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※「110」の続編





寒い。
いつかの夜のごとく寒い。
その寒さで目を覚ました俊彦は、そのいつかの夜の再来に、うんざりしながら低く唸った。

「・・・おまえぇ・・・」

視界に入るはためくカーテン。施錠したはずの開いている窓。何より、自分を跨ごす人の足。

「おはよぉ、俊彦」

ハートマークが十個は並びそうな甘ったるい話し方と笑みを浮かべ、自分を跨いだ体制のまま見下ろしてくるのは、俊彦のクラスメイトの安久間。その正体はエッチな悪魔でいわゆる淫魔。日中は同じ制服姿だったのに、今は正装らしいボンテージ。もはや隠すことなく悪魔の象徴っぽい角と尻尾が視界に映る。彼はなぜか俊彦に一目惚れし、俊彦は現在絶賛貞操狙われ中である。

「もう勘弁して。俺寝てんじゃん。寒いし、勝手に窓開けないでよ。はぁ〜」
「あー、ヤなリアクション〜」
「嫌なんだよっ」

バシッと顔の横の足を叩くと、痛がるふりをするくせに、笑いながらベッドの淵に腰を下ろした。俊彦は体を起こすことはしないものの、ごろりと横向きに寝転び直すとめんどくさそうに頬杖をつく。このまま頭から布団を被って朝まで何事もなかったように寝てしまいたいが、この不審者を追い返さねば安眠は保証出来ないのだから仕方がない。

「今日は俊彦に渡すものがあってねぇ。取りに行ってたから来るの遅くなっちゃったよ」
「遅いってわかってんなら明日にしろ」
「ダメだよ、今日がバレンタインなんだから。ってゆーか俊彦、十二時前に寝ちゃうって現代っ子にあるまじき行為だよ」
「大きなお世話だよ!」

俊彦の怒声なんて気にもせず、ご機嫌な安久間がじゃん♪とどこからか取り出したピンク色の小さな箱は、バレンタインと口にしたからには安易に想像がついて俊彦の顔が曇る。いそいそとさっそく開封したそれの中身はいわゆるトリュフだが、真ん中に鎮座しているハート型のチョコレートが毒々しいほどに赤い。

「これはいま淫魔の間で流行ってる媚薬を練り込んだチョコレートでねぇ、これなら俊彦もえちえちな気分になっちゃって僕とエッチしてくれるんじゃないかなーって。だからわざわざ魔界まで取りに行ってたんだよ」
「ツッコミどころ満載じゃねーか」
「え?突っ込・・・え、俊彦そっちがいいの?」
「意味違うから頬を赤らめるな」

もじ、と体をくねらせながらポッと頬を染めた安久間を足蹴にするも、すっかりバレンタインに浮かれている安久間はそれすら愉快そうに笑って受け入れている。

「人間の文化って面白いね!チョコレート一つで意中の相手を落とせるなんてチョロいじゃんね!」
「完全なる勘違いだしお前はほんとに最低だな」
「でも渡していいのはほんとでしょ?」
「つーかそもそも、俺、甘いもの好きじゃないからチョコレートいらない」
「えぇ、やだな、俊彦。僕の前ではバレンタインにチョコレート貰えなかったモテない男子の精一杯の強がりみたいな嘘つかないでいいんだよ?」
「お前ほんっとムカつくなぁ」

口の端をひきつらせながら拳を震わせる俊彦に脈がないとようやく感じとった安久間が頬を膨らませた。あざとい。実にあざとい。だが俊彦には一ミリもくすぐられる要素がないので、向けられる視線は絶対零度だ。

「も〜っ金曜の夜だよ?明日も明後日も気にしないで楽しもうよ?」
「あほか」
「せっかくのバレンタインデーなんだから!どろどろにチョコレートプレイしようよ!俊彦なんてこれから先一生そんなこと出来ないでしょ!」
「そんなことするやつ好きになんねーし、食べ物無駄にするやつは嫌いです」
「んん〜っ!そういうお固いところも好きぃ〜!」

トキメキを抑え込むように赤い顔で胸元の服をぎゅっと握る安久間にほとほと呆れる。おまけに感情もその表現もやかましい。どうしたものかと俊彦は人生で初めてバレンタインを恨み、早くこの時が過ぎないものかとため息をついて──ふと気付いた。

「・・・お前、さっきバレンタインデーだからっつったな」
「うん」

こくりと頷いた安久間にニヤリと笑った俊彦が、枕元に置いていたスマホの画面を見せつけた。

時刻──00:14
日付──02/15

安久間の目が丸くなる。

「残念。もう15日だ。バレンタインは終わっている」
「え!?えーー!!」
「という訳で、はい解散。おやすみバイバイ安久間君」
「う〜〜」

空きっぱなしの窓を指差すと、安久間は分かりやすく、まるでサッカーのPK戦にてラストゴールを許してしまったキーパーのごとくその場にガックリと崩れ落ちた。彼は「バレンタインにチョコレートで俊彦と遊ぶ」というのが最大の目的のようで、その中のひとつ「バレンタイン」が終わってしまったのが余程のショックらしく戦意喪失したらしい。さんざん落ち込んだら「あーあ」と子供のような落胆の台詞をはいた。

「しょうがないから今日はもう帰ってあげるけど、チョコレート、ほんとはただのチョコだから置いてくね」
「魔界ジョークえげつねぇな」

おまけに魔界とやらの常識が分からないから何が正解なのかも分からないし、とは付け足さなかった。魔界のことなんて今後一生分からなくていいし、知りたくもない。
窓に片足をかけたところで、眉を下げた安久間が振り返る。

「じゃあね、俊彦。好きだよ」
「そら、どーも」

追い払うように、そしてサヨナラを告げるようにヒラヒラと曖昧に指先を振って返すと、安久間の顔が泣きそうに歪む。げっ、と俊彦が思ったと同時に、一瞬で安久間がベッドに、その中の俊彦に飛び戻る。

「え〜ん!やっぱり最後にチューさせて!」
「はよ出てけっ!!」

目尻に涙を溜めながらギュウギュウどころか俊彦のあばらが悲鳴をあげるほどメキメキに抱き締めるので、俊彦は夜中にも関わらず、ついに大声を張り上げた。




おわり



バレンタインリクエスト「また押し掛ける」でした。このサイトはR指定ないので押し掛けては追い出されるの繰り返しよ。


小話 131:2020/02/26

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