13



合鍵を渡したのは二ヶ月前。
俺のマンションでまったりゴロゴロ、いわゆるおうちデートを楽しんでいた時。

「使ってくれると、嬉しい」

こっちとしては、渾身の愛情と絶大な信頼を、恋人に渡したのだ。
銀色の無機質な鍵が、ローテーブルの上で鎮座している。
僅かな沈黙の間、俺は無意味にテーブルの脚をずっと見ていて、それからややあって「ありがとう」と彼、英二が口を開いたのを機に顔を上げれば、
なんかいい感じのキーホルダーの付けよ。
と手にした鍵を眺めて笑っていた。
そのはにかみを含んだ笑みにキュンときてギューッと抱き締めたら、英二も俺の背中に手を回してギューッと抱き締め返してくれた。
ああ、鍵渡してよかった、俺らマジらぶらぶ。

──って思ってたのに。
この二ヶ月間で英二が合鍵を使ったことはない。
そりゃ平日はお互い夜まで仕事だし、会うとしたら外で落ち合うか、そのまま一緒に俺んちに行くか。休日は日中から会うから、英二はチャイムを鳴らして俺が開けるのを待つ。
「鍵使って勝手に入ればいいのに」って言えば、けろりとして「え?家でくつろいでるとき急にガチャガチャ、バーンってドア開いたらビックリしない?」って。
うーん、まあ、ビビる、かも?・・・ビビるかもしんないけどさぁ。こっちはいつだって待ってるのにって、ちょっとしょぼん。

マンションを見上げる。
ちらほらとついてる幾つかの明かりのなか、俺の部屋はあい変わらず暗いまま。
その幾つかの明かりが羨ましい。
帰る家が明るいのは、誰かを待っていてくれたり、家族団らんの証っていうか、幸せの住み家なようで。

(ああ、いいなぁ・・・)

鍵、いらなかったとかじゃないよな。使う機会が無いってことだけだよな。あれー、俺だけ気持ちが一方通行ってわけじゃないよなぁ?

ガチャン、と鍵を回す。
扉を開けると、シンと静かで暗く、寒い部屋。
手探りで電気のスイッチを探すのと同時に、玄関から続く廊下とリビングを隔てるドアが開いた音がした。
明かりがつくと、英二が、いた。

「わっ!!」
「おかえり、明貴」

ビビった、マジでビビった。
心臓すげーバクバクしてる。

「え、き、きてたの?」
「うん」
「外からみたら、電気ついてなかったから、いないかと思った・・・」
「だっていつ帰ってくるかわかんないし、電気つけっぱなしとか、もったいないじゃん」
「・・・部屋、寒いよ?」
「あ、暖房も消してた」

話ながらリビングに向かえば、ソファーに俺の毛布があった。
ベッドから引っ張ってきたのかな、ベッド入らなかったのは、起きて待っててくれるため?
暗くて寒い部屋のなか、毛布にくるまって待っててくれた姿を想像したらすごく泣けてきた。
泣けてきたし、すごく愛しくなってきた。

「電気も暖房も、つけてていいよぅ」
「えー、家主がいないのに、もったいないなぁ。あ、でもお風呂は入ってるよ、追い焚きしてくるね。ご飯は食べた?なんか作──うぉっ」

冷蔵庫の方に向いてしまった英二の背中を抱き締めた。

「どしたの、急に。今まで来たことなかったし、連絡くれたら帰る時間だって言えたのに」
「うん。でも明貴のこと急かしたら嫌だし、この前寂しそうだったから、サプラーイズ」

・・・バレてたのね。
お腹に回した手に手を重ねて、英二がギュッと握ってケラケラ笑った。その指先が冷たくて、下にあった手を引き抜いて、さらに上から握りしめた。

「あのさ、鍵、貰っておきながら使わなかったのは悪かったけど、ちゃんと明貴の気持ちはわかってるよ」
「うん」
「渡してくれたってことが、俺は嬉しかった。信頼とか愛情とか、感じた」
「うん」

合ってる。その気持ちも一緒に渡した。
首筋に顔を埋めると、英二が僅かにたじろいだ。
ちょっと冷たかった体はぼんやりと温かくなって、それが嬉しくて、さらに強く体を密着させる。

「あのさ、こんなこと自分から言うのカッコ悪いんだけどさ、俺も英二んちの鍵欲しい・・・」
「うん?」
「俺んちに通えってわけじゃないしさ、俺からも会いに行きたい」

英二は自分の部屋と比べると広くて落ち着くらしい俺の部屋が好きみたいで、家で会うとなれば大概うちが多かった。もちろん、英二の部屋だって上がったことはある。彼の年齢と収入と趣味に似合った部屋は、英二の気配がいっぱいあって俺は好きだ。

「俺んちかぁ・・・」
「だめ?」
「うーん」
「うーん、て。そこはちょっと顔を赤くして、頷くとこじゃないの?」
「だって俺んとこのアパート、壁薄いしさぁ・・・」
「へ?」

──それは、つまり。
グゥゥゥッとお腹に回した手に力を込める。痛い痛いと喚きながら笑う英二が愛しくて堪んない。

「お風呂とご飯はあとででいいよ」
「じゃあ、俺にする?」
「うんっ」

二人してベッドにダイブして、英二の肢体を縫い付けるように覆い被さった。
あー、やっぱり俺らはらぶらぶだった!



──お互い落ち着いた頃、布団のなかでまどろみながら、らぶらぶな俺達はいちゃついていた。指先を絡めたり、髪の毛を整えてあげたり、キスしたり。

「ねえ、英二。今度から電気つけて待っててね。俺、外から電気ついてるのわかったらすごく嬉しい。あと部屋も暖めて待ってて。明るくて暖かい部屋に英二がいるとすっごく嬉しいから」

それは本当。
暗くて寒い部屋に英二が一人でいるのを考えただけで、俺はすっごく悲しくなった。

「うん、じゃあ明貴もただいまって言ってね」

とろんとした目で英二が言う。
反して俺は目玉は飛び出るくらいに瞼がかっぴらいた。

「あっ!あぁぁぁっ!俺今日ただいま言ってない!」
「また今度、やり直しだな」
「はぁぁ、あぁもうっ!悔しいからもう一回する!」
「何でだよ」

もう一度覆い被さっても英二は愉快に笑って腕を背中に回してくれる。
あー、数時間前の自分に言ってやりたい。
お前が思ってるより現状は幸せだよって。



おわり



もう同棲したらいいんじゃないかな。

小話 13:2016/11/09

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