122



「慶さ、今年はうちで年越しする?」

優が言う“うち”とは、慶吾と同棲している自宅のことではなく、優の田舎の実家の事だ。
年末が近くなり、大きな和室で大きな卓を大人数で囲み、お節やご馳走を食べるCMが増える頃、慶吾はぼうっとしながらそれを眺めることが多くなる。
だから優が実家と今年の帰省についての通話中、ふと思い立って声を掛けると弾けたように慶吾は顔をあげた。
通話中の優に気遣って、ん?と優しい笑みを浮かべながら首を傾げて「何だって?」と動作で伝える。

「だから、大晦日に俺の実家に一緒にくる?そのまま年越して正月向こうで過ごす?」

慶吾が目を見開いて固まっている。猫みたいだ。そんな慶吾の様子がおかしくて、笑いながら今の話を聞いていたであろう通話相手の母親に「一人増えたって平気だよなあ」と告げたのだった。




「ああいうのは、誇張されたものと言うか、偶像とか理想的なものなのかと思っていたよ」
「大袈裟だな」

ほう、と恍惚めいた吐息をつく慶吾は、大晦日と三が日を優の実家で過ごした日々をまるで秘境で少数民族の暮らしを体験してきたかのように感動し、思い出す度に噛み締めていた。
満足感と充実感からか、いつにもましてキラキラしている。

大家族ではないが、優の田舎の実家にはしょっちゅう親戚が顔を出す毎日だった。
優は三兄弟の末っ子で、その末っ子が社会人になり自立したのを切っ掛けに、両親は父方の両親のいる田舎へ引き上げたので、正確には祖父母の田舎で優の実家ではないが、両親がそちらに越したのだからこの際実家と呼ぶことにする。その実家には方々から親戚が日替わりで挨拶に来るし、兄と姉には既に子供もいるので泊まったり遊んだりしつつ、優の祖母と母が作ったお節や雑煮を堪能し、正月特番を見ながらワイワイ過ごす、なんて事ない正月の過ごし方だ。
田舎の広い土地に佇む日本家屋(といえ聞こえは良いが、実際は余ってる土地いっぱいに立っている単なる平屋)、畳が敷き詰められた和室、親戚の囲む大きな木製の座卓、当たり前の風景が慶吾には新鮮だったようで、日本が初めての外国人のように目の中を輝かせて静かに興奮していたのは優も思い出しては笑えてしまう。

「優のご両親もだけど、ご家族には初めて会うから緊張するなあ」
「うーん。緊張して損したって感じの家族だけど、いつも通りでいた方がいいよ」
「そうかな、優の友人として無礼がないようにしないと」
「・・・うん、まあ頑張って」

よう来たなぁと受け入れる祖父母に、変に緊張している慶吾は「はい!」と背筋をピンと張ってどこかロボットのようにぎこちなかった。
慶吾がこの日の為に何処からか取り寄せた手土産である九州の幻と呼ばれる焼酎は男性陣には大人気だったし、慶吾が駅伝常連大学出身というのには皆食いついていた。
「お手伝いすることありますか?」と空いた皿を下げる際には必ず台所に声をかけるし、男性とは別に女性陣への日持ちする焼き菓子の詰め合わせの手土産と慶吾自身のルックスはすこぶる好評で、祖母に至っては「芸能人かね?」と目を丸くしていたし、小一の姪は確実に初恋を優に捧げていた。
とりわけ機械に強くて器用な慶吾は、子供達が持参したゲームを少し見ただけで高得点を叩き出したり、難易度の高いボスを倒したりして、子供達からは「神」と呼ばれるほどにはなつかれていた。
つまり、優の親戚はすっかり慶吾を気に入ったのだ。

帰り際に優の母は玄関先で
「次はお盆かしらね、またおいでね」
と、行きよりも大分重荷となるほどの土産物や食料を持たせて二人を見送った。

「はい、是非」
と礼儀正しく頭を下げてから綺麗に笑った慶吾の横顔が泣きそうに見えたことに、優は口を噤んだ。


慶吾には家族がいない。
否、正確には健在しているのだが、由緒正しき格式高い旧家らしく、前々から窮屈に感じていたそうで、慶吾が自身の性癖をカミングアウトしたのを切っ掛けに家族から勘当されて家を出たそうだ。
優とはその後に出会い、同棲に至っている。

「あったかい食卓っていうの、いいよね」

と、初めて二人でクリスマスを過ごした時に、シャンパンを飲みながら少し酔った風に慶吾が呟いた。
テーブルの上には買ってきたケーキとチキン、慶吾と優が二人で作ったミネストローネときのこのパスタ。

「こういう普通っていうの、何で出来なかったのかなあ」

ぽろっと、慶吾の目から涙が零れた。
グラスを置いて目を擦りながら肩を震わす慶吾の隣に慌てて駆け寄り、優はその時初めて慶吾の過去を聞くこととなった。
かけられるのは優しい言葉ではなく圧力。常に上の人間であり続けろという傲慢。一人でとる食事。イベントの季節は家族団欒より社交場優先。そして絶縁。
家族はいないと聞いていたが、根深そうな慶吾の過去に、優は言葉につまってひたすら慶吾を抱き締めた。

「優は、俺とずっと一緒にいてくれる?」

濡れた瞳が頼りなく揺れている。
同じ職場では堂々と場を仕切り、率先して物事を動かし実績のある、頼り甲斐ある慶吾のこんな姿を見ることに、優は正直動揺したし、戸惑った。

「いるよ。ずっと、一緒に」





あの日から約一年だ。
優の田舎で過ごした日々がそんなに楽しかったのか、ずっとニコニコしている慶吾の前に、優は淹れたての緑茶と母に持たされた地元銘菓の饅頭を置いた。よっこいしょ、と慶吾の隣に腰を落とそうとすれば、その直前に腰を抱かれて優は慶吾の足の間にドスンと落ちた。

「いって、ケツ打ったんですけど」
「ごめんごめん」

ごめんと思ってないような軽い口振りで、優のお腹辺りで饅頭の包装を剥がし、口に運んでくる。ヒヨコ型の饅頭がじっとこっちを見つめてくるので、一瞬ためらって頭から噛みついた。残った胴体から尻尾までは慶吾が食べたので、咀嚼音が優の耳元へダイレクトに伝わってくる。
喉を下ったタイミングで、優は口を開いた。

「ねえ、あのさ、慶」
「ん?」
「家族に、なろうよ」

二個目の饅頭に伸びた慶吾の手が、宙で止まった。

「俺んちの性に・・・養子に入るって言うのかな?こういうこと言うの、立場的に逆かもしれないけど」

立場というのは、まあ上か下か、右か左か、タチかネコか、男役か女役かの話のことだ。モニョモニョと言葉を濁しながら言うと、慶吾は優の腹に両手を回し、肩口に顔を埋めた。さらさらの髪がくすぐったい。

「本気で言ってる?」

喜んでも、怒ってもない、無の感情のようなトーンだった。

「冗談って思われたんならショックなんだけど」
「ごめん」
「・・・突然、って訳でもないんだけどさ」

背後の慶吾に体重をかけるように少しだけ身を預けると、慶吾は顎を優の肩に置いて「うん」と小さく呟いた。

「ずっと考えてたよ。慶吾とずっと一緒にいられる方法。俺なりに色々調べたし、一緒にいるだけなら今のままの延長線でも構わないんじゃないかって思ったけど、慶が“家族”ってものに憧れてるなら俺が慶にそれをあげたいし、俺だって慶の家族になりたいよ」

二人だけではなく、上にも横にも家族がいるというものを、慶吾の思う“家族”というならば。

「そんでさ、慶には言ってなかったんだけど」
「ん」
「俺、慶と同棲する時、親に恋人と暮らすって言ってあるんだよね」

バサッと勢いよく慶が顔を上げた。
超至近距離で優の顔を覗き混んでくるその顔は蒼白である。

「え、え?聞いてない」
「だから言ってなかったって言ったじゃん。てか引っ越すときに一応親に報連相するじゃんか。そしたらどんなとこだ〜とか治安は〜とか家賃は〜とか色々言うから、こっちも恋人と同棲するし家賃とか折半するから大丈夫って」
「お、女って言った?男って──」
「男って言ったよ。うわぉーみたいな反応された」
「え、じゃあ、お正月、あの、俺は」
「身内全員じゃないけど、家族は皆知ってたよ。俺の恋人だって」

ひっ、と慶吾らしくない小さな叫びが聞こえた。
そらそうだろうな、と優も乾いた笑いを浮かべながら、再び顔を埋めてしまった慶吾の髪をぽんぽんと慰めるように撫でていく。

「何で前もって教えてくんなかったの」
「言ったら緊張するじゃん?」
「あ、──だからあの時いつも通りでいいって言ったの?」

優の家族に会う前に、慶吾に言った言葉だ。
慶吾としては友人として振る舞い、優の家族に良い印象を持ってもらいたくいたのだが、当の家族達は優の恋人として見ていたのだ。
緊張やら恥ずかしいやらもっとうまく立ち回ればとか、遅れてきた感情にパニックになっている慶吾が恨みがましくうんうん唸っている。

「慶を俺の実家で正月過ごしてもらいたかった・・・本当純粋に楽しんでもらいたかったってのはあるよ。俺もビックリだけど、うちの家族普通に慶と仲良くしてたから、夏にまた来いって言ってたし、まあ良かったかなーって」
「仲良く、してもらえた実感はあるけど、でも」
「そんな上手い話ある?って思うかもしんないし、俺も実はそう思ってるんだけどさ。慶が“そう”だったなら、こっちで“こう”なったってのも逆にバランス良くない?」

捨てる神あれば拾う神とまでは言わないが、本当の家族から理解も愛情も貰えなかったのであれば、それを与える別の家族がいたっていいじゃないか。
慶吾と向き合うように身を捩って、優は慶吾の頬を掴んで顔を上げさせた。

「付き合うのを容認するのと養子にするってのはまた別の話だから、まだ先の話にはなるけどさ、頑張ろうよ。二人でさ」

互いの瞳に互いが映るのを捉えれる距離で、優が優しく、ゆっくり言い聞かせるように言葉をつぐむと、慶吾の目から瞬きのタイミングで涙が落ちた。

「・・・こういう時は、何て言うのかな。息子さんを僕に下さい、じゃなくて、僕を息子にして下さい、かな」
「ふっ、なんか変なの」

ケラケラ笑う優の背中に腕を回して、きゅうっと抱き締めた。肩口が濡れる気配にも気付かないふりをして、優はあやすように先ほどと同じく慶吾の背中をぽんぽんと撫でるように叩いてもう一度笑った。

「ま、どうなったって、もう一人じゃないからな」




おわり



優の家族は「時代だねえ」っていーよーってなる。


小話 122:2020/01/14

小話一覧


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -