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「同性で同棲ってシャレみたいだな!」

ケラケラ笑う友人を、里見と一倉は冷めた目で見ていた。テーブルの上は缶ビールが場所を占め、ほろ酔いの友人は一人楽しそうに揺れている。


──高校からの友人であるこの男が二人の住む部屋を訪ねて来たのは夕方、一倉が夕飯を作っていた最中であった。

「ちょっと聞いてよ〜、慰めてよ〜」
と、情けない顔をして買い込んだビールを里見に押し付け、ずかずかと上がり込んできたのだ。
「おいこら」と里見が一応無礼者に小言を挟むが、普通に靴を脱いで侵入し、普通に鍋に調味料を入れている一倉の後ろを通る。一倉がそれを見送って、不思議そうに後からやって来た里見とビールの入った袋を交互に見やる。里見が肩を竦めたので、一倉は頷いた。成る程、了解した。
この男、たまにこんな事をするのだ。
不本意だが慣れっこなのは、この男が二人の関係の理解者でもあり、腐れ縁だからだろう。でないと、わざわざ玄関モニターで姿を確認してからドアを開けたりなんてしない。

「お前、毎度毎度アポ無しやめろよな」
「だぁって思い立ったら吉日って言うじゃん」
「意味わかんねーから」
「会いたくなったから会いに来たんだよぅ」
「キモ」

キュッと、カランを上げて水を止めた。
一倉が使った器具の片付けと調理に一段落つけたところで口論している二人の元に加われば、既に友人は出来上がっていた。缶が二本空いている。ビールに口をつけていない里見は一倉が淹れた(友人の応対のせいで少し冷めた)緑茶を啜っていたが、顔を苦くしているのは緑茶の渋味のせいじゃないだろう。自分のいない間に友人の相手をしていた里見を内心労い、一倉はその隣に腰を下ろした。
二人が揃うのを待ってましたと言わんばかりに、友人は「それがさぁ」と顔を歪めて話し出す。

「彼女がさぁ、休みの日に車出してって言ったの〜。なんかインスタ映えスポット?行きたいらしくて〜」
「へー?」
相槌を打ったのは一倉の方だ。

「でも俺は休みの日は寝たいって言ったの〜。そしたら彼女ぶちギレてさ〜」
「ふーん」
今度は里見が相槌を打った。

「これって俺が悪い?休みの日って休んじゃダメ?」

めそめそし出した友人は、新たな缶のプルトップを開けてビールを煽る。今日はやけ酒に付き合わされるのかと、里見と一倉はお互いを見て頷きあった。
そこをすかさず、胡乱な目つきの友人が指摘する。

「こらぁ。傷心の友人の前でイチャイチャすんじゃないよ〜」
「してないし」
「うぜー」

心底本音を吐き出した里見に、友人はヒドイと言いつつケラケラ笑った。
泣いて絡んで笑うのか。
たちの悪い酔い方をする友人に、里見と一倉は再び顔を見合わせた。


物分かりがいいのか、飲み込みが悪いのか。
この友人は高校の時から「実は付き合ってる」とカムアウトしても「そうなの?」と特に意に介する事もなく、今も互いに社会人となっても友人関係を続行している。
里見と一倉が同棲を始めても、こうして突撃訪問してくるくらいには仲は良い。仲は良いが、厄介ごとを毎度持ち込むのはどうにかならないだろうかと、里見は飽きれ、一倉は苦笑する。

「一倉ぁ。俺は冷たい男でしょーか」
「言い方じゃない?疲れてるから、また今度でもいい?って言ったら印象変わったかもね」
「じゃあ里見はさぁ、疲れてる時に一倉にどっか連れてけーって言われたらどーする?」
「一倉はそんなん言わない」
「うわ!惚気けた!」
「惚気けてない。事実だ」

なあ?と疲れた顔の里見が一倉に同意を求めたので、まぁ、と一倉も頷いた。

「俺らは、ほら、もうずっと一緒にいるからさ、相手が疲れてるとか解るし、そしたらそっとしておこうって自分から解るじゃん?」
「わ!一倉も惚気けた!」
「惚気けてないよ、もう・・・」

ひええ、とわざとらしく狼狽えるふりをする友人に溜め息を吐くと、台所から炊飯器の炊き上がりを知らせるタイマーが鳴った。微かに米の甘い香りがする。立ち上がった一倉がそちらに向かおうとして、一旦友人を振り返る。

「あ、ゴチになりまーす」
「んだ、てめぇ。図々しいな」
「い〜じゃん。幸せお裾分けしてよ〜」
「うっぜぇ」

テーブルの下で友人の足を蹴飛ばした里見を咎めながら、一倉は一時退散する。
今夜は味噌汁と肉じゃが、小松菜と厚揚げの煮浸しだ。一人増えても問題のない献立で助かったと味噌汁と肉じゃがを温め直していると、テーブルを空けなきゃと思い出した。

「俺の彼女ねぇ、料理はめっちゃ美味いよ〜」
「そう」
「なんか一々細かいって言うかぁ、丁寧って言うかぁ。調味料とか見たことない瓶、俺の部屋に増やしていってんの〜」
「そ」

リビングに戻れば友人が里見相手に彼女の惚気をかましていた。もはや友人を見ていない里見の素っ気なさと、それを気にせずデレデレしながら話し続ける友人に笑いながら、一倉は空き缶を奪っていく。

(調味料、か)

里見と一倉の部屋には、細かな調味料何てものはない。いわゆる「さしすせそ」に、和洋中の顆粒出汁、めんつゆ、ケチャップ、マヨネーズ、ソースくらいだが、お互い料理は特段に上手いわけではない。そして、それで充分満足している。
二人の間で料理は当番制ではなく、その日その日に時間と体力がある方が作る。ご飯を期待して疲れて帰ってきても、自分の方が早い帰宅でガランとしている暗い部屋にガックリくる時もあるし、休日だから遅くまで寝ていたいが、隣の里見を出勤ギリギリまで寝かせる為に朝食を作ってやったりもする。勿論逆もしかり。自分の為だけではない食事は、思いのほか作り甲斐があるのを知った。
今日は二人揃った休日で、遅く起きた朝食兼昼食は里見が作ってくれたのだが、具が多すぎで食べる度にポロポロとハムや玉ねぎが落ちていくピザトーストを思い出し、自然と一倉から笑みがこぼれた。

「何笑ってんの?」

新たな空き缶を一つ持った里見が、流しにそれを置いて隣に並んだ。味噌汁と肉じゃがの鍋は食欲をそそる香りを出している。

「何でもない。あ、お皿出して」
「どれ?」
「何でもいーよー」
「だな」

別に友人をぞんざいに扱っている訳じゃないが、特別気張って盛り付ける必要もない。ご飯と味噌汁だけを専用の器に盛ればそれなりだろう。そもそも里見と一倉二人だけの男所帯に洒落た食器なんて物は存在しない。

「里見、味見して」
「ん?」

大皿を渡されたが、それに盛る前に煮込んだじゃがいもを里見の口に放り込む。はふ、と熱そうにしているが、問題なく咀嚼して飲み込んだ。ちょっと涙目になっているのを申し訳ないと思いつつ、可愛いなぁとほくそ笑む。

「硬くない?味染みてる?」
「おー、うめぇよ」
「よしよし」

もう一度「よしよし」言いながら鍋のじゃがいもをつつく一倉を、今度はコッソリと里見が笑う。前は外はグズグズなのに中は硬いままで、口にした途端に「なんか、ごめん」と申し訳なさそうにしていたのに、だいぶ精進したものだ。

「一倉、味付け変わったよな」
「え?まずい?」
「うめぇってば。俺好みになった」
「そうしたつもりはなかったけど・・・」

確かにネットでレシピを調べたり、里見が作ったものに味を近付けようとしてみたが、いつの間にか落ち着いた今の味が里見好みとは知らなかった。何なら一倉がしっくりくる味付けだ。妥協ではなく、お互いの舌に馴染む味になってきたのだろうか。

「家庭の味ってやつ?」
「俺ん家と一倉ん家の?」
「真ん中くらい」

二人で鍋を見ながら、どちらともなく笑ってしまった。

「ま〜た俺をのけ者にしてイチャついてるぅ」

そしてそれを、リビングから首を伸ばした友人が見ていた。二人して落胆の息をつく。

「イチャついてないってば」
「丁度いいわ。お前米装ってけ」
「えぇ〜、俺お客さ〜ん」
「招かざるな。働かざる者食うべからずがウチのモットーだ」

人さし指一本で友人を呼びつける里見も里見だが、口を尖らせながら従う友人も友人だ。
高校の時、バスケ部の部長だった里見と副部長だった友人。一倉はマネージャーとして二人をよく見ていたが、当時と変わらないやり取りに、ジンと胸が暖かくなる。

「・・・ねー、二人って最近喧嘩したぁ?」

言い付け通りに炊飯器から茶碗にご飯を装いつつ、友人は里見と一倉を見比べた。

「喧嘩?してるよね」
「ああ」

一倉がケロリとしながら注いだ味噌汁を、里見が持ったお盆に置いていく。三人分の味噌汁と箸を持って、里見はついでに友人の手から茶碗も取り上げ、リビングに運んでいった。

「え?してるんだ?どんな?」
「どんな?・・・えぇっと」

てっきり、二人の間で喧嘩なんてものは卒業したのだと思っていた友人は目を見張る。鍋の中身を引っくり返すように大皿に移動させる一倉に「雑すぎでしょ」とツッコミながら、詳細を待った。しかし代わりに答えたのは、配膳を終え戻ってきた里見の方だった。

「最近だと、俺が雑誌を」
「あ、そうだ。里見が雑誌片付けないで積み上げて放置するからさ、俺こないだ足ぶつけて雪崩起こしちゃって」
「んで、俺がちゃんと元に戻しとけよっつって怒らせた」

意外にも些細な日常の内容である。いまだにそんな事で喧嘩をするのかと、友人は肩透かしをくらった気分だ。
煮浸しの方の皿を一倉から奪い、再びリビングに向かう里見に今度は二人もついていき、台所の電気を切った。

「う〜わ、里見嫌な男〜。一倉それでどしたの?」
「え?ムカついたから里見の枕隠して、代わりに雑誌並べた」
「・・・連勤で疲れてすぐ寝たいって日にな。さすがに堪えたわ・・・。なのにコイツ、え?言った通り積み上げましたけど?枕?コチラですけど?っつースタンス崩さねぇの」
「里見、最後はすまなかった、枕返してくださいって、ねえ?」

二人で終いには笑い出すものだから、友人は置いてきぼりを食らった気分だ。
男同士だし、もっと荒っぽかったり罵り合ったり、乱暴な喧嘩だと思っていたのに、蓋をあければ子供の喧嘩より可愛らしく、犬も食いそうにない。
そんな友人の不服そうな表情に、一倉は笑った。

「他人の喧嘩って、くだらないでしょ」

じゃ、食べようか。
一倉のいただきますを合図に、里見と友人も手を合わせた。

肉じゃがも煮浸しも大皿に盛り、各自食べたい分だけ茶碗の上に装うスタイルに、友人は「雑だなぁ」と再びぼやいた。里見も一倉も同感だが、一々人数分の皿を出して洗うのを考えたらコチラの方がずっといいので不満はない。

「あ〜〜、俺も彼女のご飯食べたくなってきた・・・」
「じゃあ帰れよ」
「・・・解った」
「おう」
「疲れてるから君の手料理を食べて癒されたいって言えば良かったんだ・・・」
「解ったってそっちか」

話が急に本題に戻った事に、里見が冷ややかにツッコミを入れた。しかし友人は反応せずに、一倉の作ったご飯を噛み締めている。料理上手らしい彼女の作る肉じゃがの味を思い出しているのかもしれない。

「仲直り出来そう?」
「・・・してくる」
「お前全部食ってから帰れよ」
「解ってるよ。ご飯おかわりしていい?」
「そこまで食わなくていいんだよ」
「あはは、どうぞどうぞ」


──結局、食後の珈琲まで胃に納めた友人は、里見が車で送ろうかと言う提案に首を振り、頭を冷やしながら帰ると少しスッキリした顔で言った。
一応酒飲みの足取りが心配なのでマンションのエントランスまで見送りを兼ねてついていけば、友人はヒンヤリとした外気の中でポツリと呟いた。

「・・・仲良き事は美しきなかなって、お前らの事だよな」

酔いを感じさせない重みのある口振りに、二人は首を傾げた。

「あーあ。こっちもいい恋したいなってつくづく思うわ」
「何、どーした」
「? ありがと?」
「俺、お前ら見てると悔しいくらい幸せになるから大好きよ」

二人を正面から抱き寄せ背中を叩いた友人は、気がすんだのか一歩下がってニカリと笑う。

「んじゃ、ゴチソーサマ!」

それは晩御飯か、二人への皮肉か。
手を振り自動ドアを抜けた友人が闇夜に消えると、途端に二人の間に沈黙が生まれる。いかにあの友人が騒がしかったかを思い知り、けれど嫌いになれない所以はそれだろうと改める。

「俺ら、仲良いってさ」
「ま、悪かったら一緒には暮らせねぇよな」
「ですよね」

あいつ、次はいつ来るんだろうなと笑いながら、もうじき八年目を迎える二人は暖かい部屋へと手を繋いぎ、揃って帰った。




おわり



友人は三ヶ月に一回くらいに新たな悩みを持って来ます。

小話 150:2020/10/03

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