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あっ。
という声が三者三様、同時に漏れた。
現場を見られた者が二名と、現場を見た者が一名。


「あ、えっと、じゃあね、木場君」
「ああ、うん」

そそくさと、その場を一番に抜けたのは三人の内の紅一点だ。頬まで紅くして、ぱたぱたと内巻きボブの毛先を靡かせながら去ってしまった。
残された者はその方向を無言で見つめつつ、二人の間にぴゅうっと冷たい風が吹く。
場所は裏庭。時は放課後。絶好の告白シチュエーションに、オプション付きで木場と呼ばれた男は薄ピンク色の封筒に入った手紙、あからさまなラブレターを手にしていた。

「・・・え、もしかして、いま俺邪魔だった?」

思い切り告白現場に居合わせてしまった末武が、顔をひきつらせたぎこちない笑みを作る。茶化すに茶化せないと、その表情が物語っている。そしてそれを読み取った木場も、めんどくさそうに顔を歪めてから、観念して隠すことなく諦めのため息をついた。

「いや。話はもう終わってたから」
「あ、そーお?てか俺、木場探してただけだから悪気はなかったんだけど」
「うん。別にいいよ」
「あの子、木場と同じクラスの子だよね。めちゃモテる子だ」
「ふーん。そうなんだ?」
「卒業したらどっかの事務所入るみたいな話あるじゃん。有名なやつ」
「へー。知らない」
「知らないんかーい」

末武の乾いた笑いだけが取り残されたままの裏庭に虚しく響く。木場が手中のラブレターを裏表に返しながら眺めているので、末武も自然とそれに目を向けて、叫んだ。

「違うじゃん!!!」

そしてガシッ!と木場の両肩をわし掴んで前後に激しく揺さぶった。必死の形相の末武に対して、木場は明後日の方向を見ながらされるがままに頭を揺らしている。

「いや違うじゃん!そうじゃないでしょうが!」
「あーもー、めんどくさい」
「えぇ?はぁ?何告白されにノコノコ着いてってんの?何ラブレターなんて貰っちゃってんのっ??」
「着いてったんじゃなくて呼び出されたんだよ」
「んぎ〜〜っ!そこの違いはどーでもいい〜っ!」

木場を突き放すとわなわなと震えながら頭を抱えだした末武は、素知らぬ顔で制服にできたシワを手のひらでサッサと伸ばしていく木場を恨みがましく睨み付ける。何よりずっと手にしているラブレターが末武の心をギリギリと締め付ける。実際ギリギリと歯軋りをしている音かもしれないが。

「まあね!自分よりちっちゃくてオッパイもあってなんかふわふわしてるの可愛いかもしんないけどさ!俺と!つっ、付き合ってんのにそういうのどうかと思います!」
「なんで今ちょっと噛んだの?照れたの?」
「うるせっ!」

相変わらずの冷めている態度の木場に、一人だけ熱くなっているのが馬鹿らしくなってくるし恥ずかしい。
末武が木場と付き合い出したのは最近の話だ。散々付きまとって振り向いて貰って、向き合って貰えるように、隣に並べるように、木場に自分に興味以上の好意をもって貰えるように我ながら恋に必死に頑張って、やっと報われたかと思った矢先にこれだ。
末武は唇を噛んでうつ向いた。

「つーか、俺がどんだけアピってきたか身を持って知ってんでしょーが。なのに、は〜、よその女にコロッと行くなんて、薄情だわ〜。は〜」

木場を探していたのだって、一緒に帰ろうとしたからだ。木場のクラスメートから「裏庭に行くって。でも鞄あるし戻ってくるんじゃない?」との情報を得た時のざわついた胸の内なんて、木場はきっと知るよしもない。
露骨にため息をはいて、末武は木場の肩を軽く小突いた。

「それ、ちゃんと断れよ」

寄りたいところとかあったけど、それはまたいつかと勝手に思い描いた放課後デートを消していき、今日はもう一人で帰ろうと木場の隣を末武はするりと横切った。が、すれ違いざまに行かせまいと腕を強く木場に掴まれた。その力に足を止め顔を上げると、なぜか自分が木場に睨み返されているからさらに驚いた。

「じゃあ、スエが断ってよ」
「・・・はぁ?」
「これ、スエ宛てだから」

どん、と胸にラブレターを押し当てられて、手を引かれたので落ちそうになったそれを反射的に受け止めた。慌てて封筒を確認すると、確かに書かれていた宛名は末武宛だ。文字が小さい上にピンク色の封筒にピンク色のペンを使うな。見にくい。紛らわしい。内容を見てないのに既に不満がふたつ出た。

「自分よりちっちゃくてオッパイもあってふわふわしてて可愛い子から、スエ宛のラブレターなんですけどね」

さきほど吐いた台詞をそのまま木場が吐く。
その言いぐさはトゲトゲしていて、そういえば今日はいつも以上に態度が素っ気ないことにやっと気付いた。

「え、これ俺宛だから木場ちょっとうんざり気味だったの?」
「は〜ぁ?」
「え、え、まさかヤキモチ?木場、妬いてくれてたの?」

自分で導きだした答えに興奮のあまりグシャリとラブレターを握り潰したが、そんなものはどうでもよかった。末武が大事なのは木場だけだ。瞳をキラキラさせて態度を真逆に変えてきた末武に、その木場は若干引いてこそいるものの。

「どんな気持ちでこれ受け取ったの?あの子に何か思うことあった?俺のなのにふざけんなって感じ?ねえ、木場──」
「うるっさい!断るならさっさと断れ!」

文字の通り末武のケツを叩いた木場は、校舎の方を指差した。
彼女は木場と同じクラスだ。最近は木場に会いに木場の教室に頻繁に通っていたので、ただの仲良しな友達と勘違いした彼女が木場に中継役を頼んだわけかと、末武はふむふむと推理していく。
なんで裏庭と思ったが、放課後なのに末武の教室はひとけが多かったのを思い出す。単なる人目を避けただけだろう。
まあ結果として、意外や意外に木場は自分に対しヤキモチをやくくらいには好いてくれているのだという事実を知らしめてくれただけとなったわけだが。
ふむふむ、ふむふむ、むふふ、とついに末武は顔を緩ませた。
木場があからさまに引いている。

「ねー、今日一緒に行きたいとこあんだけど、寄って帰ろうよ」
「いいけど、教室に鞄あるし、あの子も多分まだいるよ」
「んじゃあ、俺があの子呼んでサクッと断っとくから、その間に鞄とっておいでよ。靴箱集合ね」
「・・・りょーかい」

冷たいような言い方をしたかもしれないが、それについて木場は末武を責めるような事はなかった。
意外と似た者同士かもしれない。
一緒に教室に向かいながら末武はこっそり思ったが、それについてはこれから一緒に過ごして検証していけばいい。
口笛を吹き出した末武に、木場は少し笑って「どこに寄りたいの」と彼女の件を素通りした質問を投げかけた。

やっぱり似た者同士なのかもしれない。



おわり



どっちもちょっとひどい男だ。
手紙の内容は、お友達からお願いします系の連絡先書いてるやつなので、女の子ちゃんはよもやお友達になる前にふられるとは思いもよらなんだ。


小話 139:2020/04/05

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