142



察しのいい貴女ならお分かりの、“なんやかんや”があって初めての朝、俺は起き上がれないでいた。
身体の痛みはもちろんだけど、心情的にどの面さげて「おはよう」を言えば良いのか分からないからだ。
上手くは出来たと思う。お互い最後までイケたわけだし。後ろめたさとか、後悔もない。いや、もう、うん。

(恥ずかしい・・・っ!!)

これしかない。
俺は突っ伏した枕に額を擦り付けた。
今までのダラダラと過ごす友人時代のお泊まりとは違うのだ。恋人同士が迎える初めての朝だ。ボサボサの髪にあくびをしながら「おはよ〜」じゃダメなのだ。だからと言って少し恥じらいながら「おはよ」とでも言うべきか?いやいや、無理無理、キャラじゃない。ここは定番のモーニングコーヒーたるものを淹れに行くべきか、味噌汁でも作るべきか、シャワーでも浴びに行けばいいのか。
勝手知ったる廉人の部屋だが、今日ばかりは佇まいが分からない。

(ど、どうすれば・・・)

かいた汗は行為の名残か寝汗か冷や汗なのか。
昨日は最終的にお互いが行き着く先に辿り着いた安堵感と疲労感で意識はプツリと切れて、気付けば朝だ。
隣で廉人が寝ている気配がする。規則正しい寝息。緩やかに上下する胸板にあわせて揺れる二人で一枚のタオルケット。

(・・・今、何時・・・)

スマホはベッド下の鞄の中。
部屋の時計は廉人側に掛けてある。
部屋に入る日差しの色からして、真夜中や早朝ではない、それでも休日に目覚めるには少し早い時間だと思う。

「・・・いおり?」

ごろりと廉人が寝返りをうって、ベッドが軋む音がした。
その声と背中に感じた視線に身体がギクリと強張った。起きているのはバレただろう。

「伊織、おはよ」

ふ、と笑ったような空気を感じた。
それだけなのに、実際顔を見たわけでもないのに、ぶわっと一気に熱が上がった。

「身体へーき?きつくない?」
「ん・・・」

頭を撫でられて、そこでようやく身体を捻る。そこにはカーテンの隙間から射す朝日をバックに、控えめに笑う廉人がいた。

(・・・ん?)

まず、どこが、とか、なにが、って明確ではないけど、違和感が胸につかえた。廉人が廉人じゃないような、いや、いつもの廉人だけど。
「飲み物持ってくる」と、タオルケットを捲った廉人にギョッとしたが、当然というか、ちゃんとボクサーを穿いていた。パンイチで冷蔵庫へ向かう廉人の背中を見ながら、ハッとしてベッドの中でそっと自分の下着の有無を確かめる。穿いてる。昨夜自分で穿いた記憶はない。なぜなら終わったと同時くらいに達成感で寝落ちしたからだ。
ということは、廉人が──。
・・・想像して羞恥で死ねた。

「伊織?」

廉人が再び枕に顔を埋めた俺の後頭部にポンと触れた。片方の頬を枕にあてたまま中途半端に首を捻ると、器用に二つのペットボトルを片手に持った廉人が心配そうに俺を見ている。
あー、違う。俺はどうもないんだよ。俺は。でも廉人。廉人、なんか、なんか・・・ん?

「なんか、廉人・・・どうした?」
「は?」
「髪切った?」
「切ってないよ」
「化粧してる?」
「するわけないでしょ。え、なに?」
「や、なんか、いつもと雰囲気ちがくない?」
「? 何もかわりないけど?」

まあ寝癖はついてるかも、と前髪を弄りながら笑っただけの廉人がキラキラを振り撒いてるように見える。キラキラのせいでいつものイケメンが三割増しのイケメンに見える。
「もしかして寝惚けてる?」と首を傾げる廉人からペットボトルをひとつ受け取り、ようやく体を起こすと腰に鈍痛が走った。腰は覚悟の範囲内だからいい。痔になってなかったら、とりあえずはいいんだ。
ベッドのマットに腰を下ろした廉人は、喉仏を大きく上下させながら水を飲んでいく。その姿もやはりキラキラしていて、ぷは、と口を離した後に前髪をかき上げる一連の動作の色気っぷりに、俺は暫し見とれてしまった。
俺は今ミネラルウォーターのCMでも見ているのか?どこのアーティストのPVだ??

「今日は家でダラダラコース?」
「動き回るのはさすがにきついかも」
「そんなに?本当に大丈夫?」

廉人の両手がペタリと俺の頬を挟んで持ち上げた。マジマジと心配そうにこっちを見てくるその目になんとも間抜けな俺が映っているが、ちょっと待て、え、廉人顔がよすぎないか。
なんて改めて認知した瞬間、顔から火でも湯気でも出たかのようにボッと発熱したのが自分でもわかった。

「え、ちょっと待って、熱ない?熱くない?」
「だ、だい、だいじょぶ・・・」
「大丈夫じゃないでしょ!えっと体温計と冷却シート、あ、お腹空いてる?なんか食べて薬飲む?あっ、もしかしてお腹痛い系?ねー、伊織ー!?」

台所へ走った廉人が何か叫んでいるのをうっすら聞きながら、俺はへなへなとベッドに倒れこんだ。一瞬腰が悲鳴を上げたが、それがなんだ。

(あああ・・・やばい)

一夜を共にした途端、単純な話かもしれないけれど、俺、廉人が前よりカッコよく見えてる。

(ってゆーか、前より好きになってる気がする・・・)

既に身も心も結ばれたというのに、今まで以上に相手に惚れてしまうという謎の恐怖と終わったはずの初恋に似たときめきに、俺の心臓はぎゅうっと締め付けられた。

「伊織、ご飯食べれそう?」
「あ、心臓が、いてててて」
「え!?」
「ちょ、こっち来ないで・・・目がつぶれる・・・」
「えっ、えーっ!?」

こんなグダグダな朝の迎え方なんてしたくはなかったけど、全ては廉人が悪い。俺をドキドキさせる廉人が悪い。
赤い顔を見られないよう、俺はタオルケットに丸まって目を瞑り、慌てている廉人の焦り声を他人事のように聞くしかなかった。



おわり





初夜ってのも好きだけど、朝の初々しい感じも好き。


小話 142:2020/05/10

小話一覧


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -