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その根底が善であろうと悪であろうと、とにかく人から執着された事がない人生を歩んできた折原は、それはそれは大層悩んだ。
何の因果か、勤続一年になる飲食店のバイト先にて年下の新人、しかも男に告白をされたのだ。一度は断った。勉強とバイトの両立にいっぱいなんだと、それらしく最もな理由だ。すると最近まで高校生だった年下の男──都は子供っぽく不承不承といった様子で頷いたが、態度を改めることはなかった。視線が、態度が、行動が、全身全霊で折原が好きだと表している。
「都君、めっちゃ折原君好きじゃん」
と、バイト先の人達にも言われる程のあからさまな好意だ。二十一の折原が十八の都より背が低いのはまぁいい。折原は平均、都が平均以上というだけだ。けれど、折原がストックを取り出そうと背伸びをするより先にお目当てのものを背後から取り出したり、気が大きい客に他愛なく絡まれると危機でもないのにさっさと折原を背後に隠すように現れるのだ。しかも都はその行動に対して対価を求めてないらしく、手を出し足を向け、用がすんだらさっさとその場から去るものだから折原には毎回戸惑いだけが残されてしまう。
「私の時にもソレやってよ」
なんて同期の女性が都に軽く頼むと、「嫌っす」と即座にノーと首を横に振るのだから折原も頭が痛い。言われた同期が爆笑していたのがせめてもの救いだろう。
勝手に好意を抱くのは悪くはないが、当人の気持ちをスルーして行き過ぎた好意を体現するのはよくないと思う。都の行為が職場の輪や雰囲気を悪くする前にどうにかせねば・・・。
都から二度目の呼び出しをくらったのは、折原がそう思った時だった。前回の告白から二ヶ月になる。

「やっぱり俺、折原さんが好きです。諦めるの無理でした。すんません」

と、パーカーのポケットに両手を突っ込み気だるそうな態度で見下しながら詫びるのは言葉だけなのだから、折原は注意も叱咤も忘れて、ただただ呆気に取られるしかなかった。
なんとふてぶてしい。仮にも年上、バイトの先輩、好きな人に対する態度だろうか。折原は常々、都は高校時代はリア充だっただろうな、彼女沢山いただろうな、悪そうな先輩とヤンチャな後輩に好かれてそうだな、とか色々考えていたが、どれも当てはまりそうな態度のデカさである。なまじ顔がいいので言葉数が少なくても迫力もある。なのでつい、形だけの謝罪の言葉に(お、おぉう・・・)なんて飲み込まれそうになってしまった。
しかしポカンと口を開けたままの自分を端正な顔立ちの男がジッと見ている事に気付いて慌てて口と気を引き締める。

「いや。俺も今日都君に話があったのよ」
「え、まさか折原さんも?」
「ごめん。そういう話じゃなくて」

パッと明るくなった顔がシュン、と暗くなる。
顔がいい奴の悲しげな顔はなぜかこちらに罪悪感が生まれてしまう。

「都君、明らかに俺だけに対して態度が違うじゃん?それってどうなのって話をしたくてだね」
「だから、折原さんが好きだからって話を今したじゃないですか」
「あ、そうだね・・・。え、今の何の話?俺また告白されたの?」
「告白ではないっすね。俺がまだ勝手に折原さんのこと好きでいるっつー報告です」

折原はまたも呆気にとられた。そりゃ報・連・相は大事だとバイト初日に教えたけども。ひぇ、と声には出さないがモロに表情に出している折原に、都はまたも態度を大きくして言った。

「だから、俺が勝手に折原さんのこと好きでいるだけなんで、態度も改めらんねーです」
「いや、改めてよ・・・。バイトと言えど職場よ、ここ」
「無理っす」

最近の若者は思いきりがいい。
くらりと立ちくらみを覚えた折原は考える。愛想はないが要領よく働き者の都はバイト先では評判もいいし、見た目から一部の女性客には人気はある。つまり店の中も外も今のところは上手く回っていると言うことだ。それに自分への好意だって、強引なボディタッチやストーカー行為ではない。害と言う害はない。

「う〜〜〜〜ん」

唸り唸って悩んだ結果、身体が右に傾きすぎたところでパッと目を開くと、折原を黙って見つめていた都も首を左に傾けていた。

「じゃあ、都君が飽きるまでは付き合ってあげる」
「マジっすか」
「その代わり、バイト先では平等に扱って。特別扱いとか、そういうの無し」
「はぁ」
「二人の時は、まぁ、恋人扱いOKってことで。どう?」
「乗った」

提案を掲げながら指した折原の人差し指を、ガシリと都の大きな両手が包み込む。
交渉は成立した。




いわゆる苦学生の折原は、バイト先を離れるのがとても惜しかった。
時給と交通費にまかない、融通がきくシフト、慣れ親しんだバイト先の仲間達、マニュアルを見ずとも身体に染み付いた仕事内容、それら全てを都から逃げる為に捨てて、新天地を探す気なんて到底なれない。都の頓珍漢な言動も、折原とそう歳も変わらないが若さゆえの多感な時期の気の迷いだろう。バイトも続けられて、しばらくしたら都の熱も冷めてWin-Winだ。
それが折原の読みだった。
甘かった。
バイトの閉め作業を終えた男子更衣室で、着替え途中の折原の背後に都が立ったのを感じて見上げるように振り返ると、待ってましたと言わんばかりにキスをされたのだ。交渉成立から二日後のことだ。

「・・・あ?」
「恋人扱いしていーんすよね。今、二人きりっすよ」

またも悪びれることなくシレッと言うのだから、ぽけ、と口を開けたままの折原が固まる。今までにない近距離で都の顔を改めて見ると、ビビビ、と頭のてっぺんまで電気が走ったような刺激に目が覚める。呆けてる場合じゃなかった。

「・・・いや、いやいや、さすがに驚くわ」
「そっすか?もう付き合ってんのに?」
「タイミングってもんがあるじゃんよ・・・」
「へぇー?」

折原の言うタイミングとは、一応付き合う事になった都を受け入れる──出来るだけそういう想像は避けてきたが──心の準備が整った時だ。今じゃなかった。今まで害はなかったので油断していた。出来れば手を繋ぐから始めて欲しかったが、今時の若者はそういうのはすっ飛ばすのかと折原の偏見的なイメージのせいで頭を抱えそうになる。

「じゃあ折原さんのタイミングでどうぞ」

ちょっと腰を屈めて顔を近づけた都が目を瞑る。
ホラ、とでも言うように顎を上げて形良い唇を向けてくる。
ドッ!!!
と、折原の心臓が爆鳴りして、グワッと血流がよくなり一気に体温が上がるのが解った。

「いや、ちょ、今?え、や、ここ、あのっ」

何の力も込めてない指先で、せめてもの抵抗として都の肩を押しやるまでもなく触れた。そしてそれだけの感触なのに、都は解っていたようにバチッと目を開ける。お互いの瞳にお互いが映る距離だ。ガッ、と折原の力とは比べものにならない程の力で両肩を掴まれると、もう動けない。

「折原さん、言いましたよね」
「はひ・・・?」
情けない声が出た。

「折原さんが俺に飽きても嫌いになっても、俺が飽きない限り別れねーんで」
「は・・・」
「そこんとこ末長くよろしくお願いしますね」

折原の開いたままの口の中にねじ込まれたのは、自分の甘い読みと都の熱い舌だった。




おわり


小話 151:2020/11/13

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