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84の続編
※虎太(こた)呼び




二人で過ごす日々が圧倒的に多くなって、もう今月末で自分のアパートの契約が切れるのを機に、荒木の部屋の方に転がり込む話になった。
二人じゃ狭い間取りだけど、社会人になったら引っ越すのを前提として、お互いが学生の間は我慢することにした。それに、
「どこだろうと俺がいりゃお前にとって優良物件だろ」
とか馬鹿恥ずかしい誘い文句をけろりと吐かれては、俺は赤べこみたいに首を縦に振るしか選択肢がない。
現に荒木の家にいると、俺の体調はすこぶる良くなる。良く眠れるし、頭痛も肩の凝りも、悪寒もなくなった。一緒にいると見えてたものは見えなくなるし、そうなると必然的に俺は荒木の側から離れられない。そんな俺に気を良くして荒木はご機嫌に手料理(旨いとか上手ってより豪快な男飯)を与えてくれるし、自分の存在が本当に薬になってると知るや、見た目からには想像出来ない程ベッタリしてくる。
・・・悪い気はしない。むしろ極上。

「なあ、明日朝から俺んちだからな」
「わぁってるよ」

スマホを弄っている俺を抱き込み、一緒に動画を見てくる荒木の腕が腹に回る。そういえば荒木の側にいると電波障害も無くなった。抱き心地のいい女子供じゃねぇのに、荒木はもうほぼ無意識に近いくらい自然に、俺を引き寄せ密着する。
俺の当初抱いていた荒木の懐にいれたら大事にするタイプ説は、見事に当たった。
伸し掛かってくる荒木が重たいなんてのは、なんつー贅沢な悩みな事か。

(でも、そろそろ、ちゃんと話さねぇと・・・)

俺の恐怖と決心なんて知りもしない荒木は、スマホの中の海外バスケ選手に一人盛り上がってうんちくを披露していた。




翌日、日曜の朝。
ジャージ姿の荒木と共に、俺のアパートに足を運ぶ。一週間ぶりの自分の部屋は、相変わらず空気が重くて息苦しかった。諦め馴れたはずのドロドロとした見えないヘドロみたいなものが全身を覆う感覚はもはや懐かしく、ドアを開けただけで足が止まってしまった。

「スッカラカンだなー」

ひょいと後ろから続いた荒木が無遠慮に家主の俺を追い抜き先に部屋に上がった。この一週間はずっと荒木の部屋にいたから、先ずは空気の入れ換えにと勝手に窓とカーテンを開け放つ。
途端に眩しい光と新鮮な空気が入り込み、体の中からスゥッと軽くなる不思議な感覚に身が震えた。

「何もねぇのに辛気くせぇ部屋だな」
「・・・っ、うるせぇよ」

振り向き様に荒木が笑うと、金縛りが解けたようにハッとしてようやく俺も部屋に上がった。

休日になると徐々に私物を荒木の部屋に移し、契約が切れる日には空っぽにする算段で動いてきて、今日がそれの最後の日だ。
貴重品や服、学用品、布団は同棲の話が上がる前から荒木の部屋に持っていってたし、粗大ごみの処分と掃除は先週終わらせた。電化製品は何のせいか電波障害が激しかったから、早々に売り払っている。今日はこれから大家(と、なぜか来る気満々だった荒木)立ち会いのもと、正式に退去となる。

「大家、不動産屋と合流してからくるって」
「ふーん」

カラカラと窓を開けてサッシに腰を下ろした荒木が辺りを見渡す。別に面白いものなんて見えないが、何もない部屋ですることもないので俺も荒木の足下に座って天井を眺めた。前は木目がぐにゃりと歪んで人の顔のように見えたし、その都度気が滅入っていたというのに、今じゃ大人しくただの木目のふりをしている。

(荒木がいるからか)

とん、と頭を荒木の足に当てて寄り掛かると、武骨な手に撫でられた。

「この際うちの家具も思いきって新調すっか。ベッドと冷蔵庫はでかい方がいい」
「三大欲求に素直過ぎだろ。俺は洗濯機と掃除機が欲しい」
「おー、いいぜ。最近スポーツくじで当てたからな、買いたいもん買えよ」
「マジかよ。じゃあ肉食いたい」
「ははっ!んじゃコレ終わったら飯食いに行こうぜ」

他愛もない話をする。それと同時にいよいよ本格的に同棲生活が始まるのだと現実味がわいてきた。今までも転がり込んでいた身分ではあったけど、それとこれとは別物だろう。

(言うなら今、だよな。てか今逃したらダメだろ)

するりと、荒木の手が頭から耳に降りてきて、そのまま顎を擽られた。唇をなぞったり耳朶を弄ったりと、どこか性的な動きを見せる荒木に普段なら叱咤するところだが、俺はどこか他人事のようにぼんやりと大人しくそれを甘受した。

「ん。で、虎太は何考えてんの」

親指が口に入って歯に触れた。
無理矢理吐かそうとしているみたいで、目があった荒木がニヤリと笑う。

「ア?」
「昨日から何か言いたそうだったろ」

指を抜いた荒木が横に座ると、背中を丸めて顔を覗き込んできた。変なところで上手く働く勘の良さは、今日も俺にとってはベストのタイミングで救ってくれる。

「・・・あのさぁ」
「おう」
「お前、マジで俺と住んで平気かよ」
「あん?」
「や、だって、お前に何かあったら、俺・・・」

荒木とこういう関係になってから正直に、自分が今まで好きまではいかなくても、ちょっといいなって思ってきた人にはかならず災いが降りかかってきた事を荒木に話している。
俺に憑きまとう霊だか死神だか知らないが、ちょっと興味や思いを寄せただけで死の一歩手前まで連れていかれるのだ。

「・・・側にいてぇってのはあるけど、それ以上に荒木がどうなるか、俺にはわかんねぇし、こえぇよ・・・」

今までは何事もなかったけど、これからの事は何も保証できない。守ってくれる男をずっと探していた癖に、いざそのシーンに直面すると急にこれだ。結局、俺自身には何をする力もないのだから。
先週荒木が拭きあげた畳の染みを睨むように視線を落としていたが、隣から「ふはっ」と笑い声が漏れたのでそのまま睨みをスライドさせる。
俺の目線に気付いて荒木は慌てて口をデカイ手で覆い隠すけど、それでも隠しきれない喜色の笑みが目元に表れている。

「・・・なに笑ってんだ、テメェ」
「いや、だって虎太憑きの霊から殺したいほど嫉妬されるレベルに虎太から愛される俺、やばくね?」

そういう話をしていない。いや、していたのだろうか。ニヤニヤだかデレデレだか、一人で笑っている荒木に拍子抜けすると、本人は「は〜」となにかを噛み締めるようにしみじみと息を吐いて、俺の手を握った。

「どうなったっていいよ、別に。俺が虎太といてぇだけだし。そもそも一目惚れした奴その日に持ち帰りできて付き合って同棲まで持ち込めるって、すげぇラッキーじゃね?」
「はぁ?」
「え、ってか虎太って俺にそんな惚れてんだ?今までで一番ってこと?過去イチ?」
「・・・う、まぁ、うん」

好きだ、一緒にいたい、コイツがいいなんて高望みしたのは荒木だけだ。

「顔も体も、なんか馬鹿みてぇに鈍感で明るいとことか、その幸運体質とか、多分、全部」
「マジか。俺超絶優良物件じゃん」

グワッと抱き締められるのはいまだに慣れない。
柄にもなく胸が高鳴るし、顔もきっと赤い。
俺の悩みを丸ごと包み込む、この大きな体に額を押し付けて目を閉じた。この部屋で、こんな幸せで温かい気持ちになれる日がくるなんて思いもしなかった。

「虎太、初めて会った時よかだいぶ顔色良くなったな。ちょっとガリッぽかったけど、筋肉もついてきたし」
「お前に筋肉誉められても嫌みでしかねぇよ」

荒木の胸板をどついたところでドアホンが鳴った。大家と不動産屋だ。二人で顔を見合わせて、笑いながらドアを開けた。

今日からまた新しい世界が始まっていく。









「──わりぃな。俺の勝ちだ」

施錠された扉に向けて、見えないし感じることもないが、虎太に憑きまとう霊だかに中指を立てて舌を出す。
晴れて正式に、虎太が俺のものになったんだから顔がにやけて仕方がない。

「なんか言ったか?」
「いやぁ、なんも?」

大家と不動産屋の後に続いていた虎太が振り返る。
ご機嫌に隣に並んで前の二人にばれないように腰を抱いてそっと囁いた。

「なあ、どっかで飯食おって言ったけどさ、やっぱ今すぐ俺んち帰んねぇ?」
「はあ?なんで」
「今すぐお前のこと可愛がりてぇ」




おわり



小話 141:2020/04/20

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