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ピカピカのフローリング、面積広めの3LDK、万全のセキュリティを施した駅近の高層マンションは学生のルームシェアには贅沢すぎる物件だ。
住人はそう顔を合わせたことはないけれど、いつも綺麗な身嗜みでキラキラした笑顔を振り撒き、心も懐も余裕のある人種と見える。
対して俺は、愛用している高校時代の上下緑色のジャージを着込みながら、カップ焼きそば片手に声を張り上げていた。

「ちょっと琉生君!まぁた湯切りが甘い!ソースお湯でべちょべちょじゃん!」
「だって中身がお湯と一緒にドバッて流れていきそうで怖いじゃん」
「メーカーは日々企業努力してんだよ!もっと湯切り穴を信頼していいんだよ!」
「じゃあ次こそ頑張る」
「ん。もしくは俺を呼んでくれ」
「了解した」

真面目に訴えると無地の白Tと履き倒しているデニムのパンツ(共にハイブランド)をさらりと着こなした琉生君が二人分の麦茶を運びながら真面目に頷き返したので、内容は馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど俺たちはまた一歩進んだと思う。
前回はカップ焼きそばの湯切りが今よりもっと甘々で、しかもその上から液体ソースをかけたものだから薄味のびしょびしょ焼きそば擬きを無言で啜ったのだ。それに比べたら今回はまだ、ちょっとお湯が残ってるぞってくらい。食べればまだソースの味もちゃんとする。うん、琉生君は確実に進歩している。

「そういえば琉生君、明日朝から出掛けるんでしょ?乗り継ぎ大丈夫?」
「バッチリ確認した、けど、ちょっと不安・・・」
「じゃ食べ終わったら俺も見るから」
「ありがと、快君!」

この流れからお分かりの通り、琉生君は生活力が皆無である。







シングルながらにバリキャリウーマンの琉生君の母親は、このマンションの一階ぶち抜きフロア丸々自身のブティックを経営していて、最上階に琉生君の一人暮らし部屋と、自分が恋人と暮らす部屋をひとつずつ買い上げている。
琉生君が俺と知り合ってしばらく、
「快君、ここで一緒に暮らさない?」
と、一般的な生活を送っていた俺には大変魅力的なお誘いを頂き、俺は断る理由もなくひとつ返事で頷いた。

俺と琉生君は同じ大学の同じ学部で、教授からコピーを頼まれた琉生君がプリント片手にコピー機の前で項垂れていたのを救ってからが始まりだった。
甘やかされて育った一人っ子琉生君と、今どき珍しい男五人兄弟の世話焼き長男の俺は何かとしっくりくる関係になり、始めこそ料理や掃除など母性本能を擽られた女子達が身の回りのお世話をかって出ていたものの、琉生君が見た目のわりに中身がポンコツ過ぎるとわかるや愛想をつかして皆去り、唯一見捨てないでいた俺に琉生君の白羽の矢が当たったというわけだ。
駅近で大学も近い。部屋は広々、お互いに個室も割り当てられる部屋数。今のアパートより足も伸ばせるゆったり浴槽。洗濯物のよく乾きそうな日当たりのいいバルコニー。無駄に買い与えられた最新家電。確かに琉生君はポンコツだけど、言っても聞かない弟達に比べたら全然問題ない。琉生君は反省も出来るし学習も出来るのだ。
断らないわけがない。

「でもここ、一応母さん名義だからさ、挨拶とかはしといた方がいいかも」
「えっ!」
「今店にいるから、行ってみようか」
「えっ!?」

手を引かれエレベーターに乗り、普段は男が覗くのもビビってしまうキラキラ空間に琉生君は堂々と、そして気軽に「ただいま」と言わんばかりの馴れた様子で踏みいるのだから俺は後ろにくっついて歩く。
店員の女性が琉生君に気付くとニコッと笑い、目線をレジ奥のドアの方に向けた。琉生君の母親兼社長はバックヤードにいるらしい。琉生君がその女性に頭を下げるから、俺も続いて頭を下げる。

「母さん」
「ん?ああ、琉生、と?」
「言ったでしょ。快君」
「ああ、あの話ね」

バックヤードに入ると、マネキンや段ボールが積み重なった部屋が一番に目についた。
その中で琉生君の姉だとも言える迫力ある美貌の持ち主の母親は、小柄のわりに明るく染めた髪の毛とパンツスーツにヒールをかっこよくきめて、側に男性(母親とは対照的な眼鏡で優しそうな顔付きの、琉生君いわく会社創設時からの片腕らしい男性、そして彼氏)を従えて俺を上から下、下から上へと品定めするようにジロジロと見てくるからいたたまれない。
琉生君は俺の隣でおっとりと佇んでいた。

「えーっと、快君?」
「はい」
「君、炊事は?」
「出来ます」
「洗濯機回せる?」
「回せます」
「掃除は?」
「こまめにします」
「ゴミの分別は?」
「もちろんします」
「家電に強い?」
「困ったことはないです」
「郵便物や提出物には目を通す?」
「そりゃあ・・・」
「OK!!」

気合いの入ったネイルが施された白魚のような手を差し出され、つられるように自分も片手を差し出すと強引にガシリと両手で硬い握手を交わされた。驚きのあまりちょっと身を引くが、傍らで見守っていた琉生君とママさんの彼氏さんからはニコニコしながらの拍手をもらい、どうやら琉生君とのルームシェアを許可されたらしい事がわかった。

「琉生をよろしく!快君!」

仕上げに背中をバチン!と叩かれて、女性の力なのにその痛さに悶絶してしまった。







「そうだ、快君。母さんが不自由ないか心配してるけど、大丈夫だよねぇ?新しい家電とか必要なものないかって、快君に聞いといてって」

高校の時の友達と遊びにいくのに現地集合をかけられた琉生君の為に電車の乗り継ぎや時間をスマホで調べていると、クッションを抱き締めながらソファーに座っていた琉生君が尋ねてきた。

「不自由ないし、必要なものはこれ以上ないでしょ・・・」

顔をあげて広い部屋を見渡す。
使いこなせてない家電や調理器具は多いし、俺が越してくるのに合わせて寝具一式も揃えてもらっていたし、食材もちょこちょこお裾分けして貰っているし、出世払いだとこの部屋の家賃も今のところ受け取って貰えていない。
そもそも、あまりにも生活力のない琉生君を心配してママさんが一人暮らし部屋を与えたものの、やはり心配は尽きないと更にあれこれ与えた結果が今なのだ。
「お湯を沸かせるだけなのに火災報知器が鳴った時は育て方を間違えたと一晩泣いたわ」
と、彼氏さんに慰められながら肩を落としたママさんの姿は記憶に新しい。

「琉生君って何で今まで誰かと住まなかったの。彼女いたじゃん」
「えー。あれは彼女じゃないよ。勝手に世話やいてきて彼女面してきただけだもん」
「うわー、いやな男」

必要な時刻表と駅構内の図面をスクショして琉生君に送信する作業を終えると、琉生君はずりずりとお尻をずらして俺の隣にすとんと座った。スマホから顔をあげると、クッションを抱えたままの琉生君が上目使いで俺の顔を覗き込んでくる。

「でも快君はそのいやな男のおかげでこの部屋に住めるんじゃん」
「そ、そうだけど、琉生君だって俺のおかげで生きてけるんじゃん」

昨日のハヤシライスなんて牛肉のかわりに安かった豚こま肉だし、使ったのは誰でも作れる市販のルーだし、なのに「美味しい」と「天才」を繰り返して何回もおかわりしたくらいだ。
琉生君の頬をつつく。自分で言うのもなんだけど、俺がご飯を作るようになってから琉生君は顔色が良くなったし、現にママさんからは感謝もされている。
すると琉生君は、クッションを手放して俺の触れていた指をきゅ、と握ってニコォと深く笑った。

「そうだよー。俺はもう快君がいないと生きていけないし、すでに親公認の仲だし、これはもう結婚するしかないよねー」
「・・・?」

は?とも声がでなくて、代わりに目が丸くなったと思う。なのに琉生君は手を離してくれないし、冗談とも思えないトーンで朗らかに話すのだからついていけない。
何がいつどうなってそういう話になったのだ。

「母さんの再婚の時期に合わせて一緒に写真撮るのもいいねって話してたんだ」
「え、誰と?」
「母さんと」
「・・・ママさん、彼氏さんと結婚するの?」
「俺の心配がなくなったから、そろそろいいかなって」
「・・・それは、めでたい、話、だけども」
「何かお祝いあげたいよねぇ」

ぽやぽや話している琉生君の話をまとめると、つまり俺はあの日、ルームシェアを許可されたと思ったあの日、俺はママさんから単なるルームメートではなく琉生君のパートナーとして認定されたと言うことか?
拍手していた彼氏さんも琉生君本人も、そのつもりだったと言うことか?

「やられた!!」

俺は叫んだ。

「はじめっからそのつもりだったのか!罠だ!はめられた!」
「まぁまぁまぁ」
「まぁまぁまぁ、じゃない!」
「快君、そんな赤い顔してたら嫌だって言ってる風には思えないんだけど」

いまだ俺の手をにぎにぎしている琉生君が、ことさら深く笑ってそう指摘してきた。
「そんなことない」という台詞が喉に支えて出てこない。ぱくぱくと口を魚みたいに動かすだけの俺を「金魚みたい」だと言う琉生君は、内緒話をするみたいに声を潜めた。

「俺は快君の弟じゃないから、最初から快君のこと、そういう目でみてたよ」





おわり

小話 138:2020/04/03

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