起毛なので今の時期は重宝しているし、何より俺と色違いのお揃い、何ならたまにお互いのを勝手に着たりしているので何の問題もない。むしろ増やしていきたい程だ。

「うわ。顔冷て〜!お疲れさん!」

暖房の効いた部屋にいた純大の手が、冬の冷たい向かい風でボサボサになった俺の髪を整えたあとに頬を包んだ。それから何か言いたげに口元を緩ませた純大は、しばしウットリと俺を見つめ、深い溜め息をつく。

「あ〜、マジ好き。愛してる」

そうしてまじまじと呟くと、頬に当てた手を背中に回して力強く抱きついてくる。スリスリと首筋に額を擦り付けてくる純大の頭を撫でてからキスをするのは、もうルーティンと化している。可愛い。俺の純大超可愛い。けれど。

「はあ〜、玲央さんマジで顔がいい〜・・・」
「ははは・・・」

・・・これだ。
純大は俺の顔が好き過ぎるのが唯一の悩みで不安の種だ。




俺と純大はマッチングアプリで出会った関係だ。
男同士の出会いなんて、今の時代手っ取り早く抜擢するのもひとつの手だと思うから。肉体関係だけは潔癖だから、まずは身体から、なんてのはもっての他。きちんと段階を踏んで付き合いたい。
タチだから選ぶはネコ。若くもない年齢なんで、年上より年下の、素朴な子がいい。経済的に自立していて一人暮らし。
だからアプリでも候補や申し出の通知から、プロフィールを読み込み、やり取りの中から人間性をジャッジし、ことごとく削除とブロック。ときめく相手に出会う事も実際に会うまでにも至らず、退会を視野に入れていた際に見つけたのが、田舎から就職の為上京してきた純大だった。
数ヶ月のメッセージのやり取りを繰り返し、お互いの仕事終わりに軽くご飯でも、となった日、着なれていないと言っていた社会人二年目のスーツ姿の純大は俺がチョイスしたフレンチレストランでうつ向いてばかりいた。アプリ内のメッセージのやり取りでは饒舌な印象を抱いていたが、話す言葉も辿々しくすぐに無口になってしまう。

「もしかして緊張してる?俺じゃつまらなかったかな?」
「や、そうじゃなくて・・・」
「料理が口に合わない?」
「・・・いや、ホントにそんなんじゃなくてですね」

チラリと俺を見たかと思うと、目が合えば慌てて視線をそらす純大は、耳まで赤くして呟いた。

「玲央さん、思ってたよりかっこいいんで、急に恥ずかしくなってきたってゆーか・・・すみません」

演技でも無さそうに、心からそう言うのが伝わるので俺もつられて照れてしまう。十代のガキでもないのに、なんだこの甘酸っぱい気持ちは。ありがとう、と上手く笑えた気がするが、のちの純大曰くその時の俺の顔と自分の発言にテンパったらしく、グラスの水をひっくり返してしまったので、スーツを乾かそうという名目で連れ込んだホテルにてめでたく結ばれたのだった。自分の中の「まずは身体から、なんてもっての他」という概念は一晩にして砕けちった。
余談だが、マジで田舎に住んでたから、男と付き合うなんて事出来なかったし、女の子と付き合ったこともないと聞いたのは、ベッドに組み敷いた直後だった。


付き合って一年。
お互いの職場との立地を考慮した上で、晴れて新居にて同棲がスタートし、前に述べた通り喧嘩もあるけど順風満帆の毎日だ。
しかし日に日に感じるのは年齢差。四捨五入すればギリアラサーの俺と、ハタチの純大。十歳差は思ってたよりでかすぎる。
これからが男盛りの純大と、今が(自画自賛だけど)絶頂期の俺。俺を明確に待っているのは老いだ。そして純大は俺の顔が好きだ。
もうお分かりだろう。
俺は、これから見た目が変わることを、純大から嫌われることを恐れているのだ。



「前から思ってたんだけど、純大って俺の顔好きだよね。かなり」

寝室の加湿器をセットしている純大にベッドの中から問い掛けると、振り返った彼は不思議そうな顔をしてからすぐに破顔した。

「うん。超好き〜〜」

ウッ、とハートつきの弓矢が心臓に刺さる。
嬉しい。嬉しいけども。
俺の隣に潜り込んできた純大を抱き枕に、脚を絡ませべったりくっつきながら旋毛に顔を埋めた。

「あのさあ、俺が歳とっても好き?デブっても禿げても好き?顔面怪我しても好きでいる?」
「好きだけど?」
「俺が整形しても・・・?」
「今の玲央さんが好きだけど、したいならいいんじゃない?あ、いやでも親御さんの許しは貰えよ?」
「俺がこの顔じゃなくなっても、好きかな・・・?」

顔を上げた純大の目が大きく見張った。
その目に映った自分の情けない面に、馬鹿馬鹿しいけど泣きたくなってくる。

「え?あっ、それが聞きたかったの!?好きだよ。好きに決まってんじゃん」

歪めた顔を目の当たりにした純大は、ハッとしたかと思えば無遠慮に俺を抱き締め返してきた。力強すぎてギシギシと骨が軋んでる気がするが。

「なぜそんな疑問を・・・?」
「俺の顔が好きって言うから・・・」
「あー。まあ、好きだね」

うーん、と耳元で純大の唸る声がする。
十も年下の恋人をなんつー女々しくて阿保らしい質問で困らせているんだとわかってはいるが、俺にとっては大問題だ。一生ものの相手を手放してしまう要因なら、全部取り払いたいじゃないか。

「好きだけど、全部好きってゆーか、あのー」
「いいよ。俺もカッコ悪いこと言ってる自覚はあるんだから、この際全部言って」
「うん、じゃあ言うけど」

力が弛んだ純大の両手は、赤ん坊をあやすように俺を抱き抱え背中を撫でる。俺のが年上でタチなのに。

「何回も言ってきたけど、まずあのアプリで知り合ってからのやり取り、めっちゃ楽しかった。玲央さん以外キモいおっさんとか、怪しい会社の人とか、なんか合わないな〜って人とか、そんなんばっかで」
「ああ、それは俺もだね」
「ね。だからマジで、これも何回も言ったけど、初めて付き合うなら玲央さんみたいな大人の人がいいな〜って思ってたから、飯の誘いも乗ったんだよね」
「うん」
「そしたら、すっげぇイケメン来たからウワ、ヤベーーって超緊張して。だって俺、田舎者の童貞だったし」
「童貞は今もじゃん。いてっ」

茶々をいれると背中をペシンと叩かれてしまった。

「〜でもさ、レストランで俺が玲央さんにそう言った時、玲央さん・・・ふふっ」
「え、なに?」
「変な顔したんだよね。綺麗な顔がさぁ、ふふふっ、ビキって固まって、赤くなって、でもすぐありがとうって大人な返ししてさ。そん時に俺、あ、この人面白い人だなって」
「はあ!?え、ちょっと、それ知らない!」
「初めて言ったし」

胸元でクツクツ笑う純大が震えている。
待て、じゃあ何か。純大はあの時、俺がありがとうって返した時の笑顔じゃなくて、どんな顔したか解んないけど、純大の反応に照れてしまった俺の顔に驚いたってことか。え、今さらの事実だけど時を越えてめちゃくちゃはずいじゃないか。

「そんでさ、都会の大人なイケメンが、スーツ乾かそうって変な理由でホテル誘うし、一生懸命、グイグイ・・・ふふっ、あと俺が童貞処女って知った時の顔、解る?めっちゃ嬉しそうだったよ」
「・・・っ、いや、ちょっと待って」
「このマンション決める時とか、プレゼン熱入りすぎてて不動産屋の人ちょっと引いてたし」
「あ〜もういい!純大、もうやめよう!なっ!?」
「だから俺、俺のことこんな好きになってくれた玲央さんに、俺の全部上げようって思ってたんだけど」

顔を上げた純大の目が、爛々と輝き俺を見つめた。

「・・・え?」
「俺はずっと一緒にいるつもりなんだから、別れる事なんて考えないでよ」

ずり上がって俺の目元口元にキスをしてくる純大を掴まえると、子供っぽさを残した悪戯っ子のような笑みでケタケタと笑って大人しく俺の腕の中に収まった。

「年取るのなんてお互い様じゃん。俺だって玲央さんのせいで素朴な子じゃないよ、もう」
「いや、それは嬉しい算段だよ」
「俺だって楽しみだなあ。玲央さんに白髪と笑いジワが増えるの。禿げても太っても良いけどさ、不摂生が原因のそれは嫌だから、締めるところは締めようね、お互いに」

再び俺の背中に回った手は、今度は優しく包み込むような恋人のそれだった。
目頭が熱くなった気がした。これだから年はとりたくないとつくづく思う。現に若者の純大は俺とは正反対でいまだに笑っているのだから。

「ただいまって言う時の笑った顔すげぇ好き。行ってきますって言う時のちょっと名残惜しそうな顔も、俺のこと抱く時の切羽詰まった感じの顔も、テレビのクイズの答え解んなくて眉間に皺寄せてる顔も、俺に嫌われるんじゃないかってビビってる今の顔も、大人ぶってるけど顔に感情駄々漏れな玲央さんの顔、マジで全部大好き」






おわり




めりくり(クリスマス関係ないけど)


小話 153:2020/12/24

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