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世界史の授業の一環として、視聴覚室で海外の古い戦争映画をみた。実話を元にしたフィクションだけど、規制の少ない当時の映像にクラスの連中はドン引きするやら閉口するやら、しかし難しく長い内容とは相対的に平和ボケしてるありがたい時代なので、結局はよく分からないと首を傾げて終わるだけとなってしまった。
けれど俺の隣で瞬きも忘れるほど食い気味に映像を見ていた一人のクラスメイトは、映画終盤に差し掛かった頃にはツーっと一筋の涙を流していたのだから驚いた。ぎょっとして、俺はもう映画よりそっちに釘付けだ。そしてエンドロールを迎える頃にはハラハラと涙を溢しているのだから、笑えるや驚くというより、最早感動してしまう領域だ。
ボチボチ明かりがついて、生徒が雑談やストレッチを始め、教師が何かを話してるなか、制服の袖で目尻を擦るクラスメイト──木原通君にこっそり声をかける。

「だいじょーぶ?」

チラとこっちを見た通君が、声をかけられたのが自分のことだと気付いたのには少しのタイムラグがあったけど、すぐに仕上げとばかりに強めに涙を拭いあげた。

「見てんじゃねーよ」

口は悪いくせに、泣いて目と鼻を赤くして照れくさそうに笑う通君に、なぜか心臓がモヤモヤとしてくすぐったくなって、俺もつられて笑ってしまった。



それが高校一年の頃の話。
三年生になった今ではすっかりマブダチだ。なんとなーく真面目君かと思ってた通君は、ただ熱中しやすく真っ直ぐな性格なだけで、映画にも故郷に家族を残して戦場へ赴いた主人公に感情移入し過ぎた結果、泣いてしまったらしい。
ちなみにあの後、
「いや、俺嫁も子供ももちろんいないけど、つらいわぁ」
と思い出し泣きしそうな通君は、その戦争前後の歴史だけやたら詳しくなっててテストで高得点を繰り出していた。うーん、おもしろい。



「あれ、何でいんの」

そんなこんなで一緒にいすぎる日が多くなっているある日の昼休み。売店から帰ってきた通君が両手に戦利品である昼食を抱えながら、教室にいた俺に目を丸くした。

「え、いや、いるでしょ普通に。俺もこのクラスなんですけど」
「あ、ごめん。そうじゃなくて」

あまりの言いぐさにちょっとショックを受けていると、ワタワタと慌てて弁解をしながら席につく通君にあわせて俺も鞄から弁当を取り出す。昨日だって教室で一緒に一つの席で昼飯を食べたってのに、一体どーゆーことよと通君の言葉の続きを待った。

「倉、昨日彼女に怒られてたじゃん。一緒にいる時間が少ないって。だから昼休みはそっちに行くのかと」
「あー」

あー、昨日のあれね、と遠い目をする。
高校入って三人目の彼女が昼休み、通君が今言った文句を口にしながらわざわざ凸って来たのだ。いわく、登校と下校はたまにしか一緒しないし、校内で会話することなんて全然ないと。せっかくの同じ学校なんだから、もっと学校でも会いたいと。

「あれね、日曜にデートする約束したから昼休みは勘弁してもらったの」
「勘弁て」
「だって俺には俺の時間があるんだし、こうやって通君とダラダラしてるのが気が楽なんだもん」
「ふーん?」
「ふーん、て」

包装を解いて焼きそばパンにかぶり付く通君は、あんまり理解出来てないように首を傾げた。一緒にいるの楽しいって思ってるの俺だけかなって少し寂しく思ったけど、一緒にいてウザかったら通君ははっきりそう言うし、三年生まで付き合ってもくれてない、はず。

「それに日曜って通君おうちの用事なんでしょ?だから暇になるし丁度いーかなーって」
「最低オブ最低」
「なんでよ」

だってオンラインゲームの協力プレイ出来なくなるし、買い物は先週一緒に行ったし、することないし。だからそういう空いた時間を彼女と過ごすって有意義じゃん?
そう言えば鼻の上にシワを寄せた通君に「最低選手権優勝おめでとう」と拍手された。めちゃくちゃ不名誉なんですけども。



で、きたる日曜日は俺の家でレンタルDVD見ながらまったりしようってゆー、健全か不健康、どっちに転がるか分からないおうちデートになった。俺んちからの最寄り駅で待ち合わせ、近所のレンタルショップに寄って、一旦別行動で各々ひとつ選んでこよーねってひとまずバイバイ。

(でも別に見たいのとかないし・・・向こうの好みとか知んないし・・・)

興味ある最近の映画は公開時に通君を連れて観に行ったから新作の棚はスルーする。映画を見終わった後の通君は、俺が話について来ようが来まいが熱く良かった点を語ってくるんだけど、実はそれがちょっと好き。今では映画とセットで俺の楽しみだから、映画のお供に通君を連れていくのは俺の中では常識になっている。
旧作の棚をしらみ潰しに闊歩しながら物色していると、あの日見た戦争映画を見つけた。既に主演俳優は亡くなっているけれど、有名で今でもファンがいるくらいなので一つだけだけどポツンと主張オーラを放たれている。

「テル君、何かいい映画あった?私これ〜」

ひょこっと背後から現れた彼女は、きらびやかなパッケージの恋愛ミュージカル映画を掲げて見せた。観たことないやつで、何かの賞を受賞したとかいうやつだ。いいねって言えばフフッとDVDで口許を隠して笑った。

「テル君は、えーっと、それにするの?」

俺と手元のDVDを戸惑いがちに見比べる彼女の視線に苦笑する。わかるよ。デートに戦争映画はさすがにないよね。

「じゃなくて。この映画さ、一年の時に見なかった?歴史の授業で」
「あ、みたみた!でも全然意味わかんなかった〜」

あはは、と笑う彼女の言うことはもっともだ。どうせならラブコメだとかアクションとか、そういう部類の映画を好んで見たいし、俺だってこの映画の内容は詳しく覚えてないし。

(でも、通君はこの映画を見てガチ泣きしてたんだよな)

あの日の涙していた横顔と照れ笑いを思い出すと、意図しなくても自然と顔が緩んで笑みがこぼれてしまう。

「なにー?テル君、なんか笑ってる。思い出し笑い?」
「あ、この映画さ、一年の時に通君が」

ひくりと、彼女の笑みが固まった。
ついでに漂っていた空気も冷えた気がして思わず言葉を止めると、堅苦しい笑みのまま彼女が告げる。

「テル君ってさー、木原君の話ばっかだね」
「? え、そう?」
「そうだよ。私よりも一緒にいるし、私といるより楽しそう」
「いや、だって、友達だし、そりゃ楽しいでしょ」

当然と言うように答えれば、彼女の表情からスゥーッと笑みが消えて無になった。喜怒哀楽が全く見えない完全なる無である。
さすがにどこかで地雷を踏んだっぽいことは気付いたけど、それがどこかわからず焦っていると、無の彼女は更に言った。

「あのさぁ。そこは、今なら嘘でも“私といる方が楽しい”って言うんだよ」





「さっきお前の彼女からえらい剣幕で睨まれたんだけど」

翌日、月曜の昼休み。
売店から帰ってきた通君が不思議そうに尋ねてきた。思い当たる節はないだろうに「なんかしたっけ」と宙を見上げながら困っている。

「あ、それ俺のせいかも」
「なぜに」
「俺が彼女といるより通君といる方が楽しいって言ったから」
「うわっ」
「そんでさ、昨日振られちゃったから、もう元カノジョだね」
「えぇー。お前、えぇー・・・」

顔を歪めてさすがに引いている様子の通君が、それでも手元はコロッケパンの袋を開封している。

「やめてよ、変なのに巻き込むのは」
「ふっふっふ。もう遅い」
「おぇー」
「巻き込んじゃってごめんね」

彼女は本当に悪くないんだ。
俺が勝手に通君に固執してて、側にいて、知らない間に彼女と比べちゃって、通君を選んじゃったから、全部悪いのは俺なんだよ。

(高校入って三人の女の子と付き合って、三人共おんなじ理由で振られたってのはまだ言えないけどね)

なんせ自分でも驚くことに、三人の女の子を犠牲にしてようやく、通君への恋心というものを自覚したのだ。

「これからも仲良くしてね、通君」

にこっと笑えばパンをかじりながら胡散臭そうなものを見る目を返されたけど、イエスもなければノーもない。
それなら今は隣でせいぜい友達として仲良くさせてもらうから、どうぞ覚悟してください。




おわり



ツイッターでぼやいてたネタその1。


小話 133:2020/02/29

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