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※「70」の続編




泉はモテる。
まず顔がいい。清潔感もある中性的な顔立ちが女子には大人気だ。すらりとした体型ながらも意外と筋肉もあり、運動もそこそこ出来る。
そしてそんな見た目のわりに悪い男というのもいい。学校イチの問題児とチームを作り、そこの参謀No.2というポジションにそそられる。
しかし性格は穏和そのものなので、基本的に優しいのだ。参謀ゆえ頭もいいので、教師から睨まれることもない。
よって、泉はモテるのだ。


(あー、くっそ)

長い前髪とマスクの下で、大和の顔が不機嫌で歪む。
この季節柄、ふたり並んで歩くと女子の目から泉に向けてハートが飛んでいるのが目につき実に不快だ。
バレンタインデー、滅びればいいのに。
思わずチッとついた舌打ちに、泉が不思議そうに振り向いた。

「なに?どした」
「いえ、何でも」
「何でもないのに舌打ちつくの?」

痛いところを突かれて言葉に詰まった。
ガキっぽいと我ながら思うが、ふいっと泉から視線をそらしてそれ以上は聞いてくれるなと態度で示す。が、泉はそれを許さない。犬を躾けるように大和の制服のネクタイをグッと掴み、顔を近づけた。
至近距離で目と目を合わせる二人に、遠巻きに見ていた女子から黄色い悲鳴が上がった。

「まーた些細なこと考えてグルグルしてんでしょー」
「・・・泉さんのこと、考えてましたよ」
「あはっ!じゃあ余計に何も考えなくていーよ」

パッと手を離してニコニコ笑う泉に、激しい動悸がおさまらない。惚れた相手に振り回されて格好悪いと思いつつ、泉になら悪くないとも思えるのだからだいぶ拗らせていると参ってしまう。

(でも、外部は邪魔だな)

戦闘モードよろしく、泉に気付かれないよう、大和は周囲に敵意の眼差しを向けた。





しかし、バレンタインデーが消滅するはずもなく、二月十四日は当然やってくる。
帰りに生徒用玄関口で待ち合わせていた泉を待っていると、やはり浮かれた女子達が「渡した」だの「手作りした」だのときゃっきゃとはしゃいでいる姿が目に余る。
泉は知り合った小学生の頃から女子から人気があった。昔の方が中性的というよりも女の子のように可愛くて、しかし活発な性格で、ませた女子からたくさんチョコレートをもらっていたのだ。

(ああ、今年もすげぇんだろーな)

寄りかかっていた壁を背にしたまま、ずるずるとしゃがみ込む。
いや、あの人がたくさんの人に好かれるのは良いことだ。あの人は俺がチーム入りするのを一時は不満そうにしていたが、あの人だって本来不釣り合いな人だと思う。幼馴染みのガキ大将に付き合ってチーム入りをすると告げられた日、自分がどんなに心配して不安にかられたか。
マスクの上から指先だけを合わせた両手に息をかける。考えたって仕方がないし、いつも泉のことを考えてしまうのも、もう仕方のないことだ。

「大和」

待ち望んでいた相手の声に、顔をあげた。
しゃがみ込んでいる大和を不思議そうに見つめている泉だが、何かおかしい。大和も不思議そうに見つめ返して、首を傾げた。

「なんか、荷物少なくねぇすか」
「朝と一緒だよ?」
「じゃなくて、その、チョコ、とか」

のそのそと立ち上がり、鞄を肩に掛ける。
泉も朝と同じく学生鞄ひとつを肩に掛けているだけだ。毎年鞄に入りきらないほどに貰っているので、そんな軽装であるはずがないと大和の言わんとしていることに気付いた泉はケラケラ笑った。

「やだなー。俺にはもう大和がいるんだから、他の人から貰うわけないでしょー?」

鞄にも入ってないよとあっけらかんとして言うものだから、大和はワンテンポ遅れて赤面した。

(嬉しい嬉しい嬉しい!!!)

脳内で歓喜の文字が右から左へ躍り狂う。
靴を履きかえ外に出ると、途端に冷たい風が頬をさす。ふわっと浮いた泉の髪を撫で付けてあげると、顔をあげた泉がふふっと笑った。

「そういえば、大和は貰った?バレンタイン」
「いや、俺はこんなんだし、全然」
「勿体ないねぇ。素顔はこーんないい男なのにねぇ」

小指でちょいと前髪を掻き分ける。
あまり目立ちたくないので普段から前髪を下ろしマスクをしている為、大和の素顔を知るものは少ない。自分のことには無頓着で周りからの目も気にならない大和だが、ことあるごとに泉が「かっこいい」と言ってくれるので、それで十分満足なのだ。
しかし間近で顔面を見られるのは恥ずかしい。パッと顔をそらし、自分の鞄に手を入れる。スカスカの中身なので、お目当てのものはすぐに掴めた。

「あの、じゃあこれ、俺からっす」

タイミングが掴めず朝には渡し損ねてしまったが、深い青色に水色のリボンで包装された小さな箱は、今日という日の象徴である贈り物だ。
店に買いに行くのはさすがに恥ずかしいので、随分前から夜な夜なネットで吟味していたクッキーである。チョコレートは露骨すぎる気がしてクッキーにしたのだが、包装紙にも有名ブランドのロゴが印字されているので、本気度は伝わってくれるはず。現に泉はそれと大和を交互に見遣り、破顔した。

「えー!いーの!?嬉しー!でもごめん、俺なにも用意してなくて」

両手で大事そうに受け取りながら、けれど申し訳なさそうに泉が眉を下げた。今まで二人の間でバレンタインのやり取りなんて、もちろんなかった。同じマンションなので、双方の母親が泉と大和に「うちの子と仲良くしてくれてありがとう」「これからもよろしくね」の意味を込めたチョコレートをくれてはいたが。

「や、そんな、全然。ただの俺からの気持ちなんで」
「なにそれー、俺だって大和に気持ちあるのに〜・・・」

その気持ちだけで十分すぎる。
なんせ実らないと思っていた恋だ。初恋だ。受け入れてもらえるとは思わずに、大分格好悪い告白をしてしまったのに、こうした形になっただけでも奇跡なのに、泉は渡せるものがなくてうんうん唸っている。
そして名案とばかりに明るい顔をして大和を見上げた。

「あ、じゃあキスしてあげようか。ね、大和好きだもんね?」
「え、まっ、ここ外だし、あの」

肩に手を置いて迫ってくる泉に乱暴を出来るはずもなく、背伸びして顔を近づける泉の顎を大和は両方の手の指でささやかに押し止める。
幸い周囲に人はいないが、だからと言ってこれはダメだ。大和が頑なに(しかし全く力を込めずに)拒否する為、泉はしぶしぶ唇を尖らせて一旦離れた。

「んー、でも俺んちだと普通に母さんいるからねー。あ、大和にチョコレートあげるから連れてこいって言われてるんだった」

帰ろっかぁと、少しだけ元気がないように笑った泉が先を歩く。同じマンションというのは、帰る場所も同じというのが素晴らしい。大和は一瞬躊躇して、それでも泉の腕を掴んで引き留めた。

「あの」
「ん?」
「俺んちなら、今日、親、遅いから・・・」

二人きりだし、時間が遅くなっても泉の家にはすぐ行ける。
そう言わんとすることを、見える耳まで赤くした大和から読み取って、泉はトン、と軽く大和の肩に擦り寄った。

「じゃあちょっとお邪魔してから帰ろーかな〜」
「・・・っす」
「ふふっ、なんだ。大和も乗り気じゃん」
「そういうつもりじゃ、」
「俺も好きだよ」

隣に並んだ泉がいたずらっぽく笑うので、大和は心底思った。

バレンタイン、消滅しなくて良かった。





おわり



バレンタインリクエスト「大和を甘やかす泉」でした。この二人は珍しく美形CPだからビジュアル想像しながら書くのが楽しい〜。


小話 126:2020/02/08

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