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※「65」の続編





散々愛されまくったベッドの中で、
「ちょっと手ぇ貸せ」
と言われたので、バレンタインだしてっきりチョコレートか何かをくれるのかと掌を上にして手を差し出すと、その掌をぺちんと叩かれた。

「違う。逆。あと左手」
「んー」

そうならそうと先に言えよと思ったけど、こんな日に喧嘩なんてしたいわけでも、鮫島が怒ってる風でもないので素直に左手の甲を上にして差し出した。
そして手首を掴まれ、なんの言葉もなしに左手の薬指に指輪をはめられた。
え、なに。なんだこれは。
点になった目がそれに釘付けになる。なんとか情報を汲み取ろうとするが、何もわからない。

「鮫島、なにこれ。くれるの?」
「ああ」
「・・・ありがとう」

アクセサリーやブランドには詳しくないけれど、結婚指輪や婚約指輪、いわゆるプラチナリングみたいなガチっぽいのではなく、普段鮫島がつけてるような──厳つさは少くなって大分シンプルなものだが、ファッションリングだ。

「なんで指輪?」
「バレンタインだから」
「・・・なるほど」

あまり状況が上手く掴めていないが、俺はどうやら恋人からバレンタインに左手薬指に指輪を贈ってもらえたらしい。

「え、やば。にやける」

自覚出来てようやく、嬉しさが込み上げてくる。なんて粋なサプライズだと、今度はしっかりと指輪を部屋の電気にあてて、じっくり眺めた。俺の用意したウイスキーボンボン何個分だろうかなんて、考えるのはやめにしよう。

「それとだな」
「うん」
「デビューの話が本格的に進んできたっつったろ」
「うん」

インディーズで活躍している鮫島達のバンドグループは、動画サイトでライブ映像を配信するとかなりの再生数がつくらしく、プロアマ問わず音楽に携わる人からの評価も上々、詳しくは難しいのと守秘義務とやらで聞かせて貰えないけれど、幾つかのレーベルが手をあげてくれてるようで、デビューが近付いてきているらしい。
俺も一ファンとしてそれはとても喜ばしいし待ち遠しい話だけれど、それが今と何の関係が・・・と、のんきな考えに衝撃というなのイナヅマが走った。

「あ、ま、まさか、別れる、とか・・・?」
「あん?」
「デビューして男と付き合ってるなんてスキャンダル・・・だから、最後の記念とか・・・?」
「だから記念に一発ヤって口封じに物貢いでサヨナラってか。どんだけ俺最低ヤローだよ!」

鮫島のチョップがデコに決まった。痛い。

「違うの・・・?」
「違うに決まってんだろっ!」

怨めしそうに睨んでくる鮫島の顔はめちゃくちゃ怖いけれど、今はそれがかえって安心する。

「そーいう話じゃなくて、デビュー前に俺なりのけじめをつけときたいんだよ」
「けじめ?」

それってなに?と聞く前に、いつの間につけたのか、鮫島の左手薬指にも俺と同じ指輪がはめてあって俺の左手に重なった。そしてなにやら一人で俺の手や指の向きを弄っているが、表情がまれにみる真剣さなので好き勝手させておくことにする。
そんな真剣な鮫島の唇には、もうピアスはついていない。穴は完全に塞がっていて、跡は間近でよく見ないとわからないレベル。

(俺とのキス優先でピアスやめるとか、ほんとばかな奴)

でも正直嬉しかった。
アーティスト活動する鮫島の中で、ビジュアルやファン人気を抜いて俺がいると言うことは、単純に嬉しかった。
いまだにキスは下手くそ認定されるけど、どうせいつも鮫島の方からしてくるんだ。俺がどうこうなろうと結局お構いなしだ。
そんなことを考えながら鮫島の横顔を見つめていると、急に目玉がこっちを向いて、キスされた。目を瞑る隙もない。

「して欲しそうだったから。当たりだろ」

違った?と聞かないのが鮫島だ。そして違ってないので俺はぐぬぬと下唇を噛む。

カシャ、と音がしたのはその時だった。
二人の重ねた左手を、指輪をはめた手を、鮫島がスマホで写真に撮ったのだ。
記念か、とすいすいスマホを弄る鮫島に何の疑問も持たず、そして解放された左手をまた眺めてたら、鮫島が言った。

「インスタに載せた」

インスタに、載せた。
その言葉を理解するのにきっちり5秒。

「・・・は、はぁーっ!!インスタって、あの、え!?裏アカ!?だよね!?」
「いやぁ?表向きのバンドのほう」

鮫島のスマホを奪い取る。プライベート用のインスタではなく、インディーズデビュー済みのバンドマン鮫島としてのインスタアカに、先ほどの光景を切り取った写真が載っていた。モノクロに加工はしているものの、それがかえって男特有の筋張った陰影をつけて鮫島と比べれば小さい俺の手でも男とわかる。光を飛ばしたり肌の質感を弄ってくれたりしたら女の手にも見えないことなかったのに。
極めつけのハッシュタグ。
#valentineday
#darling
#xxx

「おま、ばか・・・なんで」
「だからけじめっつったろ」
「これが何のけじめになるのさ!」

さっきまでの甘ったるい幸せぽやぽやの空気が一気に冷え込んだ気がして悲しくなってきた。

「俺はいいよ!手だけならこの手が誰だなんて特定されないだろうし!でも鮫島、これから、デビュー・・・」

鮫島がバカすぎて泣けてきた。俺の優先順位なんてどうでもいい。最下位だっていい。大事なデビュー前になんなんだと泣きながら訴えれば、鮫島がシーツを手繰り寄せて無理矢理顔を拭いてくれた。痛い。

「今時付き合う相手が男だ女だでギャアギャア言われなきゃなんねーとか、世の中クソ過ぎだろ」
「・・・世の中舐めすぎだよ」
「これから先、春野の存在を面白がったり弱味にされるくらいなら、俺ははじめから存在を主張しとく。メンバーだって先にかませって面白がってるくらいだ」
「業界の人は怒るし、ファンの人は悲しむよ」
「俺を形成しているものを否定する奴はいらねぇ」
「でも、」
「春野」

低く真面目な声で鮫島が名前を呼んだ。
少し眉を下げて、でもしっかり目の前の俺と向き合う鮫島はずるい。ほんと、いつだって俺を鮫島の世界に巻き込んで、閉じ込めるんだ。

「俺は知っての通りバカだから、デビューしてもたくさん迷惑かけるけど、それでもついてきて欲しい」

左手を両手で握られて、その熱さに涙がまた落ちる。

「・・・はい」
「よし!」

そして、鮫島は初めて話したライブ後みたいな明るい笑みを浮かべながらガッツポーズを作った。




明け方、鮫島が笑いながらスマホを寄越してきた。

──え、男ですか?彼氏?
──ペアリング素敵です
──お幸せに〜
──ショックだけど公表してくれてありがとう
──待ってこれ後ろはシーツ?ということは()

批判的なものもあったけど、意外と穏やかなコメントが多かった。鮫島がケラケラ笑って俺の手からスマホを取り上げソファーに投げた。

「教育されたファンだろ?」




おわり



バレンタインリクエスト「鮫島がピアスか指輪を贈る」でした。そろそろデビュー、もしくは他バンドメンも書きたいね〜!

小話 129:2020/02/22

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