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※ある意味死ネタNLです。





──平安時代。
貴族の娘であった彼女との出逢いは、可愛がっていた黒猫を俺が捕まえたことからだった。日がな暇をもて余す彼女の膝の上から逃げた猫を追いかけた先にいた俺は、彼女の父から雇われた只の兵、つまり用心棒。難なく抱き上げた猫が、この家で寵愛を受けているのは重々承知しているので飼い主に返しに行こうと思った矢先に現れたのが彼女だった。
一目惚れだった。
猫以上に大事に大切に、それこそ宝物のように隠されるように守られていた彼女を見るのは初めてで、ふわりと舞う高貴な香のかおり、俺をみて驚いて丸くなる目、しかし頬に桃色を走らせて、はにかみながら礼を言って差し出す玉の肌、艶やかな黒髪。全部覚えている。こんな美しい人がこの世にいたのかと、身を焦がす日々を過ごすようになったのだから。そして奇しくも、彼女ものちに俺に一目で恋に落ちたのだと、俺の肩に小さな頭を傾けながら語ってくれた。
けれど、貴族の娘と只の用心棒の俺達が結ばれるなんて事はあり得ない。彼女とは人知れず文のやり取りを交わしたが、夜這いなんて出来る筈もない。
悲観して、彼女が誰かに汚される前に、彼女が誰かのものになる前に、二人で出した結論はひとつだった。
・・・名のある陰陽師に掛け合って、“永遠の縁”を持てるように、彼の世で逢えますようにと互いの左手小指を赤い糸で繋いで貰い、満月の夜、命を絶った。



さて、暗い話ではあるが本題はこれからだ。
それからは俺達は、陰陽師か神か仏かのご加護かは知らないが、何度も生まれ変わっては時を越え、巡り逢う運命を辿ってきた。当然彼女は、いつの時代も誇り高く美しく、誰よりも輝いている存在でいて、対して俺も、流浪人、奉公人と、彼女と釣り合える身分ではない下っ端街道を突き進んでいた。駆け落ちをして、彼女を追ってきた使いの者に殺された事も、彼女がより高い身分の男に嫁ぎそうになった時、二人で手を繋ぎながら身投げをした事もある。
余談として、大戦時は巡り逢うこともなく戦死したし、外国に生まれ落ちて生涯逢えなかった事もあるので、あれは実に無駄な人生であったと今になっても腹立たしい。


そして時は巡って、現代、令和。
昔に比べれば一般的な家庭の子として生まれ、日本どころか世界の状勢もすぐに知ることが出来る便利な時代になったものだと感慨深い。

「黒縁さーん、そろそろ列に加わりますか」
「あ、はい、そうですね」

今呼ばれた黒縁とは、黒縁眼鏡をかけている俺のハンドルネームだ。今日はネットで知り合ったドルオタと、東京の地下アイドルが集う大型フェスに足を運んでいた。一人で参加する勇気はなかったのは心苦しいが、活発で目を惹く容姿をする彼女なら、もしかしたら演者として出ているのでは、と踏んだからだ。地下ではなく大手事務所の芸能人になるなんて、それこそ今期も一般人になるだろう俺を見越して、そんな真似はしないはず。出演者を事前にネットで調べたけれどピンとくる子はいなくて、正直無駄足かもしれないが、少しでも彼女への手がかりが掴めたら幸いだ。
今度こそ、彼女と添い遂げたい。
俺は決意を固め、首筋に手を当てた。緊張か高揚か、脈が早いがそこに触れると気持ちが穏やかになる。いつかの時代、心中した際にお互いに斬り合った傷が、俺には首に、彼女には胸にあるからだ。

「黒縁さん、あっちでセキュリティチェックみたいですよ」
「はーい」

整理券ごとに各入場口へ別れて、持ち物と本人確認をするらしく、場馴れしていて、今日のチケットを用意してくれたドルオタさんに着いていく。
と、その時、後ろから肩を掴まれた。
反射的に振り返れば、目を惹く金髪の男と目があった。その容姿の美しさに一瞬見とれて、そして次に目に入る今日のライブのスタッフTシャツ、を盛大にカスタマイズしたダメージ加工、から大胆に覗き見えた程よく鍛えられた胸元の筋肉、に走る傷痕。
息が止まった俺に、金髪の男も目を見開いて固まっていた。その目の動きは自分の顔と、僅か下の、首の傷を眺めていた。そしてあの日と変わらない、驚いて丸くなった目に涙を浮かべ、頬に走る桃色。

「いたーーーーっ!!!」
「男ーーーーーっ!??」

勿論、俺の叫び声は後者の方だ。





フェスに穴を空けるのは出演者にもドルオタさんにも失礼だし、普段は友達とライブハウスでバンド活動をしているらしい彼女──いや、彼は、その伝手で今日のスタッフとしてバイトをする予定だったので、閉幕後、俺達は最寄りの駅で落ち合った。俺の一人暮らしのアパートが近いので、手を引いて地下鉄に乗って、そういえば晩飯がまだだったとバーガーショップで幾つか適当にテイクアウトしてから俺の小さな屋城に彼女──違った、彼を招いた。

「悪い。狭いし、汚いけど、適当に座ってくれ」
「ああ、うん。へへ、俺の家もこんな感じだから。同じだよ」
「・・・そうか、同じか」

二人して、ようやく漂った柔らかな空気に頬を緩めた。彼を前にすると、いつの時代もそれなりを装っていても、どうも畏まってしまう。話したいことはたくさんある、ようやく近い存在になれた喜びもある、しかし、まずはこれだ。

「まさか男になってるとは思わなかった」

ピックに刺したピクルスを噛ると、彼は日本では珍しいサイズの大きなハンバーガーを、恥じらいもなく大口を開けてかぶり付いた。スタッフ業は中々に疲れたようだ。公演中はずっと彼の事を考えていた俺とは違い、終始労働や監視といった肉体的にも精神的にも仕事に勤しんでいたのだから当然だろうが。
もぐもぐ、ごくん、と飲み込んでから、彼はフ、と色気も交えた悪戯っ子のように、しかし見覚えのある無邪気さを残しながら笑ってみせた。

「俺解ったんだ。女じゃ思うように行動できねぇって。どの時代も動きに制限されて、早めに結婚急かされて勝手に男宛がわれてさ、全然自由がなかったじゃん?」
「ああ、そうだな」
「だから次に生まれ変わる時は、絶対に、絶〜対に!男がいいって!すげぇ願ったんだよ」

なるほど、と理解できないことはない発想に相槌をうつ。そのお陰で何の弊害もなく、即行で言い方は悪いがお持ち帰りも出来たのだから、彼の変化には感謝をする方だろう。

「しかし神様も鬼畜だな。何度も生まれ変わらせてくれる癖に、お前と結ばれるルートは用意してくれねぇなんて」
「そうだな」
「でも、やっと・・・」

言葉を詰まらせた彼は、ややあって、ボロリと大粒の涙を落とした。

「やっっっと会えたあ・・・っ」

男になっても美しい姿だというのに、彼は鼻の頭を赤くして、子供のようにボロボロと泣きじゃくる。たまらず手を伸ばし、頬を伝う涙を拭ってからそっと身体を抱き寄せた。身体つきは俺よりいいから格好はつかないが、それでも俺の背中に手を回し、ピタリとくっついて首もとの傷に額を擦り付けてくるいじらしさは言葉にならない可愛さがある。

「男でごめん、嫌いになった?」
「ならないよ。驚いたけど、お前はお前だ。先に見つけてくれて嬉しいよ」
「ふふっ。もしかして、今日俺がアイドルになってるかもって探しに来たの?」
「そうだよ。でも結局、どのアイドルよりもお前が一番綺麗で気になって仕方なかった」
「だろ?俺、男にも女にもモテるんだよ」

なぬ、と片眉を上げれば、彼は泣きながらクスクスと笑っていた。嘘か誠かは解らないが、昔から誰をも魅力してきた実績があるので、おそらく事実だ。
あからさまなヤキモチを見せた俺から離れることもなく、彼は金髪で擽るように俺の肩口に寄り添ってくる。

「実は俺、男はこれで三度目なんだ」
「何?」
「騎馬隊で敵将の首をとった事もあるし、船乗りになってお前を探しに行ったことだってあるんだぞ」
「・・・それは、逞しいな」
「多分俺、一番最初に出会う前は男だったと思うんだよね」
「なるほど・・・」
「それにな、俺、次にもし、お前に会えたらやりたい事があって」

うん?と、その願いを叶えてやりたくて泣き顔を覗き込んだはずが、一瞬身体が浮くと、視界はぐるりと回って、背中には柔らかな感触──ああ、背後のベッドに押し倒されたのかと気付いた頃には、彼が俺に覆い被さってきた。

「・・・このまましたい」
「・・・ん?」

思い詰めて、苦しそうな、けれどギラギラとした目付きに釘付けになって動けない。するりとからめられた脚はデニム越しでも彼の熱いモノを感じて、ビクッと身体が強張った。そしてそれが彼に伝わったのだろう。くしゃりと顔をまた歪め、泣きそうに、それでも腰を押し付けてくる強引さは小さな子供が駄々を捏ねているようだ。

「だって、なぁ、解るだろ?俺、お前の為に男にまでなってんだよ。男のアレコレだって解ってるし、お前の事、すげぇ好き。もう男も女も関係ねぇよ。抱きたいんだ」

今まで満足に身体を重ねたことだってない人生だった。どっちがどっちに餓えてるかなんて、どっちがどれほどに恋い焦がれて待ち望んていたかなんて、そしてそれをどう形に表すかなんて、長い時の中に捨ててきた。
時代に抗い、必死にもがいて、結局何も掴めなかった手を伸ばし、目の前の男の髪を掴むと乱暴に引き寄せ口づける。

「千年以上もお前の事を思ってんだ。今さらもう、何がどうなったって構わねぇよ」

鼻先をくっつけたまま笑ってやると、彼は長い睫に涙を溜めて、幸せそうに綻んだ。

「・・・今までの分、貪りつくしそう」




おわり



つまり時を越えたハピエンBLギャグです。
二人の名前はまたいずれ。

小話 146:2020/10/01

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