152



気付けば多々良君は、僕の側にいる。
なんだかやたらとビタリと横に引っ付いて、笑って、僕の連れみたいに、隣にいるのが当たり前のように振る舞って、そして周りもそれをそうだと認知している。

いや、普通に怖くない?

講義の時とか、飲み会の時とか、なんなら朝の駅のホーム、バイト帰りの夜道。やあやあと手を振って現れて、その場に居座ったり、一緒に歩いたり。何回か飲み会帰りに俺にくつっいて家まで来て泊まってったこともある。 朝になると床に転がしていたはずなのに、シングルサイズのベッドで眠る僕の隣で眠っていたこともある。

なにこれ、どゆこと。

過去に出会ったことも、通ずる趣味があるようなことも、気の合う友人だということもない。
新歓と銘打った学部もサークルもごちゃ混ぜの、もはや名称不明の飲み会で気付いたら目の前の友人が多々良君と入れ変わっていたのだ。その友人は別の席で女の子と楽しそうにしていて、あらやだいつの間に、と目を見張っていると無理矢理フェードインしてきた多々良君。
何かペラペラと饒舌に話し出したけど、そもそも誰だ?って言う疑問を拭えきれなくて多々良君の話題は右から左。それでもとりあえず、同じ歳の学生ってことだけは解ったので、こんな交流の場なので、こんなもんかと適当に相槌や返事をしていたら、いつ何をどう気に入られたのか今に至る。

自分でもちょっと、よく解らない。

ただ可もなく不可もなく、違和感はあるけど害はない多々良君が側にいる事を容認している僕も僕なんだろうなぁとは思っている。




「宮崎君って寝てる時、死んでるみたいだよねぇ」

人が大学の図書館で転た寝して目覚めた一発目、何の気配もなくいつの間にか隣に座っていた多々良君が僕の顔を覗き込みながら語尾にハートマークでもついてる風にそう言った。

「ずっと前から思ってたんだけど」

前から思ってたんかい。
とは、いまだぼんやりしている頭では口も上手く回らない。勝手に何回か泊まったりしているから寝ている姿も見られてはいただろうけど、そんなことを思われていたのか。

「呼吸が静かだし、寝言も寝返りもないし、随分と睡眠が深いみたいだね」

しかもなんか嬉々としながら分析までされている。

「そんなこと言われたの初めてだよ」
「それほど俺が宮崎君のことを見てるってことだよね」
「・・・なるほど」

言って、自分で何が「なるほど」なのか考えてしまった。
居眠りしていた時に傾けたままだった首が痛い。ゆっくり起き上がりながら首をさすると、それに気付いた多々良君も手を伸ばして僕の首に触れて揉んできた。

いや、なんで?

やんわり手を退かしながら椅子を引いて距離をとる僕に、多々良君は名残惜しげな視線を投げつつ大人しく手を引っ込めた。
周りを見渡してみれば、自主勉に勤しんでいたはずの数名の生徒は既にいなかった。壁の時計は覚えている時間から一時間と三十分は過ぎている。うたた寝かと思ったら大分寝ていたみたいで、確かに多々良君の言う通り睡眠が深いみたいだ。

「・・・多々良君、僕に何か用があったの?」
「あ、そうそう。町田君が今日の合コンに宮崎君を連れていきたいって騒いでたんだけどね」
「え!」
「宮崎君は行かないよって、断っといたよ」
「え!?」

しっぽを振りまくるワンコがお留守番が出来たよ褒めて褒めてと言わんばかりの眩しい笑顔でそう言われると、前半の報告の段階でときめいた僕の感情を返して欲しいなんて言えなくなる。しかし何の権限があってそんなことを。

「・・・いや、僕彼女いないし出会いは欲しいんだけど」
「え?そんなの必要?」
「どう考えても必要でしょ」
「俺がいるのに?」
「おれがいるのに?」

つい復唱してしまったが、なんのこっちゃ解らない。僕に彼女が欲しいのと、多々良君が友達であることは何の関係もないと思うんだけど。

「まあまあ。それよりも宮崎君。君、こないだそろそろお鍋が食べたいって言ってたじゃない」
「言ったね」
「俺、実家の自室に炬燵置いてたからさ、それ送ってもらうから炬燵で鍋しようよ」
「わぁ、いいねぇ」

炬燵で鍋なんて、理想的な日本の冬の食卓アンド過ごし方。一人暮らしのワンルームには狭いから諦めていたけど、多々良君が炬燵を持ってるのなら是非ともお邪魔させて頂きたい。
僕がうんうん頷いていると、多々良君も満足げに頷き返してスマホをイジりだした。

「じゃあ次の土曜日に宮崎君ちに配送してもらうから、その日にお鍋しよ」
「え。炬燵、僕んちに置くの?」
「え?炬燵いらない?」
「いらないよ。多々良君、自分で使いなよ」
「でも俺んち床暖だし最近ダイソンのヒーター買っちゃったんだよね。ちゃんと布団はクリーニング出してるし、貰って使ってくれたら嬉しいんだけど」
「そうかぁ・・・」

そうかぁ、そうなのかなぁ。
既に実家に配達の手配でもしたのか、多々良君はスマホをパンツのポケットにしまって、この話は終わりと言わんように「そういえば」と笑みを向けてきた。

「宮崎君は、俺の家来たことないねぇ」
「そうだね。いつも多々良君が来るから、そういえばなかったね」
「今日来る?炬燵はないけど、俺んちさっき言ったみたいに暖かいし、鍋もないけど、ホットプレートあるから焼き肉もお好み焼きもたこ焼きも作れるよ」
「ええ、行きたいかも」
「おいでよ。宮崎君の為に新調したんだから」
「・・・何を?」
「家電を」
「かでんを」
「エアーベッドも」
「えあーべっども!」

友達を呼ぶのにそんなに気合いを入れるのだろうか。僕なんて多々良君が勝手とは言え泊まりに来た時は薄いカーペットの上に転がしてたし、食事なんて買い置きのカップ麺、食パン、有り合わせの食材の炒め物、レトルトのご飯・・・ああ、急に申し訳なくなってきた。

「い、行こうかな、今日。お邪魔してもいい?」
「もちろん!もちろんだよ!!」

キラキラっと瞳を輝かせた多々良君が、僕の手を熱く握った。そうまでされると、さすがの僕も気付いてしまう。

(・・・多々良君って、もしかして)

友達がいない人なんじゃないか?
だから初めての友達 イコール 僕を家に呼ぶ為にこんなに張り切っちゃったり、嬉しそうにしたり。初めての友達との距離感が分かんないから、僕の家に入り浸ったり、日常で異様にくっついてきたりするんじゃないかな。そもそもの始まりの飲み会だって、きっと慣れない場で僕と話したことで友達認定しちゃったんだ。いや、今となっては友達でいいんだけども。
ああ、全て合点がいった。

「多々良君、今日はたくさんお喋りしようね!男子会しようね!」
「? うん、嬉しいな、泊まってく?」
「泊ま・・・、あ、服も明日の用意もないから今日は帰るね」
「そう?」
「エアーベッドは今度使わせてね」

そう言うと、多々良君は満面の笑みで頷いた。良かった、初めての友達に浮かれている多々良君を傷付けずに済んだようだ。
これからの予定が決まると、図書館に長々といる理由なんてない。二人で構外へ出てまずは買い出しに行こう、何を作ろうか、なんてはしゃいでいたら門を出た所で固まっていた男性陣の一人から声を掛けられた。

「なんだ、宮崎。まだ学校にいたのか」
「ああ、町田君」
「なぁ、今日マジで無理?人数今ならまだ入れるよ?」
「あ、今日は・・・」

そう言えば町田君に合コンに誘われていたんだった。結果として多々良君との予定が入ってしまったから、本当に行けなくなってしまったわけだけど、やっぱりあれも今日僕を家に誘いたいから勝手に断っちゃったんだろう。

「今日は宮崎君、俺んちで男子会すんの」
「は?なにそれ、楽しいの?てかそれさっき言えし。ん〜じゃあ宮崎は、また今度な」
「また今度の機会が出来ないように今日頑張りなよ」
「うっせ!多々良は絶対呼んでやんねーし!」
「俺は十分充実してるんでぇ、お構い無く〜」

僕の話を挟むことなく、多々良君と町田君が軽口をたたきあう。
あれ、二人って仲いいのでは?
思わず多々良君を振り返れば、僕の感情をどう読み取ったのか「ごめんごめん」と笑いながら背中を押されて先を急がれた。

「早く買い物して俺んち行こうね」
「え?あ、うん、そうだった」
「泊まらないにしても、エアーベッド試してみてよ」
「え、いいの?うわぁ、楽しみだなぁ」

思い出したように町田君に手を振って、そうすれば思考はもう放課後何して遊ぶ?と友達との過ごし方をワクワクしながら語る子供のように帰路につくだけだ。


「・・・多々良って女遊びやめたと思ったら、宮崎にくっついてんだ?」

町田君の疑問の呟きは、その後直接的僕にぶつけられて心底驚いたのは言うまでもない。




おわり




ぼんやりしたヤバイ奴と、ぼんやりした鈍い奴。


小話 152:2020/12/08

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