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人生には三回のモテ期が来るという。
それに準えると、高来のモテ期第一巡は幼稚園年少。なぜか気の強い女の子ばかりに気に入られ、文字通り引っ張りだこになって毎日怖くて泣いていたらしい。
第二巡は小学校五年生。勉強は出来ないが運動は出来たので、典型的な足が速い人はモテるタイプだったようだ。しかし六年になると「子供っぽい」との理由で恋愛対象外にされてしまい、終息。小学生はみんな子供でしょーがと今でも解せぬと嘆いている。
そして第三巡、高校二年生、今。
モテを意識せず、人並みの清潔感と、ギリギリの成績と、小学生からの変わらぬ運動神経とノリの良さ。それらをよしとする一部の女子から密かに恋が芽吹きはじめていた。
「高来君のフツー加減がいい」
「いい意味で男子って感じ」
「いい意味とか!」と、教室の隅で座談していた女子がドッと笑った。
自分の事はさておき、目ぼしい男子の中でも特に好ましいのは誰かと言う話題らしい。
「いい意味で男子って、どういう男子?」
そして盛り上がっていた彼女達の後ろから、一人の影がふらりと現れた。
一瞬本人かと体を強張らせたが、振り返った先の本人以上の大物に、ぱあっと笑顔の花が咲く。
現れたのはクラス、いや学年、いやいや学校中の女子なら一度は目を奪われるほどの言わば校内のアイドル、冴山だ。
そんな彼がニコニコと楽しそうに会話に参加してきたのだが、「なぜ」とか「どうして」という疑問よりも先に、冴山からの質問に答えねばと彼女達はワタワタと慌てながら言葉を探しだす。
「え、えーっと、元気いっぱいってゆーかぁ」
「ちょっとおバカなとこが可愛い?みたいな?」
果たしてそれは褒め言葉なのだろうか。こっそり聞き耳を立てていた教室内の男子達は口をつぐみながら顔を曇らせる。
しかし冴山は
「へぇ、他には?」
なんて興味深そうに次を要求してくるのだから、彼女達は更に言葉を紡ぐ努力を続ける。
「んーと、高来君、まぁ優しい、し?」
「顔もまあ、悪くはない、し・・・?」
彼女達が顔を見合わせ答え合わせをするように頷き合うと、それを聞いた冴山も「なるほどね」と呟き頷いた。
そしてその場の空気を変えるように、
「ねえ、前髪切ったんだね」
と唐突な話題を振った。自身の前髪を摘まみながら片方の女子に問い掛ければ、その子は目をぱちくりとさせたのち、頬を紅葉させて破顔した。
「え、え!わかる!?ちょっと揃えただけだし流してるのに」
「前より目がよく見えるようになったね。いいじゃん。可愛いよ」
冴山がその子の前髪にちょいと触れて微笑むと、彼女は「ヒッ」と短い悲鳴をあげて顔を赤くして固まってしまった。それを呆然と見ていた片方の友人も、次に冴山と目が合うと反射的に身構えてしまうが、目がそらせない。なぜならイケメンだから。顔がいいとは本当に罪深い。だから数秒間目が合って、しまいに目を細めフッと吐息を漏らすように静かに笑いかけられただけなのに、もう恋に落ちてしまったのは自然の摂理だ。
「ああ、で、高来の話だったね?」
「え、高来君?」
「なんだっけ?」
はて、と二人は以前の記憶が一瞬飛んだらしくキョトンとしていたが、すぐに我に返って両手を振って全てを打ち消した。
「いやでも冴山君のが全然かっこいいよね?」
「うんうん、優しいしかっこいい」
「いや、俺なんてそんなこと」
「そんなことある!」と息巻く二人に「ありがとう」と照れ笑いを見せると、母性でも掴まれたのか今度は二人揃って小さな悲鳴をあげ、前屈みに身を縮こませた。
「それじゃあ、俺はここで」
「あ、うん」
「ばいばい」
結局冴山は何しに来たのかなんて疑問は、すっかり冴山に心を奪われた彼女達にとってどうでもいいことだ。高嶺過ぎて恋人候補圏外だった冴山と話せたのだから、全ての思考が止まっている。ぽーっとしながらあっさりと去り行く冴山の後ろ姿を彼女達はただただ見送った。
冴山の教室はひとつ上の階だが、そんなことは気にもならなかった。
(はー。あほくさ)
たった今、個人ノルマである高来への恋の芽を刈り取る作業を終えた冴山が、シラケた目をしていることを彼女達は知らない。
そして高来本人も知ることはない。
高来が元気いっぱいなのも、おバカだけど明るいのも、優しいのも顔が悪くないのも知っている。
それどころか高来が健康優良児ゆえ小学生の頃から皆勤賞で、勉強は苦手だけど赤点はとったこと無いことも空気を読んで明るく優しく努めてることも、顔もよく見れば可愛いのも冴山は知っている。
(あんなんで高来のこと好きとかふざけんなし)
沸々と沸き上がる怒りをなんとか押さえ込みながら、階段をのぼる途中の自販機で冷たいリンゴジュースを買う。これを高来が好きだと知るのはきっと冴山だけだろう。
「なんか、カラオケ誘われたんだけどさぁ」
と、三ヶ月前の帰りに報告された時はヒュ、と息を飲み、肝が冷えた。
誰に?いつのまに?なんで?いつ?てか行くの?は?
様々な疑問と怒りと焦りがコンマ5秒でごちゃ混ぜに脳内に浮遊した。そこから先ずは怒りと焦りを消却して、一番の疑問だけをピックアップし、努めて冷静に、平常心を装いながら言葉にする。ここで1秒だ。
「へー、誰に?」
「同じ部活の子」
「楽しそうだね。行くの?」
「あー、う〜〜ん・・・」
煮えきらない返事と浮かない表情を見せた高来が俯いたので、おや?と冴山はその顔を覗き込んだ。
「俺、音痴だからカラオケ苦手なんだよね」
眉を下げて頬を掻きながら笑った高来に心臓がきゅんを通り過ぎてギーーュン!と締め付けられたのだからほとほと困る。顔を覗き見るんじゃなかったと一瞬後悔をしてから、妙案こそも瞬時に閃いた。回転の速い頭で本当に助かる。
「あ、じゃあ俺と練習行く?」
「練習?カラオケの?今から?」
「行けるなら、どう?」
「・・・行けるけど、笑うなよ?」
心の中で盛大なるガッツポーズだ。
連れ込んだカラオケではマイクを握る度に憂鬱そうな表情を浮かべ、歌い終わるごとに一仕事終えたような溜め息をつき、結果はどうだっただろうかと心配そうにこっちをみる高来に冴山的には花丸百点拍手喝采だった。
「え、高来音痴じゃないじゃん」
「え!そーお!?」
「うんうん、全然聞ける〜」
音痴じゃないけど、上手いとは言わず。
まあ歌うのが苦手なのがありありと表情や態度、声量に現れているので要改善ではあるが、まさか本当に練習に来ているわけではない。お察しの通り、ただ単に冴山が高来とカラオケに来たかっただけである。
(ってかダメだろ。こんな可愛いのとカラオケとか、個室とか)
考えただけで気が狂いそうだと思った冴山の行動は早かった。
翌日、照れ渋る高来から聞き出した同じ部活の子を尋ねて、少し色をかければ簡単にコロリとこっちに落ちた。
「高来君?なんかいいなーって思ってたけど」
思ってたけど、と過去形で話す彼女は、そんなに高来に傾いていなかったのか、今や真っ直ぐに熱く冴山を見つめている。それに応えるでも拒絶するでもなく、ただ綺麗に「そうなんだ」と笑みを作って返せば、それだけでいい。
「なんか向こうからやっぱり無理だわーって、断られた」
早速お断りを告げられ、放課後には一体何だったのかと襟足をかく高来が報告にきたことに冴山は笑った。
「あはは。何もしてないのにフラれてやんの」
「うるさいなぁ」
「まあまあ。なんならまた俺とカラオケ行っちゃう?」
「えー。ボウリングがいいなー」
「いーねぇ」
それからだ。
高来がちょいちょい女子に声をかけられているという事実を知り、「モテ期かも」とふざけて笑った高来の過去のモテ遍歴を聞き、高来最後のモテ期に恋愛成就させてたまるかと冴山の刈り取り行為が始まったのは。
──日の当たる窓際の席に突っ伏して寝ている高来を見つけて、冴山の頬がゆるむ。
近付いて頬に冷えたジュースを当てると、ピクリとその体が僅かに動いた。
「高来、起きなよ。次の授業の準備しちゃいな」
「うーん・・・」
のそりと起き上がり、教室内の時計で時刻を確認すると昼休み終了十分前だ。
「はい、これあげる。眠気覚ましにどーぞ」
「わおー、ありがとー。冴、これ買いに行ってた?」
「うん、そーだよ」
渡されたリンゴジュースを素直に受け取り、早速ストローを刺す高来に冴山は平然と嘘をつく。
自分が高来の恋路の邪魔をしているなんて、絶対にバレるわけにはいかない。
だってバレたら絶対に嫌われるから。
(──って思ってるんだろーなー)
自分に優しく笑いかけてくる冴山を、ストローを咥えたままの高来がじっと見上げる。
(俺が何も知らないと思ってんだろーなー)
水面下で自分に繋がる恋路をことごとく通せんぼしていることを、高来は知っている。
自分に向けられていたはずの好意が、急カーブしていつも隣にいる男に向かいだしたのは今に始まったことではない。高来に比べると冴山は高スペックだ。女子がそっちを好きになるのは諦めも納得すらも出来るわけだが、ある日冴山の方から女子に声をかけているのを見てしまった。知ってしまった。始めはなんの嫌がらせかと思っていたが、それでも隣で笑っている男と話して、近付いて、更に知るとなると、よくわかった。
実際の冴山は腹黒く、笑顔も仮面で、そして何より誰よりも自分を好いているのだと。
(いや、なんか、目が、態度が、すげーもん)
高来を誰にも取られまいと影ながら必死な姿は、きっと高来しか知り得ない。
「そういえば、前にラインがしつこいって言ってた子、どうなった?」
「向こうから既読スルーですよ」
「あはは。高来、モテ期の終息早そうだね」
「うるさいなぁ」
本当に何も知らないのは冴山で、高来はそんな冴山に内心「可愛いやつめ」と笑い返した。
おわり
ツイッターネタその2。全部知ってるんだよ、ってゆーね。
小話 134:2020/02/29
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