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※「04」の続編




大学の食堂で定番のランチを食べながら、ふと思い出したように凛が言った。

「そーいえば友也、その後大丈夫?」
「何が?」
「変なのに絡まれてないかって話」

トマトソースがかかったハンバーグをバクッと豪快に食べる凛の言う“変な奴”とは、以前俺が言い負かされそうになった、凛のことを好きだった──いわゆる恋敵というやつのことだろう。
俺に宣戦布告をするつもりが、逆に惚れてる凛にメタうちにされた彼。そういえばあれ以来、凛の側でも俺の前でも見なくなった。名前は結局解らずじまいだ。

「何もないよ。それに俺だって凛に気にかけてもらわなくても、一人でどうにか出来るし」
「へぇぇえ?どうだか」

薄笑いを浮かべながら凛の大きな手が俺の二の腕を掴む。

「ほっそ。友也筋肉あんの?え、これでも大丈夫って言えるんすか、友也パイセン」
「コ・ノ・ヤ・ロ・オ・・・っ!」

人が気にしていることを!
バシッと背中を叩くけど、全然気にしないでカラカラと笑う凛は確かに日に日に体が育っていってる気がする。運動が好きだし筋肉はつきやすいと言っていたけど、高校生の時は同級生としてそんな大差なかったのに。
どんどん周りからの目を惹き付けていく凛にヤキモチやら危惧やらはしないけど、近くて遠い感じがするので一抹の寂しさは正直ある。ほんと、ちょっとだけど。

「なぁ友也、ジム行ってみようぜ。駅前で無料体験できるやつ」
「嫌だよ。あんな拷問器具、死んじゃうわ」
「いや、お前、そういうとこだからな・・・」
「凛一人で行ってきて後でどんなか教えてよ」
「とーもーやぁ〜」

それでもノリだけは学生時代と変わらず、ずっと楽しく二人でどんなことでも笑ってるから、俺と凛のニコイチ設定は周知されている。
凛が強引に肩を組んで「行こうぜ〜」と体を揺らしてくるけど、そういう男の友情を信じて疑わない女子達は、大概その間に入るのを躊躇して凛に話しかけたりはしない。ちらりと周囲を見渡すと、凛に話し掛けたそうに、もじもじそわそわ、タイミングを窺っている女子が何人かいる。

「ちょっと考えてみろって。運動不足のなか爽やかに汗かくデートを」
「なんかガチっぽくて気持ち悪」
「・・・あぁ」

今度は声を潜めて話し合う俺達に、女子は割り込む隙もないと退散していく。
ごめんね、と内心ちいさく謝って、未然の嵐が去ったことに安堵した。




「よしよし、帰んべ友也」

駅前のジムに通ってるらしい友人からその事について話し込んでいた凛が、ほくほくとした様子で戻ってきた。こいつマジで体験から入会するパターンだなと訝しんでると、後ろから聞こえたカツカツという足音が大きくなって、止まった。

「凛君!」

・・・嵐の到来だ。

「よかった〜、探してたんだからね」

黒髪ストレートにピンク色のニットワンピースを着た一見清楚風な女子が、ちょっとプンプンしながら凛に話しかけてきた。俺には一瞥くれただけ。
正直、俺はこういう人が一番苦手。
俺を凛のただの友達としてみるでも凛の近すぎる男として敵視するんでもなく、端から眼中にないように扱う奴。
片や凛は、突然現れたその人が何者で何用なのかさして興味もなさそうだ。

「あ、そう。なに?」
「はい、これ。ちょっと早いけど、バレンタインのチョコレートだよ」

待ってたよね、受け取って当然だよね、みたいな笑顔と態度で小さな紙バッグを凛に差し出す。
二月のバレンタインは春休みと被る。だから今のうちに渡すのかって、その用意周到さに脱帽した。
あー、どうすんだろって表情を盗み見れば、ニコニコ顔の彼女と違って愛想もなにもない全くの無の表情だった。

「あー。俺付き合ってる奴いるから、こういうのはごめん」

じゃ、と短く別れを告げて、俺にアイコンタクトで帰りを促すので、部外者の俺はそれに従うしかない。
貰ってあげれば?なんて絶対に言わないし。

「う、うそ!」

しかし踵を返した俺達に投げられた言葉は俺も凛も予想外な言葉で、思わず足を止めてしまった。スッと目を細めた凛が振り返り、静かに呟く。

「・・・は?」
「凛君いつもその人といるじゃん!その人と遊んだって話しかしないじゃん!彼女いるなんて聞いたことないもん!」
「え、うざ、なにお前」

遅れて俺も後ろを見れば、今の今までにこやかだった彼女はわなわなと震えて、睨み付けているのは凛じゃなく俺だった。解せぬ。

「俺に彼女がいなくてもお前からモノもらう理由になんねぇよ」
「何でそんなこと言うの!」

ヒステリック。まさにそれ。
やっぱり俺の見立て通り、嵐を持ってきたその子はまさか凛が自分からのチョコレートを断るなんて思ってなかったんだろう。
でも、断るよ、凛は。だって凛は。

「・・・凛は俺と付き合ってるよ」

こぼれた言葉に、彼女がギシリと固まった。

「だから、いつも一緒にいるし、遊んでるし・・・男だから彼女とは言わない、よね?」
「だな。俺には彼氏がいるっつーのが正しいな」

隣の凛も普通に相槌をうつ。
彼女の手前、しれっとした態度を保っているけど、勝手にカミングアウトした俺に乗ってくれて助かった。

「・・・なにそれ、本気で言ってんの?」
「そうだね」
「本気本気」

唇を噛んだ彼女が一際鋭く俺と凛を睨み付け、チョコレートの入った紙袋を廊下に激しく叩き付ける。有名ブランドのロゴが入ったそれに、ああ、崩れただろうなって食べ物を哀れんでしまう。

「やめてよ!あり得ないんだけど!マジムカつく!!」

最早最初の清楚な雰囲気なんて見る影もない。
チョコレートを拾わずに、鬼のような形相の彼女ははじめの軽やかな足取りとは違い、肩を怒らせながらドスドスと歩いて去っていった。
残された俺と凛の間には静寂しかない。

「・・・うわ〜、超キレてた。怖〜」
「あいつムカつくなぁ」
「どうどうどう、ステイステイ」

背中をバシバシ叩いて凛の怒りを沈ませる。
彼女が去った方をいまだ睨み付ける凛に代わり、ポツンと置き去りのままのチョコレートを拾い上げた。事務所に遺失物として届けに行こう。

「やるじゃん、友也パイセン」
「ドーモ」

ひらっと手を振られたので、ぱちんと気のないハイタッチ。しかし俺の勇姿はどうでもいいんだ。

「あーあ。言っちゃったな〜」
「多分だけど、あいつ真に受けてねぇと思う」
「そう?なんで」
「俺がずっとニヤニヤしてたから。そんな嘘までついて断るなんてありえな〜いって思ったと思うよ」

・・・お前、人が一大決心して話していた最中ニヤニヤしてたのか。そういう目を向ければ、だって嬉しいじゃんと屈託なく笑うからタチが悪い。

「別にカミングアウトしてもいいんだけど、俺がまだ友也を守れるレベルまできてないからなー」

そしてこういう事を本気で思って言葉にするから、俺は凛の隣を誰にも譲りたくないと強く思うのだ。

「・・・凛は思ってることすぐ口に出るよね。良いことも悪いことも」
「嘘がつけないんだよ」
「顔のよさで大分救われてるよ」
「ん、褒めてる?」

人懐っこい笑みで尋ねてくる凛に、俺はため息をはく。
しょうがないから、ジムの体験だけは付き合ってあげよう。
決して俺も凛と張れるレベルに到達したいからとか、そんなことは思っていない。ちょっとしか。



おわり



バレンタインリクエスト「あんまりバレンタイン気にしない二人」「凛の毒舌」でした。凛君は毒舌ってより素直すぎるんだなー、多分。


小話 130:2020/02/22

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