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※「86」の続編



二人きりで昼食をとるようになってから、廣田の弁当のローテーションに九条は気付く。
毎週火曜日と金曜日は買い弁であること。

「火曜と金曜は母さんパート休みだから、朝寝坊してもらってんの」

してもらってんの、と言う言葉から母親に対する気遣いと優しさを廣田から(あと知らないけど廣田のその他の家族からも)感じて、九条は廣田が「今日は食堂」「売店行ってくる」というのにもノコノコ着いていくようになった。
シャキシャキ歩く廣田の隣をノソノソと歩く九条の姿は日常と化している。
『廣田君は九条君と仲が良いらしい』
『九条君と仲良くなるとかさすが廣田君』
という認識がじわじわと学校内に広まりつつあるが、どういった関係でどうやって仲良くなったのか、と深い質問が当人同士にぶつけられないのも、偏に廣田は誰にでも差別なくフレンドリーだからと誰もが納得し、九条が人を寄せ付けないオーラを放っているから聞けるわけないとこちらも誰もが納得する人柄が根付いているからである。




「廣田君、今年誰からもチョコ貰ってないって」
「マジで?ついに本命出来た系?聞いたことないけど」
「あ〜ん、でも誰からもホイホイ貰うよりかは好感もてる」
「わかる。結果廣田君好きにかわりないし」
「うん。全然好き」

きゃっきゃとはしゃぎながら廊下を歩く女子達の会話を、すぐ側の空き教室で聞いていた二人は気まずそうな顔をしていた。
強い。女子って強い。
主に九条が信じられないと言うように、釈然としない面持ちで廣田を見た。

「ちょっと真樹ちゃん。そろそろモテるのやめてもらっていーい?」
「いや、知らないよ、そんなの」
「あ〜やだ。人誑し怖い」
「なんだよー、人のこと妖怪みたいに」
「妖怪ヒトタラシ」
「失礼だなっ」

ペチ、と帰宅部にしておくには勿体ない九条の体を軽く叩いた。全く痛くはないがとりあえずそこをさする九条は、改めて廣田をマジマジと見遣る。
自分だってその廣田に誑し込まれた一人である。根気よく近づき今の関係まで持ち込んだのに、周りも今までとなんら変わりなく「皆の廣田君」扱いをするのだから面白くないし、当の本人も「不可抗力」を訴えるのだからさらに面白くない。

「うぃっ?」
ムニュ、と片手で廣田の両頬を摘まむ。タコみたいな顔だ。皆の廣田君にこんなことを出来るのも、こんな姿を見れるのを自分だけであるという僅かな優越感に、今はこれでも十分かと肩を竦める。
それでも最後に突き出た唇を掠め取るくらいはしてやって、そこでようやく廣田から手を離した。

「びっくりした」

という割には笑顔なので、そういうことをしても許される立場なのだと再認識する。

「さ、ご飯食べよー」
「マイペースが過ぎる」

普段はスカスカのナイロン製のスクールバッグを手繰り寄せる。
今日は九条が「用意してあげる」と前もって話していたので、廣田は自販機で購入した烏龍茶のみを手の中で弄っているだけだ。

「ねー、用意ってなにを用意したん?」

鞄からさらに不織布のバッグを取り出す九条に、そわそわと身を乗り出して聞いてくる。腹の虫は四時間目から鳴っていた。

「べんとー」
「え、買ってきてくれたとか?」
「んー。作ってきた」

つくってきた!
いつもより高い声でおうむ返しした廣田に、九条は「大袈裟でしょ」と中身を広げる。男性向けの弁当箱は運動部でよく食べる廣田にうってつけの大容量サイズのものだった。廣田と九条、それぞれの弁当箱を前にして、予期せぬものの出現に手をつけていいのかとチラリと製作者を窺えば、ドーゾと頷かれたのでワクワクしながら蓋を開けた。

「わ!うまそう!」
「寄ってなくて良かったー」

みっちり一面に敷き詰められた白米の上に、何かのタレで炒めた豚肉と野菜がドンと乗っているスタミナ丼だ。脇には玉子焼とポテトサラダ、彩りとしてサラダ菜が敷かれている。完璧なる男子飯だ。

「えー!こういうの好き!」
「知ってる」
「食べていい!?」
「モチロン」

添えられてた箸をとり、肉と白米を一緒に掬い、一気に頬張る。濃いめの味は冷めても美味しい。

「ンマイ!」
「良かった」
「え、九条天才じゃん?」
「いや、味付けは普通に焼き肉のタレだよ」
「へぇー?」

それでも市販のタレにチューブの生姜とコチュジャンをチョイ足して、水溶き片栗粉でとろみもつけているが、そんな小さなことをいちいち披露することはない。目の前でバクバクと食べてくれる廣田を見ればもう満足だ。

「てか、何でいきなり弁当?」
「やー、今日金曜だし、バレンタインじゃん」

咀嚼しながら首を傾げる廣田がリスのようだ。

「真樹ちゃんにはバレンタイン貰わないで欲しいって思っときながら、自分がなにもしないってのはあり得ないし」
「りちぎ!」

廣田がわざとらしく、両手で口をおさえて驚いて見せる。しかしその顔は少しニヤニヤとした、九条だけが知る悪い顔に変わっていく。

「ははっ、九条のその、俺のこと好きなとこ、好きだわ〜」
「ありがと」
「そういや九条はどうしたの、チョコレート」
「貰うわけないじゃん」

当然でしょ、と言わんばかりの即答である。
自分は一応「ありがとう、ごめんね」を繰り返して断ってきたのだが、九条はそのような文句を使うとも思えない。

「わかるわ〜。九条どうせ“九条君、チョコレートもらってください”って言われても“は?いらないし”って断ってんだろ。目に浮かぶわ〜」
「何それ、誰の真似?」
「九条。と、九条に想いを寄せる女子」
「ちょっと面白かったからもっかいやって」
「スマホ向けんな」

●RECは却下されたので、九条は被写体の隣にずりずりと腰を引き摺って移動した。
弁当を食べながら自分の姿を見ていたが、隣に落ち着いたと知るやピタリと寄り添ってくる可愛さよ。

「真樹ちゃんは、俺に渡すものないの?」
「あるけど、教室」
「えー」
「いや、だってまさか今こんなことになるとは思わなかったし」

むう、と九条が不満そうな顔をするが、ここに無いものは無いのだからしょうがない。お楽しみは放課後に持ち越しだ。

「午後はサボろうかな」
「あらら、真樹ちゃん悪い子じゃん。珍しい」
「うーん。離れがたい」

くっついた部分からグーッと体重をかけてくるが、九条にとっては崩れることもない。

「じゃあ付き合うしかない」
「ふっふっふ」
「真樹ちゃんは甘えんぼさんだからねー」

ナデナデと髪を撫でる九条を、箸を咥えたままの廣田がじぃっと見つめる。

「九条は俺誑しだな。妖怪オレタラシ」
「お互い妖怪だね」
「お似合いじゃん」

ケタケタ笑う廣田の声に、予令が重なった。
けれどそれは二人になんの意味もない音だった。




おわり



バレンタインリクエスト「九条が手作り料理振る舞う」でした。チョコレートじゃなくて料理ってのがいいね。九条君はパスタが得意そう。



小話 124:2020/02/01

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