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陽射しがきつく、汗ばむ季節になって、会話の節々に「暑い」と「眩しい」が自然と愚痴のように挟まれるようになってきた。
「休憩しよう」
と発言したのはどちらだったか。もしかして言ってないかもしれない。繁華街から少し離れた歩道で見かけたレトロなドリンクのキッチンカーめがけ、二人揃ってフラフラとそっちに足が向いたくらいには、今日は夏を感じるほど暑かった。

「さと君、何にする」
「んーと、レモンスカッシュ」
「じゃあそれと、俺ミントスカッシュで」

車内でニコニコしている店員のお姉さんに注文を済ませると、俺がリュックの中のスマホに手を突っ込む前に、にろ君が尻ポケットに入れていたスマホで素早く決算してしまう。
「あっ!コラまた!」
と俺が怒っても、にろ君は素知らぬ顔だ。あんなに暑い暑いと言ってたのに、しれっと涼しげな顔をして俺の不満を聞き流す。
また、と言うのは昼時の話だ。昼飯で入ったカフェにて、俺がカウンターでしていた注文に後ろから追加する形でにろ君が注文すると、サッと合算された二人分を払ってしまったのだ。頑なに俺の分の代金を受け取ろうとしないにろ君に、あとで何か奢ろうと決めていたのに。

「さーとーくん。ほら、あっち。場所とっといて。早く早く」
「・・・りょーかい」

俺の恨めしげな視線を受け流し、にろ君は運良く空いていたパラソルの設置されたウッドデッキを指差した。どうやらここらは高いビル群に囲まれた公開地区で、野外の休憩所と言ったところか、見渡せばベンチで休憩している人がちらほら見えた。ここは大人しく場所取り役をかった方が得策だろう。しぶしぶそっちに向かう俺に、にろ君はようやくいい笑顔を向けてきた。

(・・・くそう)

一人お先に陽射しから避難した俺は、日陰からにろ君を観察する。
白いオーバーTシャツに白のスニーカー、黒のスキニーに黒のキャップ。モノクロシンプルな格好だってのに、どっかのストリートブランドのモデルみたいなナリの新納君(通称にろ君)は、うつ向いているだけで絵になる男だ。日本人だってのに、白っぽい金髪がよく似合う。

「なに?見過ぎじゃない?」

二つのカップを持ったにろ君が、愉快そうに笑った。彼が眩しいのは今日の陽射しのせいだけじゃないだろう。
椅子を引いて向かいに座ったにろ君から
「ありがと」
と受け取ったドリンクはひんやりと冷たくて、頬にあてると一瞬だけ涼を感じて生き返る。ひとくち飲めばシュワシュワの炭酸とレモンの酸味に少し震えた。

「あ〜っ、生き返る〜!」
「さと君のおいしい?」
「うん、すっきりする。途中からエグくなってくるけど」
「それすっきりするって言わないんじゃない?」
「いや、でも最後は蜂蜜の甘味で結果おいしい」
「ははっ、精一杯の食レポ」
「にろ君の、ミント?おいしいの?」
「うん。リンゴ割りだからずっと飲みやすい」

薄いグリーンのグラーデーションのそれを、飲む?とも聞かず笑顔を添えて向けられたストローの飲み口。
これ。これなのよ。さっきの支払い然り、日陰に避難させてくれるの然り。こういうのをスッとしちゃうのがにろ君のすごいところだ。女の子ならその容姿も相俟って一撃コロリだろう。
しかし俺は女の子じゃないのでコロリはない。
なので遠慮なくひとくち貰った。甘くて鼻に抜ける爽やかさは後味がスッキリしていて「うま」と感想が自然とこぼれ落ちる。

「さと君、この後どうする?どっか行きたいとこある?」

俺の咥えたストローを気にすることなく奥歯で噛んでスマホを弄るにろ君は、ちらっと空を見上げた。暑いとはいえ外出に相応しい久しぶりの晴天で、日はまだ高い。帰るにも早いし、帰る理由も特にない。

「・・・あ!あの新しくできたビルあるじゃん、めっちゃテレビきてるやつ。あそこ行ってみたい」
「ああ、いいね。じゃあそっちに──」

「すみません、ちょっといいですか?」

テーブルの上に置いたスマホにマップを表示して、にろ君が人差し指をすいすい動かしてルート確認しているのを覗き込んでいると、突然知りもしない声が割って入った。
顔を上げると二人組の知らない女性、多分年上が、俺ら、ってかにろ君に向かってもう一度「すみません」と髪を耳にかけながら会釈する。

「あの、これからお時間ありますか?」
「ないです」

即答したのはにろ君だ。
間髪いれずの返答に、俺も女性達も目が点になる。しかし当のにろ君は既に再びスマホに目を落とし、マップを弄って最短ルートを探っている。おまけに頬杖をついたまま身を屈めてドリンクを飲むと言うお行儀の悪さも炸裂だ。
女性達の顔がひくりと引き攣ったのが解った。

「あ、でも、ここちょっと暑いし、良かったら涼しいところでお茶とか、」
「行かないです」
「じゃあちょっとお喋りとか、」
「しないです」
「んっと、じゃあ連絡先──」

女性とにろ君との応酬に、俺はテニスの試合のギャラリーみたいに視線だけがキョロキョロ動く。二人の会話の落としどころが解らずにヒヤヒヤしたところで、パッとにろ君が顔を上げた。一瞬自分と目があって、そのままくるんと女性を見つめる。

「あの〜、逆にちょっと聞きたいんですけど」

ようやく自分達に関心が向いた事で脈を感じたのか、女性達の目が輝いて口角が上がった。だというのに、にろ君の目はスーッと細く冷たい。

「純粋な疑問なんですけど、これからそっちとお茶をするとして、それからどうするんですか?仲良くなって連絡先を交換するとして、そこからまさか恋人にでもなれると思ってるんですかね?話しかけられた知りもしない女にホイホイついてった男を友達とか彼氏にするって普通にヤじゃないですか?リスク高すぎですよね?そうやって知り合って付き合う男は高確率で他の女にもついてって浮気しますよ?見た目が好みってだけで声かけて、もし俺がそっこーラブホ連れてって緊縛とか凌辱のDVみあるヤバイ奴だったらどうすんすか?自己責任ですよね?ってかそもそも今俺飲み物飲んでんのに更にお茶に誘うってどゆことですか?そこはせめてご飯とかカラオケじゃないですか?誘い文句考えた方がいいっすよ。てか逆ナン向いてないよ。マジで 」

ペラペラとスムーズに口を滑らすにろ君に、俺もお姉さんも呆然としてしまった。ぽかん、としている俺達を置いてけぼりに、にろ君の話はもう終わったようで視線は再びスマホに落とす。

「そういうわけで、俺達おねーさんらに興味ないんで、さようなら」








「すげぇ、俺、逆ナンなんて都市伝説かと思ってた・・・」
「ははは」

死んだ目をして乾いた笑いを見せるにろ君は、行き先を頭にインプットしたらしく、俺の手を掴んでスイスイと歩いていく。
あの後、我に返ったお姉さん達は「ふざけんな」「ムカつく」と小言を吐きながら退散していって、今度はそっちに気をとられていると、にろ君に「もう行こう」と手を取られたのだ。手と言うか手首だけど、さっきからガッツリ掴んで離さない。

「てか普通に俺スルーされてたけど、あの人達に俺見えてたかな」
「ふふっ、大丈夫、さと君ちゃんと足も影もあるよ」

短い影を見やれば、俺とにろ君の二つの影が一つにくっついている。この繋がった手はいつ離してもらえるのかと緩く振ってみたけど、やっぱり離れる気配はまるでない。

「さっきの、まぁ正論って感じはするけどさ、にろ君結構バッサリ斬るのね」
「まあ・・・。ってか、こっち今さと君といんのに何なわけ?って・・・しつこいし、普通にちょっとムカついたしね」
「自分に自信があるんだなぁ」

すごいことだよなぁと変に感心しながら、捨て損ねたレモネードの中の氷が溶けたのをズズッと飲み込む。当たり前だけどぬるいし薄いし炭酸なんてゼロだ。汗をかいたカップで手が濡れるし、いい加減これをどこかに捨てたい。捨てたいし、にろ君にこれのお金も渡したい。

「・・・ああいうの、引いた?」
「え?どれ、逆ナン?」
「じゃなくて、俺に」
「なんで?全然。にろ君無双すげーって感じ」
「良かった。俺、さと君以外にならどう思われたっていいんだけど」

いいんだけど。
その後の言葉を待ったけど、にろ君は何も言わずに、少し前を歩いて頬をかいただけだった。

「・・・ん?あれ?にろ君、カップいつ捨てた?」
「え、さっき公園出る時、出口にゴミ箱あったじゃん」
「マジ?俺ずっとカップ持ってんだけど」
「あーあー。まあどこかしら何か捨てれるとこあるでしょ」
「あーあー。俺もう手ぇビチャビチャよ」
「うわ」
「うわとか言うなし」

繋いだ手をそのままに肩をぶつければ、にろ君が大袈裟によろけて二人して転けるところで、人通りのある遊歩道だと言うのにゲラゲラ笑ってしまった。

「さと君、俺と一緒にいてね」
「よく言うよ。離してくんないくせに」

ほら、と手を持ち上げれば、にろ君は唇を舐め、目を細めて満足そうににんまりと笑った。
背中にタラリと汗をかいたのは、背後で太陽がギラギラと活動しているからだろう。





おわり



もう暑いですね。にろ君のイメージはねちねちしつこい白蛇。


小話 144:2020/05/31

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