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ぶっちゃけ俺は、かなり女の子にモテる。
ちょっと話した事があるだけの子でも数ヶ月後には告ってくるし、その子づてに顔見知りの女の子が増えたらネズミ講の如く、それは、もう・・・すごい事になる。
それでも俺は優しいので、女の子の好意を無下にするのは可哀想だから、後腐れないよう適度に付き合って上げるし、皆平等になるように特別は作らないでいる。

そんで、ここからはちょっと特殊な話。
誰にも言ったことはないけど、俺は女の子がそんなに好きじゃない。小さい頃からモテ過ぎて、嫌なところもゲスいところも見てきたせいだ。だから恋愛対象はモノゴコロついた頃から男の子になっている。
そんで、中でも一番好きで、俺の唯一の特別。

(あ)

遠目に見つけた俺の特別は、今日もいい感じにダサくて可愛らしい。
IT化の今、誰も寄り付かない図書室の住人──図書委員なんて物好きな役割を担っているせいで、今日も昼休みもそこそこに図書室へ入っていくところだった。
俺のあとをチョロチョロついて回る女の子達には「ここまでね」と手を振って、暗に(ついてくるなよ)と釘を刺す。行き先が図書室だと知っている女の子達は、さすがにそこが無駄なお喋りが禁止な場所だと理解しているので大人しく手を振り返し、踵を返す。
よしよし。
俺はその姿が消えるのをしかと見届け、意気揚々と扉を開けた。

「フウ君、お待たせー!」

案の定、図書室はシンとしていて俺の声だけが馬鹿みたいに響いて終わる。目的の人物はカウンターの中で本読んでいたみたいだが、俺の登場に静かに顔を上げた。

「・・・? いや、全然待ってないけど?」

心底不思議そうにきょとんとして言う彼にゾクゾクする。
いい・・・、良いっ!
この、俺に全然媚びない姿勢も、洒落っ気のないクソダサ眼鏡も、作った表情を浮かべないのも、俺をその他と同じように扱うのも、フウ君が当番の日は必ず現れるのに微塵も気にしてない様子も、全っ部良い!!

つい、にや〜と顔がゆるむ。
顔がいいので別に多少崩れたところで様になるから問題はないけれど、フウ君の前では常にいい男でいたいので頬を押さえて気持ちも落ち着ける。M気質ではないけれど、フウ君相手だとどうも様子が変わってしまう。
勝手にカウンターの中に入って空いてる椅子を引っ張っていく。貸し出し帳や日付けを押す古いスタンプは、俺が図書室に通ってる間に動いた気配はない。と言っても、図書室通いはフウ君の当番の日限定だから、他の日のことは知ったこっちゃないんだけど。

「夏木君も暇なのに、よく来るね」

と、俺がカウンターに入ったことも、隣に座ったことも、全く気にせず、フウ君は読みかけの本をペラリと捲り、忙しなく眼球を上下に動かしていく。俺が横顔をガン見しているのもお構いなしだ。

「まあ目的はあるんだけどぉ」
「本はカウンターの向こうだけど?」
「ああ、いや、本じゃなくてさ」

ジッ、と熱を込めてフウ君を見つめれば、ようやくそれに気付いたらしく、本から顔を上げて俺を見てくれた。何だろう、と俺の下心なんて露知らず、無垢な瞳を向けてみるのもまた可愛い。

「フウ君、今日暇?デートしてくんない?」
「でーと?」
「そ。放課後遊ぼうよ」

この発言は意外だったようで(いや、結構仲良くなったつもりだったから意外と思って欲しくなかったんだけど)、フウ君はようやく「ええ?」と驚きの声を上げた。

「遊ぶって、何して遊ぶの」
「んー。まあ、カラオケとか?俺フウ君の歌聞いてみたいな〜」
「え、絶対イヤ」

即答かい。
俺とのカラオケって、よその女の子達なら争奪戦起こすくらいの神イベントなのに。けれどそこが良い。俺の誘いにホイホイ乗らないフウ君すごく良い。ついた頬杖でにやけた面を隠しつつ、用意していたスマホの画面をフウ君の目の前にちらつかせた。

「・・・椿堂の、三色団子?」

スクショしていたのは、電車で二駅先の老舗の和菓子屋。老舗と言えば聞こえは良いが、外観も値段も庶民的な、なんてことない町の小さな和菓子屋さんだ。
これが何か?と上目使いのフウ君が問い掛ける。心臓止まるわ。

「・・・そ。ここさ、こないだフウ君が読んでた本に出てたお店のモデルらしいよ」
「え!」
「いや〜、なぁんかあの本見たことあるな〜って調べてみたら、テレビで小説の舞台になったところって載っててさ。どう?行ってみない?」

嘘だ。本当はむちゃくちゃ調べた。チラッと見えたフウ君が読んでた見たこともない本のタイトルから話のネタがないもんかと、その日にすぐ調べた。そしたらまさかの身近にネタが落ちてた。ラッキーとしか言いようがない。

「うわぁ、行ってみたい」
「いぇーい。じゃあ今日、いいよね」

若干キラキラと目を輝かせて頷くフウ君めちゃくちゃ可愛い。俺とのデートじゃなくて団子にときめくフウ君どちゃくそ可愛い。
それじゃあと、早速今日の放課後に生徒用の玄関で待ち合わせねと約束を取り付けて、ちゃっかり小指を差し出してみたらフウ君はすぐに自分の小指を絡めてブンブンと上下に振って、すぐに離してはにかんだ。

「ありがとう、夏木君」

どーーーーいたしましてっ!!!
大声で叫んでハグしてギュッってしないで、微笑みひとつをクールに返した俺を、誰か誉めてくれ。







・・・忘れていた訳じゃないんだけど、俺ってばすごくモテるんだよ。

「ねぇ〜。今度私と遊んでくれるって言ったじゃん〜」
「だからって今日は駄ぁ目!今から用事があんの!」
「だってさっき、A子もT美も遊んだって言ってたよ?私だけずるいぃ」

ああ〜〜もぉ〜〜!!!
勝手に腕に絡めてくる白く細い腕も、花の匂いがする髪の毛も、甘ったるく媚びうる喋り方も上目使いも鬱陶しくて仕方がない。
この、やたらモーションをかけてくる彼女との遊ぶ約束を後回しにしていた自覚はあるが、それは俺がフウ君リサーチに時間を費やしていたからだ。そしてそれが実を結んだ今日、初めてフウ君とデートするんだから邪魔するなんて心底鬱陶しい。

「も〜、じゃあいつならいいの?」
「いつって、俺にも予定ってものがあるからね、──」

ダラダラと話しながら付きまとってくる彼女だが乱暴に扱えるはずもなく、かと言ってうまく撒くことも言いくるめることも出来ずに、どうしたものかと頭を抱える。
早くどうにしないと、そろそろ待ち合わせ場所の生徒用玄関だ。フウ君にこんなところを見られた挙げ句、軽蔑やら誤解やらされたらどうしてくれようか。
とか何とか考えていたら、イヤな予感は当たるもので、玄関手前の靴箱で、フウ君とバッタリ鉢合わせてしまった。おまけにフウ君を見て固まった俺を不審に思い、「なぁに?」と腕を掴み寄り掛かっている女とのツーショット。
あ、と思うよりも先にフウ君は目を合わせることも何かを言うこともなく、むしろ何事もなかったかのように、さっさと靴を履き替え玄関へと向かってしまった。

(え、うそ、帰、る?)

だって今から俺と、デート・・・。
と思ったら弾かれたように女の腕を振りはらい、スニーカーの踵を踏みながら後を追った。デートって思ってるのも俺だけだし、後ろで何か喚いていたけど、雑音なんてどうでもいい。しかし玄関先にも、その先の校門の方にもフウ君の姿は既になく、サァーッと体温が引いていくのが我ながらよく解った。
もしかしてフウ君、足が速い人?
こんな時に新情報だ。ギャッブにちょっとキュン、なんてしてる場合じゃなくて、足の速さなら俺だって自信があるから慌ててスニーカーを履き直して追い掛ける。果たして、フウ君は和菓子屋へ向かう電車の駅ではなく、帰路につく為のバス停へと向かう途中にいた。

「フウ君!」

脇目もふらず大声で名前を呼ぶと振り返ってくれる。眼鏡の逆光で表情が読みづらかったけど、それもすぐにそらされ隠れてしまった。
何か話さなければ、でも何を、多分きっと心象を悪くしちゃって引かれてるんだろうけど。ワタワタしてしまっている俺に、フウ君は静かなトーンで呟いた。

「女子との約束があるなら、俺は別に良いんだけど」

(・・・あれ?)
少し、本当にほんの少しだけ、もしかしたら俺だから解るんじゃね?ってレベルで、謙虚にも似た言葉に含まれる棘に気が付いた。どこに棘がと聞かれたら返答に困るけど、チクッとした言いぐさに引っ掛かったのは確かな話だ。

「約束なんてフウ君としかしてないよ。あの子にはちょっと、掴まっちゃって」

首を横に振る俺を、ふぅん、と少しだけ唇を尖らせたフウ君が横目に見る。
・・・おや?と思った。
普段からリアクション少なめだからこそ、その尖らせた唇が、拗ねてる様子を露にしているようで不謹慎にも俺の心は浮わついた。
いや、だって、さっきの言いぐさと言い、今の顔と言い、どう見たってヤキモチじゃん。

(おやおやおや〜?)
俺からの好奇な目から逃げるように、また顔をそらされた。でもその行動がまた男心を擽って、俺の悪いところがニョッキリと悪魔の耳と尻尾を出す。

「フウ君さ、俺がモテるのどう思う?」

わざと、意地悪くそう聞いた。
照れるとか反発するとか、そういう反応をワクワクと期待してみたが、こっちを向いたフウ君は呆気なく、もういつも通りのフウ君の顔だった。いつも通りなのに、浮わついていた俺はそれに驚いてしまう。

「どうって、別にどうも?」
「え、妬いたりとか、しない?」
「誰に妬くの?」

子供がなぜ空は青いの?と親に聞くように、フウ君は思った疑問をストレートにぶつけてくる。自分の疑問がおかしな事とは疑わないその真っ直ぐさに、魔がさした自分が恥ずかしい。そうですよね。調子に乗るなって話ですよね。なんて、肩を落として襟足を掻き言葉を濁す。

「・・・夏木君が誰とどうしようか俺には関係ないけど」
「うっ・・・、はい」
「女の子優先して俺との約束反故にするのはひどいなって、ちょっと思った」

真っ直ぐに俺の目を見てド正論をぶつけてくるフウ君と俺は、例えるならまさに青菜に塩、それどころかナメクジに塩だ。もう萎えに萎えて消えちゃいそう。フウ君、ヤキモチどころか完璧おこだった。これはもう、完全に今日のデートは流れちゃったな、明日から図書室行くのはもしかしなくても迷惑だよなって珍しく凹む自分に乾いた笑いが出てしまう。

「・・・デートだって約束されたら、普通期待するじゃん」


・・・、・・・?
期待とは、何に、誰にしていたのだろうか。
続いていたフウ君の言葉に、理解が追い付かなかった。知能指数が果てしなく低下している。

「でもごめん、俺が勝手に誤解しただけだし、夏木君はモテる人って言うのも知ってはいたんだけど」
「えっ、いや、そんな、はい」
「夏木君、いつも女の子から離れたい時だけ図書室に来るみたいだから、意識しないようにしてたけど」
「え!違います!」
「なんで敬語」
「フウ君に会いに来てたんだよ!」

ガシッとフウ君の両手を握ると、さすがに驚いたようで腕を引こうと力を込められるけど、上から更に断固阻止する。また逃げられたらたまったもんじゃない。そして意外にもフウ君の力が強くて(また新たな発見ではあるが、)拮抗するお互いの手が震える。でもこれ以上フウ君の手に痛い思いをさせたくない俺は、形振りかまっていられなかった。

「フウ君が好きだから会いに行ったの!」
「はああっ!?」
「声デカっ!」
「だって!そんなの聞いてない!」
「あんだけ会いに行ってんだから自惚れてよ!」

フウ君大きい声でるのね!
す、と俺の手からフウ君の手が離れたのは、フウ君の力が抜けたからだ。それに気付いていない本人は、呆然として俺を見ている。こんな時に言うことじゃないけど、フウ君からそんなに見られることは初めてに等しいから、ちょっと照れる。

「え、ちょっと、好きとか、え・・・?」
「いや、もう言葉のまんまの意味だから。フウ君好きです付き合ってください」
「え、えー・・・」

困惑を隠しきれない眼差しが右に左に忙しなく泳ぐ。まるでバンビを追い詰めてしまった狼の気持ちだ。

「さっきの。期待してたってことは、フウ君も俺のこと好きってこと?じゃないの?」

もう今頭ん中余計なこと考えてらんないから、早く答えが欲しくてたまらない。
今絶対、めちゃくちゃ情けない顔してる。フウ君が何とも言えない顔をしている。それでも観念したかのように、あぁ、と小さく嘆いて言った。

「勘違いしないように、気を付けてたんだよ・・・」


真っ赤な顔して蒸発しちゃいそうなフウ君を前に、歓喜の雄叫びを大声で叫んでハグしてギュッってした俺を、一体誰か咎められようか。




おわり



小話 147:2020/10/01

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