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祐司の幼馴染でひとつ年下の健太郎は、おっとりとした性格ゆえに争いを嫌い、行動もいつも遅かった。幼稚園の頃は周りからよく置いていかれたりからかわれたりしてきたものだ。不満そうに、しかし辛抱強く側にいるのは祐司だけで、だから健太郎は祐司の後ろだけは、いつも必死で着いていった。
そしてその名前の通り、健太郎は健やかに育って小学校四年の時には五年の祐司の身長を抜いていた。
中学に上がって祐司と同じバスケ部に入部すると、その身長からレギュラー入りもして重宝された。
運動をするとみるみる体力もついて体格も良くなり、誕生日やバレンタインには同級生はもちろん先輩女子まで健太郎に贈り物をしていた。
そういうのに疎い健太郎はその都度困った顔をして「どうしよう、ゆー君」と大量の貢ぎ物をもて余していた。
そして「地獄だった」と卒業式を終えたズタボロの中学最後の学ラン姿で祐司に「最初から取っといた」と第二ボタンを握らせた。
春には祐司と同じ高校に後追いで入学し、もちろんまたバスケ部に入部。高校ではさすがに二・三年を差し置いてレギュラーにはなれなかったが、三年が引退をするとすぐその後釜にきっちり収まった。祐司が部長に選ばれたことには目を輝かせて喜んだ。

それが二人の年表である。



「ゆー君すごい!部長頑張ってね!」

就任後の帰り道。
顧問からの発表に一番喜んだのは健太郎だ。心からそう言っていると言わんばかりの尊敬と興奮の眼差しを向けられて、祐司はあからさまに溜め息をはく。

「すごかねーよ、俺指揮とったりまとめたりすんの苦手だもん」
「でも俺ゆー君が部長ならもっと部活頑張るし」
「お前、俺のあと着いてきてばっかだな」
「だってゆー君のこと尊敬してるし大好きだもん」
「・・・あ、そ」

恥じらいもなく、そういう台詞を吐ける男子高校生はもはや貴重だろう。キラキラとした目を祐司に向ける健太郎は、小さい頃から変わらない。

「お前、身長いくつになった?」
「188、だったかな?」
「はァーーん!?んなもん実質190じゃねえか!」
「88は88だよ。ゆー君だって低くはないでしょ?」
「10センチは差が大きいわ・・・」

高校在学中には190を越えるだろう。なんという成長期。178センチの祐司が健太郎を恨めしそうにじとりと見上げた。
体格の逆転こそあるものの、それ以外は何も変わらず、これからもそうなんだと健太郎は根拠はないが確信していた。
これからも大好きな祐司の隣は自分なんだと。



「ゆーずぃ〜、彼女が呼んでる〜!」

しかし亀裂はすぐに生じた。
放課後の部活動前、男子バスケ部が割り当てられている体育館にぼちぼちと部員が集まっている時に、祐司と同じクラスの部員が祐司を呼んだのだ。彼女、というワードにその場に居合わせた部員のほとんどは祐司と体育館の入り口にいたジャージ姿の女子生徒をチラチラと見比べている。
ああ、と短く返事をした祐司は手招きしている彼女の方へ歩みより、何やら親しげに話し込んでいる。
ざわついたのは健太郎の心臓だけではない。準備をしていた一年生は興味津々と
「あの人、女バスの部長だ」
「え、部長って女バスの部長と付き合ってんだ」
「へ〜。意外だけどお似合いだな」
なんて口走っているし、二年に至っては
「最近仲良いと思ってた」
「二年では有名な話だ」
なんて言っている。
えっ、と健太郎は驚いた。祐司に仲のいい女子がいたことも、彼女が出来たことも全く知らなかったのだ。いつも隣には自分がいたし、祐司には女の気配なんて微塵もなかった。しかし祐司が二年生として、否、いつも自分より一年先に過ごす間の出来事なんてどうあがいても介入出来ないので、健太郎の知り得ないことなんて実はいっぱい存在していると、本当は知っているはずなのに。

(・・・ゆー君、そういう話、俺にしないじゃん・・・)

全てを話してくれないのは、祐司のことを自分が知らないのは、とても寂しい。
健太郎は目線を二人からそらし、無意味にバッシュの紐をじっと見つめた。







自主練やミーティングなど、同じ部に所属していても上がる時間はバラツキがあるが、時間やタイミングが合えば健太郎と祐司は度々一緒に帰宅する。部員は二人が幼馴染で、健太郎が祐司によく懐いているのも周知しているので、健太郎が祐司を待っている姿にも寛大だ。
祐司がもくもくと自主練を繰り返していると「お前早く切り上げてやれよ」とストップをかけてあげるし、先輩が使用していて入りづらい部室にも「寒いから中入れよ」と声をかけてくれるのは正直ありがたい。
なので今日も二人は揃って色違いのスポーツバッグを肩にかけ、並んで暗い夜道を帰宅していた。


「祐司ー、お疲れー!」
「おー」

しかし二人の間に急遽、第三者が割り込んだ。
遠くから大きな声と大きく手を振るアクションをみせる女子がいた。外灯に照らされたのは女子バスケ部の部長だ。祐司が小さく手を振り返すと、引き連れていた同じく女子バスケ部の部員とその場で固まりキャーキャーとはしゃぎ、笑いあっている。
うるせ、と祐司が隣の健太郎に聞こえるくらいの声でぼやくとそのまま帰路へ向かうのだから、健太郎は慌てて祐司についていく。

「ゆ、ゆー君、いいの?あの人と一緒に帰らなくて」
「なんで?」
「ゆー君、さっきの人と付き合ってるんでしょ?」
「なわけねーだろ」

けっ、と馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情と素っ気なさをみせる祐司は嘘をついているようには到底思えなかった。しかし、でも、と健太郎は先日に聞きづらかった質問を投げ掛ける。

「でも、この前彼女って」
「あー。なんかお互い部長になったから色々二人で話すことあんだよ。そしたらなんか、そう言われてる。アホらし」
「・・・ちゃんと否定した方がいいよ?」

だってあの人が勘違いするかもしれないじゃん。
とは言えなかった。
先ほどの、祐司から手を振り返された時のリアクション。きっと周りにいた女子部員には自分の気持ちを──祐司に好意を抱いているということを告げているのだろう。じゃなきゃただの部長同士、部活仲間に手を振られただけであんな反応するだろうか。
思い出すと、なぜだか面白くなくて健太郎はムッと唇を突きだした。
自分が彼女の行動の真意や気持ちを暴き、それを告げることで祐司があの部長のことを逆に意識し出したら嫌過ぎる。
そんな理由で健太郎はもう何も言えなかった。






そんな健太郎が思わず顔をしかめたのは、また二人で帰ろうと部室の鍵を閉めて回れ右をした時だった。

「祐司、お疲れ。ちょっといいかな」

女子バスケ部の部長が、今度は一人で祐司に声をかけてきたからだ。
健太郎はこういう経験が多かったのでよくわかる。
もう絶対告白じゃん、と来るべき日が来たことに嫌気が隠せなかったのだ。

「おう。なに、どした?」

だというのに、祐司はまた部活の話だと思っているらしく(そもそも今までも必要な部活の話だったのか疑わしいが)、身構えるも不審がる様子も見せずに気軽に話に乗るのだから勘弁して欲しい。
チラリと、彼女が健太郎を見た。

「あ、えっと、俺、職員室に鍵返してくるね」
「おー、さんきゅ。校門で待ってて」
「健太郎君、お疲れ様」

ニコッと女子バスケ部の部長に会釈されたので、健太郎も反射でへらりと笑って会釈をし返してその場をあとにした。
振り返りたいが、自分は完璧部外者である。彼女が祐司に告白をしたとしても、それをどうするかなんて決めるのは祐司自身。健太郎ではない。ずっと慕ってきた幼馴染が知らない人のところに行ってしまうのは寂しいし、悲しいし、嫌だ。

(子供みたいだ)

取られちゃ嫌だ、なんて。
職員室に鍵を返し、一人で校門へ向かう健太郎は、しかし気付いてしまった。
祐司が部活仲間と円陣を組み、試合に出て、勝利の歓喜に肩を抱き合っていても嫌だと思うどころか一緒に喜んでいる。一足先に中学、高校と進学しても、知らない友達を作りそちらを優先されても寂しくはあるが嫌だと思ったことはなかった。
嫌だと思ったのは、祐司に彼女が出来ること、その一点のみだということを。

(え、でも、それって)

まるで自分が彼に恋をしているみたいじゃないか。
自身にそう問い掛けるが、それ以外に答えは出てこなかった。

ああ、そうなんだと納得すると、健太郎は泣けてきた。

なんだかもう、側にいることが出来ないのだという漠然とした不安と、今まで築き上げてきた幼馴染という関係が崩れてしまったからだ。
約束の校門には誰もいない。そこをフラフラと通過して、健太郎は一人で泣きながら夜道をひたすら歩いた。これからどうしよう、ゆー君はどうしただろう、先に帰ったことを謝らなくちゃ、でも何て話せばいいのか解らない。もうぐちゃぐちゃである。
そんな思考で辿り着いたのは、住宅街の中の公園だ。小学生の頃はよく二人で遊んだ場所である。長い脚をもて余しながら、古いブランコに腰を下ろした。キィ、と鈍い音がするのを、ゆらゆらと体を動かしながら聞いていた。



「──おい」

どのくらいそうしていたのだろうか。
視界にスニーカーが映り、低い声が降ってきた。
見慣れたスニーカーと、大好きな人の声だ。

「おー。お前の泣き顔十年ぶりくらい?」

顔を上げると、白い息を吐く祐司が涙で濡れる健太郎の顔を見て笑っていた。

「つーか、何で先帰ってんだよ。超探したわ」

ツン、と祐司の人差し指が健太郎の額を小突く。
探してくれたの、ごめんなさい、ありがとう、あの人はどうしたの、なんて返事したの。
言いたいことはたくさんあるのに、変わりに出るのは自己の欲望と涙だけだ。

「ゆー君、俺、ゆー君が好き」
「うん、知ってる」
「・・・そういう好きじゃなくて、ちゃんとしたやつ、男だけど、ゆー君が好き」
「だから知ってるって」

ぐいぐいと乱暴に親指の腹で健太郎の涙を拭う祐司は、その突然の告白に驚くことも引くこともなく、むしろ当たり前の事だと言うように受け入れている。

「やっと言ったな」

そしてニヤリと笑った。

「健太郎が俺の事好きなんてなあ、んなもんずーーっと前から知ってるわ」

ふふん、と腕を組み仁王立ちする祐司が勝ち誇った顔をする。なぜだか祐司が眩しく大きく見えるし、まさかそんな返事をされるなんて思っても見なかった健太郎の涙はピタリと止んだ。

「え、え?俺、そんなの知らない」

なんせ自分はついさっき彼への恋心を自覚したのだ。自分の気持ちを受け入れることすらいまだ葛藤しているのに、祐司はいつから自分の与り知ることの無い気持ちを察知していたというのか。

「こんだけ長くいたら健太郎の話し方と態度で全部解るわ」
「ゆー君、すごい・・・」

涙の代わりに鱗が出そうだ。
こんな時でも健太郎のヒーローは、同性から無意識とはいえ向けられていた気持ちを拒絶もせずに隣に居てくれたということだ。その器の大きさにも感服してしまう。

「・・・気付いてたなら言ってくれれば良かったのに。俺、本当にここ最近ずっとモヤモヤしてたんだから」
「何で俺から言わなきゃいけねえんだよ。自分で気付け。つか、俺より年下の健太郎のが身長も成績も勝ってんだから、俺にコクるくらいはお前からしろ」
「え〜〜」

結果的には自分で気付いて自分から告白をしたが、そういえばその告白の返事をもらえるのだろうかと健太郎はようやく思い出した。気持ちを受け入れてもらえなくても、また祐司の側にいさせてくれるのなら何の不満もない。側にいさせてくれなくても、同じ部活を頑張らせてくれたら充分だ。

「・・・まーだウジウジしてんな」

そして欲張れない性格の健太郎の思考なんて、もはや祐司が読み取るのは朝飯前だ。口を閉ざし、視線を落とした健太郎に呆れながら視線を合わせるようにしゃがみこむ。

「そんなんじゃお前、俺もお前が好きって事も知らねぇだろ」


夜の住宅街に健太郎の絶叫が響き渡ったのは、数秒遅れてからだった。




おわり

小話 123:2020/01/30

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